第9話 連合艦隊司令長官

 「太平洋艦隊、真珠湾より出撃せり」


 ハワイ近海で哨戒にあたっていた伊号潜水艦からもたらされた緊急電を受け、各艦の艦上では出撃に向けた動きが加速している。

 周囲の喧騒の中、空母「赤城」艦橋の山本長官は自分でも驚くほどに落ち着いていた。

 以前の自分は開戦劈頭、真珠湾を飛行機で奇襲することに固執していた。

 防諜が困難、奇襲の成算が乏しいなど様々な理由で多くの人間に反対されたが、尋常一様な手段で圧倒的な国力を誇る米国に勝てるわけもなく、この作戦に職を賭すとまで思い詰めていた時期もあった。

 だが、今では真珠湾奇襲には何の未練もない。

 その山本長官の脳裏に、当時まだ戦争が始まっていないのにもかかわらず、すでに終戦を見据えていた男の言葉が思い出される。


 「奇襲で太平洋艦隊の主力艦を撃滅できたとしても、米国が感じる痛痒やショックは一時的なものにとどまる。奇襲によって米国民は日本に対して必要以上の敵愾心を抱き、終戦工作を非常に困難なものにする」


 艦隊の出撃が間近に迫った今、敵潜水艦の活動を抑えるべく海上では哨戒艇や駆潜艇などの小艦艇が、空では飛行艇や水上機の動きが活発化しているのが分かる。


 「よくここまでかき集めたものだ」


 自身の指揮下にある艦艇を眺め山本長官は感慨にふける。



 第一航空艦隊


 空襲部隊

 第一航空戦隊 空母「赤城」「加賀」(零戦四二、九九艦爆四五、九七艦攻五四)

 第二航空戦隊 空母「蒼龍」「飛龍」(零戦四二、九九艦爆三六、九七艦攻三六)

 第五航空戦隊 空母「翔鶴」「瑞鶴」(零戦三六、九九艦爆五四、九七艦攻五四)

 第四航空戦隊 空母「龍驤」「瑞鳳」(零戦六〇)

 第八戦隊 重巡「利根」「筑摩」 (零式水偵一〇)

 空襲部隊付属

 水上機母艦「千歳」「千代田」 (零式水偵二七)

 軽巡「川内」

 駆逐艦「初風」「雪風」「天津風」「時津風」「浦風」「磯風」「浜風」「谷風」「秋月」「照月」「涼月」「初月」


 水上打撃部隊

 第三戦隊 戦艦「比叡」「霧島」「金剛」「榛名」 (零式水観一二)

 第七戦隊 重巡「最上」「三隈」「鈴谷」「熊野」 (零式水観一二)

 第九戦隊 軽巡「北上」「大井」

 水上打撃部隊付属

 軽巡「那珂」「神通」

 駆逐艦「朝潮」「大潮」「満潮」「荒潮」「朝雲」「山雲」「夏雲」「峯雲」「霞」「霰」「陽炎」「不知火」「黒潮」「親潮」「早潮」「夏潮」


 補給隊

 水上機母艦「瑞穂」 (零式水観八)

 駆逐艦「野分」「嵐」「萩風」「舞風」「秋雲」

 油槽船一二



 特筆すべきはフィリピンで航空撃滅戦を行ってさほど間が無いというのにもかかわらず、艦上機がすでに定数いっぱいまで充足されていることだ。


 それもこれも十分な数の補充の搭乗員ならびに予備の機体をトラックに待機させておいたことによるものだ。

 むしろ、損耗を大きく見積もりすぎたために搭乗員も飛行機も余ってしまった。

 飛行機は文句を言わないからよかったものの、余った搭乗員の処遇については少しばかりすったもんだがあったらしい。

 山本長官は自身が航空本部長時代だったころを思い出す。

 あの頃は航空関連予算が少なくやり繰りに難渋したものだ。

 その帝国海軍の航空関連予算が充実し出したのは最近のマル四計画からだった。

 それまでは航空関連予算は艦艇予算の一割に満たなかった。

 予算不足に苦慮する当時の自分に対して金満提督は多額の資金と多数の練習機を献納してくれた。

 もし、マル四計画を待って帝国海軍の搭乗員の大量養成が始まっていたのだとしたら、開戦の時点で熟練搭乗員不足という深刻な事態に陥っていただろう。


 「艦隊航空戦力において現状では質も量も日本の方が上なのだから奇襲ではなく正面からぶつかれば負けることはない」


 金満提督が言った言葉が思い起こされる。

 そして、その彼からある書類を見せられた。

 こうなることを予見して準備されたようなその書類には作戦概要から作戦に参加させるべき艦艇、航空機などが詳細に記されていた。

 連合艦隊司令部がそれをたたき台にして形にしたのが今の第一航空艦隊だ。

 日本の艦隊航空戦力の大半がこの艦隊に集められている。

 山本長官は思考を日本軍のそれから米軍へと向ける。

 米軍は、帝国海軍は南方作戦に主力を投入したと考えているだろう。

 多数の巡洋艦や駆逐艦に加え四隻もの戦艦、それも「長門」型に次ぐ有力艦を投入したのだから誰だってそう考えるし、艦艇の数だけを見れば間違いない。

 トラックの艦隊も有力ではあるが、それでも太平洋艦隊と正面切って戦える戦力だとは米軍も思っていないはずだ。

 太平洋艦隊の戦艦八隻に対してこちらは四隻。

 巡洋艦、駆逐艦も向こうの方が優勢だろう。

 だが、このトラックにある艦隊の本当の主力は艦艇ではなく航空機だ。

 帝国海軍の艦上機、艦載機のほぼ全力がここに集結したといっても過言ではない。

 その一航艦に配属された艦や航空隊は夏以降の猛訓練で練度を高め、フィリピンでの航空撃滅戦で実戦経験も得た。


 「あとは米軍の目標がどこかというところだが」


 山本長官は金満提督の言うように、それがウェーク島だということを確信している。

 ハワイから出撃した太平洋艦隊のとりうる目標としてはウェーク島以外にマーシャル諸島がある。

 多数の飛行場適地があり、どんな大艦隊でも悠々と停泊できるそこはウェーク島よりも戦略的価値が高い。

 だが、それでも民主国家の米国が苦境にあるウェーク島の軍人や民間人を無視してマーシャルを目指すというのは考えられなかった。

 その山本長官のもとに、同じくハワイ近海を哨戒していた別の潜水艦から続報が入ってきた。

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