第16話 第二次攻撃隊
眼下には二群の敵艦隊があった。
後方の一群は大型巡洋艦が九隻に駆逐艦が一六隻。
そのうち大型巡洋艦は四隻が洋上停止し、盛大に黒煙を噴き上げている。
他の五隻も被弾しているのだろう、動きが緩慢だ。
一方、駆逐艦は約半数が停止、残りが周囲を警戒する動きを見せている。
停止している駆逐艦は空母の溺者を救助中なのだろう。
他の一群は戦艦が八隻に大型巡洋艦が四隻、それに駆逐艦が一六隻で、こちらはきれいな隊列をつくり、いまだに無傷なのが分かる。
すでに、空母の姿は確認できなかった。
「どちらを狙うか」
零戦三六機に九九艦爆が六三機、それに九七艦攻七二機の合わせて一七一機からなる第二次攻撃隊。
それを指揮する嶋崎少佐が逡巡していた時間はごくわずかだった。
九隻の大型巡洋艦と一六隻の駆逐艦からなるグループは先の第一次攻撃隊の猛攻を受け、そのダメージから回復しきっていないようにみえる。
今、これを狙えばすべて撃沈できるのではないか。
対空火器もそれなりに損害を受けているはずだから、こちらを狙えば味方の被害も減らせる。
それに巡洋艦や駆逐艦といった高速艦艇は機動部隊に随伴できるので、低速な旧式戦艦よりも使いどころがあるのではないか。
だが、嶋崎少佐が攻撃目標としたのは戦艦八隻を含む無傷の一群の方だった。
甘いといわれるかもしれないが、空襲の下であっても戦友を見捨てずに救助を続ける敵艦を攻撃するというのは、海軍軍人の一人としてためらいがあったのだ。
嶋崎少佐は攻撃目標が重複しないよう指示を出す。
「左翼の駆逐艦群には『赤城』艦爆隊、右翼の駆逐艦群には『蒼龍』艦爆隊、大型巡洋艦は『翔鶴』艦爆隊がこれを叩け」
「戦艦一、二、三番艦は『加賀』、四、五番艦は『飛龍』、六、七、八番艦は『瑞鶴』艦攻隊が中隊ごとにこれを攻撃せよ」
対艦攻撃力に乏しい零戦隊は敵対空砲火の射程外で万一の敵機の出現に備えさせる。
艦攻隊はタイミングをはかり、一斉攻撃を仕掛ける。
同時に攻撃すれば、敵の対空砲火は分散を余儀なくされる。
一方で、雷撃の理想形といわれる挟撃はしない。
三〇ノットを優に超える高速空母を的に技量を磨いてきた自分たちにとって二〇ノットそこそこしか出せない旧式戦艦は静止目標とまでは言わないにしても特に困難な相手ではない。
それに片舷集中被雷は軍艦にとっては悪夢だ。
戦艦といえども一度に複数の魚雷を片舷に受ければ大損害は避けられず、場合によっては転覆、沈没してしまう。
それが短時間に起これば乗員の多くは助からない。
嶋崎少佐自身は「瑞鶴」艦攻第一中隊を率いて敵の六番艦を目標に部下たちを誘導する。
その間に、艦爆隊は目標めがけて降下、巡洋艦や駆逐艦に次々と二五番を投弾した。
「瑞鶴」第一中隊は艦爆に狙われて被爆した駆逐艦群をすり抜けて目標とした戦艦に迫る。
艦爆の攻撃を免れた駆逐艦が対空砲火を撃ちかけてくる。
なぜか遠めの駆逐艦までが近くの艦攻を狙わずにこちらにその砲口や銃口を向けてくる。
あるいは敵六番艦には重要人物が乗り込んでいるのかもしれない。
もしかしたらキンメル太平洋艦隊司令長官か。
そう考えたとたん、嶋崎少佐は同時に右後方で爆発があったことを知覚する。
それが僚機のものであることは間違いないが、今はそのことを気にする余裕は無い。
戦艦に近づくにつれ、対空砲火が激しさを増すなか射点に到達、投雷。
命中を確信した後、さらに後方で爆発が起こった。
一方、七二機もの雷装艦攻に狙われた側の米戦艦は散々な目に遭っていた。
キンメル長官をはじめその誰もが眼前の光景を信じたくない気持ちに囚われている。
敵の第一次攻撃によって三隻の空母を失ったときはまだ納得がいった。
二〇〇機近い航空機に集中攻撃を受ければ空母の三隻ぐらい失ってもおかしくない。
重巡も被害を受けたが、だがしかしこちらは沈没した艦は一隻もない。
この程度ならば予想の範囲内だ。
だが、敵の第二次攻撃による被害はキンメル長官の想像を超えていた。
戦艦はそれぞれ一〇機近い敵の雷撃機に襲われた。
おそらくは九七艦攻と呼ばれる機体だろう。
投雷前にかなりの機体を撃破したものの、しかしそのすべてを阻止することは出来ず、すべての戦艦が被雷した。
「ウエストバージニア」と「カリフォルニア」はそれぞれ四本を被雷し、両艦とも転覆、すでに沈没している。
三本被雷した「メリーランド」と「テネシー」、それに「オクラホマ」と「アリゾナ」のうち「オクラホマ」と「アリゾナ」は大傾斜、「メリーランド」と「テネシー」は傾斜の回復にこそ成功したものの、深刻なまでにその喫水を深めている。
被雷が二本で済んだ「ペンシルバニア」と「ネバダ」も少なくない海水を飲まされ速度が大幅に低下していた。
随伴艦の被害も深刻だった。
艦爆に狙われた四隻の「ブルックリン」級軽巡のうち三隻が猛煙をあげ、駆逐艦も無傷のものは数えるほどだ。
キンメル長官が座乗する「ペンシルバニア」は駆逐艦の掩護もあり、襲いかかってきた九機のうち二機を投雷前に撃墜できた。
さらに艦長の懸命の操艦で五本の魚雷をかわした。
しかし、すべてをかわしきることはできず、結局二発食らってしまった。
駆逐艦の掩護がなければさらに多く被雷していたかもしれない。
日本の搭乗員の技量の高さを認めないわけにはいかなかった。
キンメル長官はここにきてやっと理解した。
この戦いが始まるまで、自分は戦艦八隻対戦艦四隻の勝負だと思っていた。
しかし、そうではなかった。
実際のところは空母三隻対空母八隻の戦いだったのだ。
日本の指揮官はそのことを知っていたのだ。
自分は負けた。
その今の自分に出来ることは一隻でも多く、一人でも多くの将兵を無事に連れて帰ることだ。
キンメル長官が気持ちを奮い立たせたとき、レーダーオペレーターからの悲鳴のような報告がもたらされる。
「敵編隊、方位一七〇度、距離七〇マイル。機数約三〇!」
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