第14話 第一次攻撃隊
第一航空艦隊の六隻の空母から出撃した一九八機からなる第一次攻撃隊は太平洋艦隊を視認する前から迎撃を受けた。
一〇機ほどの編隊が六つ、こちらに向かってくる。
すかさず制空隊の「加賀」と「飛龍」、それに「瑞鶴」戦闘機隊が前進し、迎撃機の前に立ちはだかる。
直掩隊の「赤城」と「蒼龍」、それに「翔鶴」戦闘機隊はその推移をにらみつつ、九九艦爆や九七艦攻のそばからは動かない。
直掩隊の搭乗員らは敵機をみれば飛びかかる戦闘機乗りの本能を抑え込むよう厳命されていた。
敵編隊と制空隊が接触、彼我入り乱れての混戦が始まる。
その中から三つの敵編隊が飛び出してくる。
これをみた直援隊の零戦もやむを得ず翼をひるがえし、第一次攻撃隊の九九艦爆や九七艦攻から離れ敵機に立ち向かっていく。
「赤城」戦闘機隊第三小隊を率いる少尉は敵の機影を見てとまどった。
最初は未知の複座戦闘機かと思った。
迎撃してくるのは戦闘機という思い込みがあったからだ。
それがSBDドーントレス急降下爆撃機であるということに気づくまで少しの間があった。
だが、その正体が艦爆だと分かれば対処は難しくなかった。
単座の戦闘機と違い後方機銃があるが、それさえ気をつけていれば運動性能は戦闘機とは比較にならない。
しかし、そんな相手でも爆弾や魚雷などの重量物を抱える味方の艦爆や艦攻にとっては脅威だ。
少尉は本当ならF2AバファローかあるいはF4Fワイルドキャットといった戦闘機と戦いたかったのだが贅沢もいっていられない。
何よりもまずは味方の艦爆や艦攻を敵手から守ることが先決だ。
零戦の運動性能を生かして少尉はSBDからの火箭を躱して肉薄、二〇ミリ弾と七・七ミリ弾をしたたかに撃ち込んだ。
少尉が初撃墜を果たした時、攻撃隊の周囲に敵機の姿はなかった。
こちらに向かってくる敵機はなかった。
護衛の戦闘機隊は完璧に任務を果たしてくれたようだ。
第一次攻撃隊指揮官の淵田中佐は戦闘機隊への感謝の念を胸に抱きつつ海上を見下ろす。
空母を中心とした輪形陣が三つ、その前衛の位置には八隻の戦艦を主力とする水上打撃部隊。
敵艦隊の戦力や陣形を把握した以上、ぼやぼやしていられない。
あと少し近づけば高角砲に盛大に歓迎されるだろう。
「二航戦は左、五航戦は右、一航戦は中央」
淵田中佐は端的に目標を指示する。
刹那、その命令を受けた各編隊が散開する。
米空母部隊の攻撃手順は出撃前に決められていた。
まず九九艦爆が対空火力の大きい巡洋艦を攻撃して敵の輪形陣に穴をあけ、そこに九七艦攻が突入して空母の横腹に必殺の魚雷を叩き込む。
「赤城」艦攻隊が海面すれすれに達するまでに、早くも「加賀」艦爆隊の攻撃が始まる。
重巡あるいは「ブルックリン」級軽巡と思しき大型巡洋艦の両舷に水柱が次々と立ち上り、次いで爆炎がわき上がる。
二度三度とそれが続き巡洋艦は猛煙に包まれる。
他にも煙が二本立ち上っている。
三個中隊からなる「加賀」艦爆隊は中央の空母部隊にあったすべての巡洋艦に命中弾を与えたようだ。
輪形陣に穿たれた穴をかいくぐるようにして「赤城」雷撃隊は空母に肉薄する。
第一中隊と第三中隊が左舷から、第二中隊は右舷から米空母を挟撃せんと回り込む。
米艦もやられるだけではない。
むしろ反撃の砲火はすさまじい。
三隻の巡洋艦はすべて被弾損傷したものの、一方でかなりの艦爆を撃破していた。
そして、いまだに反撃可能な無傷の空母や駆逐艦は高角砲や機銃で「赤城」雷撃隊に猛烈な射弾を放つ。
狙いもかなり正確で、そのことで第一中隊と第三中隊はそれぞれ一機を投雷前に撃墜されてしまう。
戦友の犠牲を悼む気持ちを心の隅に追いやりつつ、生き残った搭乗員らは前方の空母の動きを注視する。
目標と定めた空母が雷撃を回避すべくこちらに艦首を向けようとしているのが分かる。
艦橋と煙突が一体化したその形状から「ヨークタウン」級だと思われたが、思いのほか運動性能が良い。
右に旋回して理想的な射点を確保しようとする第一中隊と第三中隊に対し、「ヨークタウン」級空母はそれを上回るような驚異的ともいえる回頭性能をみせる。
いまさら雷撃をやり直すこともできず、いささか不本意な射点で淵田中佐以下の「赤城」第一中隊は投雷する。
結局「赤城」第一中隊の雷撃はすべて回避されてしまう。
だが、「赤城」第一中隊の雷撃をかわそうとする米空母の動きのその先を読んでいた第三中隊はあらかじめ飛行コースを修正、理想の射点での投雷に成功していた。
右舷側から攻撃した第二中隊は、目標とした米空母が数の多い左舷側から迫る第一中隊と第三中隊への対処を優先したため、こちらも理想的な射点での投雷に成功していた。
しかし、機数が少ないため各機に敵の火箭が集中、投雷した時点ですでに二機を失っていた。
投雷してほどなく、「ヨークタウン」級空母の左舷に三本、右舷に二本の水柱が立ち上る。
一時に五本もの魚雷を食らっては正規空母といえども、まず助からなかった。
攻撃終了後、艦攻隊に集結を命じて編隊を整えている間に二航戦と五航戦からもそれぞれ報告が上がってくる。
「『レキシントン』級空母に魚雷六、巡洋艦二隻撃破」
「『レキシントン』級空母に魚雷八、巡洋艦三隻撃破」
二航戦、五航戦ともに「赤城」雷撃隊よりも命中率が高いが、これは巡洋戦艦改造の「レキシントン」級空母の的が大きく、さらに回頭性能も「ヨークタウン」級空母ほどではなかったためだろう。
なんにせよ空母三隻撃沈、巡洋艦八隻撃破は大戦果だ。
だが、味方の被害も大きかった。
「赤城」艦攻隊も投雷後にさらに一機を撃墜され、結局五機を失った。
二割近い損害だ。
さらに生き残った機体も被弾損傷しているものが多く、発動機から薄く煙を出したり、翼端が吹き飛んだりしている機体もある。
重傷を負った、あるいは機上戦死した搭乗員も少なくないのではないか。
失った搭乗員はいずれもかけがえのない熟練だ。
容易に補充できる人材ではない。
同じ戦をあと二度すれば「赤城」艦攻隊はすりつぶされる。
制空権を完全に掌握したはずの戦でさえこの被害だ。
一航戦と二航戦対抗演習の反省会の席で金満提督が言った「空母同士の戦があれば、大量の搭乗員が死ぬ」という不吉な言葉は真実だった。
生き残った搭乗員らは大戦果をあげた喜びよりも戦死した仲間への思い、そしてこの戦争の先行きへの不安が大きくなっていくのを感じていた。
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