第20話 遠距離雷撃
魚雷命中の報告を聞くまで、第一航空艦隊司令長官の南雲中将は喜びの絶頂だった。
敵艦隊を包囲、多数の魚雷によってこれを一気に殲滅。
肉薄雷撃とは違う、もうひとつの水雷屋の理想。
まさに「漸減要撃作戦」にあった第二艦隊の戦いそのものではないか。
魚雷発射完了後に打電するように命令のあった「トラ トラ トラ」が何を意味するのかは分からないが、おそらく受信した空襲部隊が何らかの行動を起こすのだろう。
だが、それも無駄に終わるのではないか。
「敵艦隊はこの一撃で葬られる」
南雲長官は最初、そう思っていた。
だが、その期待はあっさりと裏切られる。
「一七本の命中を確認」
接敵を続ける零式水観からの報告を受けたとき、南雲長官は耳を疑った。
「二〇〇本もの魚雷を放っておきながら、たった一七本しか命中しなかったのか」
目標は高速転舵を繰り返す相手ではなかった。
一四ノットの低速で、ただ直進し続けるだけの、反撃能力の乏しい的にしか過ぎない。
その未来位置は容易に計算できたはずだ。
だから、南雲長官は魚雷到達時間になればそれこそ多数の水柱が林立し、敵艦隊が壊滅するものと思っていた。
だが、そうはならなかった。
「それだけ遠距離雷撃というのは当たらないものなのか。あるいは魚雷に欠陥があることを疑うべきか」
大戦果を前に喜ぶようなこともなく、むしろ難しい顔をしている南雲長官を、第三戦隊司令官や艦長たちは怪訝そうな表情でみている。
同じころ、巡洋艦戦隊を率いるとともに現在では臨時で太平洋艦隊の指揮までも執るスプルーアンス提督は冷静な表情を崩さず状況を確認していた。
「潜水艦の探知はできなかったのか」
太平洋艦隊の残存艦隊はほぼ同時に一七本もの魚雷を食らった。
艦隊外周を守っていた艦に被害が集中し、駆逐艦が一一隻、それに重巡と軽巡それぞれ一隻が被雷、そのうち駆逐艦五隻がすでに沈み、残る六隻もほとんどが助かりそうになかった。
その多くが一撃で船体を叩き割られていた。
すさまじいまでの魚雷の破壊力だった。
被雷した重巡と軽巡もまた黒煙をあげて停止している。
さらに、内側にいた艦も無傷では済まず、重巡二隻と駆逐艦二隻が被雷、重巡のほうは一隻が当たりどころが悪かったのか大爆発轟沈、残る一隻は大傾斜するとともに洋上停止している。
駆逐艦のほうは二隻ともにすでに沈みかかっていた。
この時点で左右に展開する日本艦隊からの魚雷攻撃だと考える者はいなかった。
両艦隊ともに一万五〇〇〇メートルは離れている。
とてもではないが、魚雷の届く距離ではない。
なにより敵艦隊からこちらに向かってくる航跡はただの一本も確認されていなかった。
「ただでさえ多数の艦が密集しているなかで、損傷艦の機関や船体の破損で雑音がひどく、聴音が困難だったのではないでしょうか。それと敵の放った魚雷は航跡が見えなかったそうです」
艦長がスプルーアンス提督の問いに答えるのと併せて状況を報告する。
スプルーアンス提督は考える。
航跡が見えなかったというのはおそらく電池魚雷だったからだろう。
無傷の駆逐艦や損傷の浅い駆逐艦にはその潜水艦への対処を任せるとして、問題はこの状況で沈没艦の乗員や損傷艦の救助をするかどうかだ。
残存艦隊の両側に展開する日本艦隊はいまだに攻撃を仕掛けてくる様子を見せてはいない。
考えている時間は短かった。
「ここに至っては損傷艦の帰還は望めない。速度の出ない艦は現海域にとどまって日本艦隊を足止め、機関の無事な艦を脱出させる盾となる。そして脱出を見届けたあとは降伏」
そう結論して命令を出そうとしたとき、八本の水柱があがった。
今度は重巡三隻に軽巡二隻、それに駆逐艦三隻が被雷した。
さらにレーダーオペレーターが絶望の報告をあげてくる。
「レーダーに感。方位二四〇度、距離七〇マイル。機数約一五〇」
第二波攻撃の命中がわずかに八本だったという報告を聞いた時、南雲長官は今度は落胆ではなく絶望した。
一六八本を放った第二波魚雷のうち、命中したのはわずかに八本。
敵の砲弾が飛んでこない余裕のある状況のなかで、五パーセントにも満たない命中率。
ありえない。
南雲長官は今度こそ、本気で魚雷の欠陥を疑った。
一方、スプルーアンス提督は新たに八本の魚雷を食らったこと、さらに大編隊の出現によって万策尽きたことを悟った。
「全艦白旗を掲げ、停船せよ」
この時点で無傷なのは駆逐艦が九隻だけだった。
他の艦は大きく傷ついている。
抗戦できる道理もなかった。
残存艦隊の左右にはいまだ無傷の有力な水上打撃部隊が並進しているし、海面下には航跡の見えない魚雷を放つ探知できない未知の潜水艦。
なにより、上空には米海軍が誇る戦艦や空母をあっさりと屠った獰猛な艦上機が多数迫っている。
無傷の駆逐艦が敵水上艦や潜水艦の包囲から逃れたとしても、飛行機から逃げ切ることはできないだろう。
ほどなく、日本艦隊から降伏を了解したという信号が届いた。
それを確認したスプルーアンス提督は溺者救助と機密文書の廃棄を命じた。
水上打撃部隊から敵艦隊降伏の知らせを聞いたとき金満提督は「戦闘は」終わったことを知った。
だが、太平洋艦隊の撃滅を喜ぶ気持ちにはなれなかった。
なすべきことが山積していたからだ。
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