第17話 陸攻隊
「派手にやったな」
マーシャルから出撃した千歳空の二六機の九六陸攻を率いる攻撃隊指揮官は眼下の太平洋艦隊の惨状を見てそうつぶやく。
大きく傾斜した戦艦や煙を吐く巡洋艦、ゴマ粒のように見えるのは溺者救助の艦載艇かあるいは救命ボートだろうか。
千歳空は開戦当初、ウェーク島を空襲し、同島の航空機や飛行場、さらに基地施設に大きな損害を与えた。
しかし、度重なる戦闘で被害が累積し、今回出撃できたのは本来の定数の七割程度だった。
敵艦隊の上空には自分たちに誘導電波を送ってくれたであろう水偵が数機いるだけで敵機の姿はみえない。
攻撃隊指揮官が状況を確認していたのはごく短い時間だった。
燃料にさほど余裕があるわけではない。
攻撃目標はさっさと決めてしまわなければならない。
「狙うはやはり戦艦か」
今回の出撃では九六陸攻はその全機が魚雷を装備している。
少し前までマーシャルの航空隊は米国に最も近い最前線の基地だというのにもかかわらず魚雷の不足に泣いていた。
しかし、開戦前に特設空母「春日丸」とともにやってきた輸送船が大量の航空魚雷を運んできてくれた。
ここには陸攻隊があり、そこに大量の魚雷が持ち込まれたということの意味を誰もが理解した。
そして昨夜、基地司令から搭乗員らに酒と肴がふるまわれた。
ある海軍高官からの差し入れだということだけしか言われなかったが、飛行機屋の間では有名なあの金持ちの提督だろう
基地司令は「本日は早めに休むように」とだけ言って去っていった。
搭乗員らは最後の宴とばかりに酒を飲み語り合った。
その裏で整備員らが機体の整備を、兵器員らは魚雷の調整を入念に行ってくれていたことを攻撃隊指揮官は知っている。
その攻撃隊指揮官である自分はその魚雷を最大限有効活用しなければならない。
だから、目標は戦艦だと指示する。
「大傾斜している二隻は無視しろ。残り四隻を中隊ごとに攻撃せよ」
一方、狙われた側のキンメル太平洋艦隊司令長官は迫りくる大型の双発機をにらんでいた。
おそらくはマレー沖で英国が誇る新鋭戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」と巡洋戦艦「レパルス」を沈めたといわれる機体だろう。
一目で大傾斜していると分かる「オクラホマ」と「アリゾナ」は無視、残る四隻の戦艦にそれぞれ六機乃至七機が雷撃態勢をとって低空から突っ込んでくる。
速力が大幅に衰えた戦艦相手に攻撃を仕損じるような連中でないことはすでに身をもって知っている。
もちろん、投雷前に全機を撃ち落とせば被雷せずに済むが、おそらく無理だろう。
「ペンシルバニア」には三機ずつ二隊、計六機が向かってきているようだ。
高角砲が射撃を開始、さらに機銃が火を噴く。
最初の編隊の右を行く敵機が海に突っ込んだ。
距離があってはっきりとは見えなかったが、操縦ミスではなくどこか致命的な部分に砲弾か銃弾が命中したのだろう。
あるいは見た目の大きさの割に防御力はたいしたことがないのかもしれない。
だがしかし、残る二機は何事もなかったかのように投雷、さらに後続の三機もそれに続く。
「ペンシルバニア」艦長は転舵で魚雷をかわそうと努力する。
しかし、悲しいかな海水をがぶ飲みしている艦の動きはとても鈍い。
やがて衝撃が二度続き、艦が異様な音を発した。
「ペンシルバニア」が限界を超え急激に傾斜する。
キンメル長官は足元が失われたと感じた瞬間、その意識もまた同様に失われた。
陸攻隊の攻撃は完璧と言ってよかった。
海面すれすれの低高度を這うように飛行、目標とした四隻の戦艦すべてを撃沈した。
だが、と攻撃隊指揮官は現在の陸攻編隊をみる。
二六機あった九六陸攻は現在、自機を含めて二一機しかない。
たった一度の攻撃で二割近くを失ったのだ。
生き残ったなかで被弾しなかった機体はほとんど見当たらない。
どの機体も生々しい被弾痕を残している。
中には発動機に被弾し、マーシャルまで帰りつけるかどうか危ぶまれる機体もあった。
敵の戦艦はすでに母艦航空隊の攻撃でダメージを負っており、乗組員も度重なる空襲で疲労の極にあったはずだ。
それにもかかわらず、こちらは大損害を被った。
自分たちは旧式の九六陸攻だったが、これが最新の一式陸攻だったとしても結果はたいして変わらなかっただろう。
的が大きい割に防御力が低い陸攻による「肉薄雷撃」は被害が大きすぎる。
もしこれが、多数の戦闘機に守られた万全の状態の艦隊が相手だったらどうなっていたのか。
考えるまでもなく陸攻隊は全滅していただろう。
何か根本的な戦い方、戦術の革新が必要だった。
だが、どうすればいいのか、今の指揮官には思いつかなかった。
戦艦「ペンシルバニア」と「ネバダ」、それに「メリーランド」と「テネシー」は日本の陸上攻撃機によってとどめを刺された。
最後まで生き残っていた戦艦「オクラホマ」と「アリゾナ」も傾斜の回復の見込みが立たず、すでに総員退艦が発令されている。
太平洋艦隊はこれですべての空母と戦艦を失った。
最高指揮官のキンメル長官も旗艦「ペンシルバニア」と運命をともにした。
だが、太平洋艦隊の悲劇はこれで終わったわけではなかった。
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