第21話 戦訓調査
ウェーク島沖海戦で太平洋艦隊に勝利し、かつての日本海海戦に比肩しうるどころか遥かに上回る戦果を挙げた軍艦内とは思えなかった。
そこにいる誰もが硬い表情で、笑っている者はいない。
勝利したとはいえ、あまりにも多くの戦友を失ってしまったからだ。
金満提督は今、空母「翔鶴」の搭乗員待機室にいる。
今回の戦訓をまとめるため、昨日までおこなわれたウェーク島沖海戦の航空戦について生き残った搭乗員から話を聞くためだ。
戦友の死によってもたらされた教訓というのは、話す方にとっても聞く方にとっても愉快なことではない。
だが、戦闘の記憶が生々しい今だからこそ聞いておかなければならなかった。
それは、搭乗員の犠牲を少しでも減らしていくために避けては通れない作業でもあった。
その場にいるのは下士官兵の搭乗員だけだった。
士官搭乗員は報告書の作成や、あるいは戦死した部下の遺族への手紙を書くなど書類仕事が山積で、戦闘が終わった後も多忙を極めていたからだ。
そんな士官連中もまたこの海戦で得た貴重な戦訓をまとめあげてくれるはずだ。
だが、ただそれを読むだけでは得ることのできない現場の搭乗員の生の声を金満提督は聞きたかった。
そこで、実戦に参加したベテランの下士官や兵に声をかけて自身の真意を説明、多くの者がこれを快諾してくれた。
金満提督が戦果よりも搭乗員の安全を優先することを誰もが知っていたからだ。
聞き取りでは、金満提督は具体的な質問から入った。
下士官や兵らに「実際に敵と戦ってみてどうだったか」といったような漠然とした質問はしない。
非効率だし、そのようなことはこちらが聞きたかったことをすべて聞いたうえで最後に彼らに所感の有無を問い、あるならばその時に話してもらえばいい。
「まず、戦闘機搭乗員に聞きたいのだが、零戦が敵に対して優越しているところを教えてほしい」
金満提督の問いかけに、搭乗員らの視線が一人の男に集まる。
「翔鶴」戦闘機隊のこの場におけるリーダー格ともいえる古参搭乗員だろう。
「旋回性能は零戦の方が明らかに上です。上昇力も零戦に分があります。また、最高速度は実際に競ったわけではありませんが、こちらも零戦の方が上だと思います。上昇力とも関連しますが、水平面での加速性能も勝ると感じました」
要領を得た男の端的な言葉に金満提督も最小限の相槌を入れ、先を促す。
「逆に零戦が劣る、敵機が勝ると思ったところはあるか。遠慮しないで言ってくれ」
「降下速度は敵の方が上です。私自身、背後をとった敵機に急降下されて追いつけずに取り逃がしました。また、七・七ミリ弾を多数撃ち込んでも敵機はなかなか墜ちませんでした。防御力は明らかに零戦より上でしょう」
なにより、と男は少し言葉を区切り、そして続ける。
「敵の機銃の性能は侮れません。かなり遠めでもまっすぐこちらに向かってきます。最初は戦場で混乱した若年兵が乱射しているのかと思ったのですが、実際はこちらを狙っていたのです。敵弾が翼端をかすめたときはひゃっとしました」
「敵の機銃が高性能なのは分かった。こちらの七・七ミリが威力不足なのも分かった。ではこちらの二〇ミリについてはどうか」
「当たれば効果大ですが、弾道がすぐにタレますのでベテランでないと当てるのは難しいでしょう。装弾数の少なさも問題です」
「敵の搭乗員の技量についてはどうみる」
「今回は数の上でこちらが圧倒的に優勢なこともあってはっきりとしたことは言えませんが、腕は悪くないと感じました。こちらの熟練者に勝るとは思えませんが、それでもこちらの若年兵よりは確実に上です」
熟練者は勝てるが若年兵は負けるということだ。
これから日本は熟練者が減り若年兵が増えるというのに。
搭乗員が直截に話してくれるのはありがたいが、この答えにはさすがの金満提督も参ってしまった。
胸中でつぶやく。
「これからどうしよう」
それでも金満提督は気を取り直し、別の切り口の質問をぶつける。
「編隊空戦について所感はあるか」
「私の小隊は小隊長というか実際は中隊長なのですが、良く出来た人だったので二番機の私に『自分のことはいいから三番機の若年兵が墜とされないようにしっかり見張っていろ』と言ってくださったのでずいぶんと助かりました。ただ、そうではない小隊もあったようで・・・・・・」
男は少し言いにくそうな表情を見せ、珍しく語尾を濁す。
金満提督ははっとした。
彼自身は三機編成の小隊で若年兵が一人いるということは「三」ではなく「二・五」だ、くらいに軽く考えていた。
だが、違うのだ。
すべてのバランスが狂ってしまうこともあるのだ。
目の前の搭乗員が言ったように、場合によっては長機が単機空戦を強いられ、二番機は三番機を守るのに手いっぱいで敵を墜とすどころではない、そんな状況が生じてしまうのだ。
それでも彼が言う上官のように理解のある小隊長ならまだいい。
だが、そうでない小隊長だった場合、二番機は長機の護衛をしつつ三番機にも目配りしなければならない。
それに、長機だからといって腕が立つとは限らない。
士官搭乗員の中で実際に技量未熟な者は少なくないと金満提督は聞いたことがある。
三番機だけでなく長機までが未熟だったら最悪だ。
まるで無能な上司と未熟な部下の板挟みになる中間管理職。
端的に言葉を紡ぐこの男が言葉を濁したということは、つまりそういう小隊が実際にあったということだろう。
金満提督は考える。
小隊は三機編成だという常識から、まず疑うべきかもしれないと。
これから先、若年搭乗員は増加の一途だ。
それと、いま男が言ったことは士官搭乗員があげる報告書にはまず載らないだろう。
できる限り現場で生の声を拾い上げる必要があった。
目の前にいるこの男は仲間のために、ひとつ間違えれば上官批判にもとられかねないことを言ってくれたのだ。
ならばこちらも礼を尽くさねばなるまい。
「貴官の勇気ある提言に感謝する」
金満提督は下士官搭乗員に頭を下げた。
「そこは気合でなんとかしろ」とか、叱責のひとつもあるかもしれないと覚悟していた男は下士官である自分に深々と頭をさげる中将の姿をみて仰天した。
思わず立ち上がり「とんでもありません。お顔を上げてください」と言うのが精いっぱいだった。
ふだんは威厳があって冷静なはずだった男のあわてた様子を見て他の搭乗員たちが吹きだした。
場が一気になごんだ。
他の戦闘機乗りたちもふだん思っていたこと、ため込んでいたことを次々にしゃべり出す。
自分たちが話す順番を待っている艦爆乗りや艦攻乗りたちもそわそわしだした。
彼らもまた、話したいことがたくさんあるのだ。
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