第15話 防空戦闘

 第一次攻撃隊が米機動部隊を攻撃しているころ、「エンタープライズ」と「レキシントン」、それに「サラトガ」から出撃した一四七機の攻撃隊は日本艦隊を視認しないうちから多数の戦闘機による迎撃を受けていた。


 「何なのだ、こいつらは!」


 自分たちをつけ狙う敵戦闘機に向かって「レキシントン」雷撃隊の搭乗員たちは叫び声をあげる。

 最初に三〇機ほどの日本の戦闘機を見たとき、彼らはこの程度の数なら大丈夫だと思った。

 こちらも合わせて三〇機近いF4FワイルドキャットとF2Aバファローが心強い用心棒として攻撃隊の護衛にあたってくれていたからだ。

 数に大きな差が無いのであれば、あとは機体性能と搭乗員の技量で勝負は決まる。

 ならば、合衆国の戦闘機やパイロットのほうが日本のそれよりも上のはずだ。

 だから、何も問題は無いと「レキシントン」雷撃隊の搭乗員は誰もがそう考えていた。


 だが、最初は余裕だった搭乗員たちも、今ではその顔を青ざめさせている。

 日本の戦闘機とF4F、それにF2Aがエンゲージしたかと思った次の瞬間、あっさりと後ろをとられたF4FとF2Aが黒煙をあげて墜ちていき、あっという間に蹴散らされてしまったからだ。

 番犬を排除した日本の戦闘機は次々にこちらの急降下爆撃隊や雷撃隊に襲いかかった。

 日本の戦闘機は容赦がなかった。

 軽快な運動性能をいかしてSBDドーントレス急降下爆撃機やTBDデバステーター雷撃機の後方につける。

 後部機銃の射線をかわしつつ接近した戦闘機は射手を射殺して脅威を取り除く。

 そのあとは悠々と肉薄し、一目で大口径だとわかる派手な曳光弾を撃ち込んできた。

 被弾したり返り討ちにあったりする機体もあったが、数は少ない。

 それでも相手は三〇機にすぎない。

 生き残ったF4FやF2Aも何とか態勢を立て直して味方の急降下爆撃機や雷撃機を守るべく劣勢の中で奮闘してくれている。

 このままいけば、攻撃隊の半数以上は日本艦隊にとりつくことが出来ると米搭乗員たちが勇気をふりしぼった時、前方から多数の黒点が現れ、やがてそれは飛行機の形に姿を変えはじめた。

 絶望の中、それでも米搭乗員たちは撃墜覚悟で前に進む。

 結果として、彼らの犠牲は無駄にはならなかった。



 「食らったか」


 「赤城」艦橋で山本長官がうめく。

 少し前までは第一次攻撃隊の戦果報告に喜び、直前までは零戦の強さに沸いていたのがうそのように全員が硬い表情になっている。

 「赤城」は五〇〇キロクラスと思しき爆弾一発を艦中央部に被弾していた。

 今もまだ被弾孔からうっすらと煙がたちのぼっている。

 この被弾で「赤城」が沈むことはないにしても、空母としての機能を喪失したことは間違いなかった。

 一方、僚艦の「加賀」は二発をともに艦首付近に被弾、着艦は出来るものの発艦のほうは不可能になっている。

 迎撃は完璧なはずだった。

 電探で七〇浬以上先から編隊を捕捉、上空警戒中の零戦三〇機をただちに差し向け、さらに緊急発進した六〇機も後に続いた。

 米攻撃隊の規模は一五〇機程度と推定されていたので九〇機もの零戦で対応すればすべて撃退できるとふんでいた。

 だが、いくら電探で友軍戦闘機隊を誘導しても接敵後は目視による戦闘となる。

 このとき「エンタープライズ」から発進した三個小隊のSBDは航路と高度のわずかな差で零戦から発見されることもなく日本艦隊上空まで進出することができたのだ。

 敵味方識別装置でもあれば気づいたのかもしれないが、まだ日本軍にそのようなものはなかった。

 SBDに狙われたのは「赤城」と「加賀」の二艦だった。

 一航艦でも特に大きいこの二艦は非常に目立つ。

 三機が「赤城」に向かい、六機が「加賀」に向かった。

 攻撃は奇襲に近かった。

 遠目にはSBDと零戦のシルエットがよく似ていること、なにより零戦の防衛網を突破して敵機がここまでやってくるはずがないという思い込みが大きかった。

 空母の高角砲や「秋月」型自慢の長一〇センチ砲が火を噴いたのは敵機がすでに急降下態勢にはいってからだった。


 「油断大敵だな」


 金満提督は自分自身に対して怒りを覚えている。

 零戦を過信し、電探を過信し、航空管制の力を過信した。

 自分がやれることはやったと思っていたが、まだまだやるべきことがあった。

 だが、それを考えるのは後だ。

 今は善後策を考えなければならない。

 考えていたのは一瞬だった。


 「長官、旗艦を変えましょう」


 金満提督の呼びかけに未だ呆然としていた一航艦司令部の面々が彼に顔を向ける。


 「『赤城』から離れるのかね」


 山本長官が意外そうに言う。

 「赤城」は被弾したとはいえ、爆弾を一発食らっただけだ。

 ただちに沈むこともないし、通信機能も生きている。


 「『赤城』は離発艦が不能になったことですでに無価値です。『加賀』とともに一刻も早く修理して戦列に復帰させねばなりません」


 「新しい旗艦はどうする」


 「近くには『蒼龍』と『翔鶴』があります。両艦とも空母なのでそれなりの通信設備をもっているでしょう。ただ『蒼龍』のほうは艦橋が狭隘ですので、『翔鶴』がよろしいかと」


 「『赤城』と『加賀』はどうする」


 「『千代田』と『瑞鳳』を護衛につけて本土に戻します。『千代田』の零式水偵で対潜哨戒を、『瑞鳳』には防空を任せます。さらに『初風』と『雪風』、それに『筑摩』をつけて潜水艦への警戒と万一の敵水上艦との遭遇に備えさせます」


 思い切りのいい男だと山本長官は思う。

 並の提督なら戦闘時、自分の手元には一隻でも多くの艦を置いておこうとするはずだ。

 空母二隻を後送するのだったらそれぞれに駆逐艦一隻ずつを護衛につける程度だろう。

 機関が無事なら単艦で後送する者だっているかもしれない。

 傷ついた空母二隻の護衛に空母と水上機母艦、さらに重巡に駆逐艦の大盤振る舞いとは。


 「金持ちは考えることが違うなあ」


 戦場にあって、場違いなことを思う山本長官だった。

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