第8話 太平洋艦隊司令長官
「日本軍は何を考えている?」
キンメル太平洋艦隊司令長官は日本との戦争が始まって以降、何度繰り返したか分からない思索にふける。
太平洋艦隊はウェーク島救援のために西へと進撃を続けている。
戦艦「ペンシルバニア」の出渠や西海岸にあった空母「サラトガ」の合流を待ち、太平洋艦隊の戦力が整ったのは一二月も半ばになってからのことだ。
太平洋艦隊が保有する戦艦の中で最も有力な四〇センチ砲搭載戦艦「コロラド」がいまだに整備中で作戦に参加できないのは残念だが、それでも戦艦だけで八隻を擁するこちらの戦力に不安はない。
本来であれば、すべての艦艇の出撃準備が整うのを待ってからマーシャル諸島に向かうはずだった。
同地は大艦隊の泊地に適しているうえに飛行場の適地もある。
攻略に成功すれば、対日反攻の足場にはもってこいの拠点となりえた。
だが、こちらがマーシャル諸島攻略にとりかかる前にウェーク島に日本軍が上陸したため、太平洋艦隊の目標は急遽同島の救援となったのだ。
目標変更を強いられはしたが、さほど状況は悪くなかった。
ウェーク島救援と併せて日本艦隊を叩き、しかるのちにマーシャル諸島を攻略することは十分に可能だ。
マーシャル諸島のほうには日本軍の有力な航空隊が展開していることが分かっている。
もし、仮に先にこちらを攻略するとなると、場合によっては日本の機動部隊とマーシャル諸島の航空隊の両方を同時に相手取らなければならず、三隻しか空母を持たない太平洋艦隊は苦戦をまぬがれなかっただろう。
日本軍のウェーク島襲来は太平洋艦隊にとってはある意味において僥倖とも言えた。
だが、この戦争全体についてははっきり言って状況はあまりよろしくない。
フィリピンを守る陸軍航空隊は日本の機動部隊によって壊滅的打撃を受け、グアムはすでに日本軍の手に落ちてしまった。
マレーでは英国の新鋭戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」と巡洋戦艦「レパルス」が陸上攻撃機によって沈められ、地上の戦いでも押し込まれているという。
合衆国が日本との戦争を予想していなかったわけではない。
むしろ開戦は不可避とみてフィリピンには空の要塞B17を、ウェーク島やミッドウェー島には戦闘機を配備するなど打てる手はすべて打ってきた。
開戦時期を決めることができる日本軍にある程度機先を制されるのは仕方が無いこととはいえ、一気にここまでまずい状況になるとはさすがにキンメル長官も思っていなかった。
逆に想定通りだったこともあった。
日本海軍が南方の資源地帯攻略に戦力を集中してきたこと、そしてハワイを直接攻撃してこなかったことだ。
情報部の中には空母艦上機による真珠湾奇襲を警告する声もあったが、さすがにそれはなかった。
「よくわからない連中ではあるが、それでも常識外れなまねはさすがにしてこなかった」
どこよりも航空戦力が充実し、太平洋艦隊主力がいるところへ空母艦上機による奇襲だろうが戦艦による艦砲射撃だろうが、そんな作戦が成立するとはとても思えない。
ハワイの各基地に展開する航空隊あるいは太平洋艦隊の空母艦上機によって逆に袋叩きにされるのがおちだろう。
実際にハワイに住む身にとっては日本軍の攻撃よりも、むしろハワイ在住の日系人による蜂起の方が怖かったほどだ。
「むしろ想定外だったのは・・・・・・」
日本海軍が南方攻略作戦に戦艦を四隻も投入してきたことだ。
戦艦の艦型はすでに判明している。
一四インチ砲一二門搭載の「伊勢」と「日向」、それに「山城」と「扶桑」だ。
日本海軍の中では「長門」級に次ぐ有力艦だ。
それら四隻もの戦艦がにらみをきかせるなかでは、米国のアジア艦隊やイギリスをはじめとした連合国アジア艦隊もうかつには動けないだろう。
逆にいえば日本本土や太平洋はガラ空きの状態ともいえる。
日本本土には戦艦「長門」と「陸奥」が確認されているが、たったの二隻だけではさほど脅威にはならない。
太平洋艦隊に対抗できる戦力のほとんどが南方に出払ってしまっている状況の中、それでもなお日本軍がウェーク島攻略をしかけてきた意図がキンメル長官には分からない。
いや、意義そのものは分かる。
飛行場があり、ミッドウェーやハワイににらみをきかせられる位置にある太平洋の要衝だ。
ここに長距離偵察が可能な航空機が配備された場合、西へ進撃しようとする太平洋艦隊はかなりの掣肘をうける。
だが、とキンメル長官は考える。
仮にウェーク島の攻略が成功したとしても、太平洋艦隊に簡単に奪い返されてしまうのは日本人にも容易に分かるはずだ。
「それとも何か策があるのか?」
南方戦域には四隻の戦艦以外にも多数の巡洋艦や駆逐艦が確認されている。
数だけでいえば明らかに日本海軍の主力だ。
ウェーク島に比較的近いトラック島には「金剛」型戦艦とフィリピンを空襲した空母部隊を擁する有力な日本艦隊が確認されているが、これらとて太平洋艦隊には敵わないだろう。
「金剛」型戦艦は高速ゆえに作戦の柔軟性を損なわずに運用できるのが利点だが、一方で攻撃力、防御力ともに戦艦としては小さく、太平洋艦隊の戦艦と正面からまともに打ち合えるとも思えない。
空母部隊は要注意だが、しかししょせんは補助兵力にすぎない。
マレー沖で「プリンス・オブ・ウェールズ」や「レパルス」を沈めたのも陸上基地に展開する双発の大型機であって、単発の空母艦上機が洋上を航行する戦艦を沈めたという実績はいまだにない。
マーシャル諸島に展開する日本の基地航空隊の脅威についても、ウェーク島とマーシャル諸島ではかなり距離があるし、こちらには空母もあるので、マレー沖で沈められた二戦艦の二の舞になることは無いだろう。
なにより根本的な問題は・・・・・・
「もし、太平洋艦隊がウェーク島近海まできたとして、トラックにある日本艦隊ははたして迎撃に出てくるのだろうか?」
こちらは戦艦八隻を擁し、一六インチ砲一六門、一四インチ砲六八門と、四隻の「金剛」型戦艦の一四インチ砲三二門に対して圧倒的なアドバンテージを得ている。
まともな海軍軍人なら正面からの戦いは避けるはずだ。
ウェーク島への攻撃がこちらをおびき寄せるための罠ということも考えられるが、かといってこの戦域の日本海軍に太平洋艦隊を撃滅できるだけの戦力があるとは思えない。
だが、日本軍がわざわざ上陸までさせた友軍を見捨てるということも軍人の自分にとっては同じくらい考えにくい。
「日本軍は何を考えている?」
キンメル長官の思考は堂々巡りを続ける。
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