第7話 開戦

 昭和一六年一二月八日、日本は米国に対して宣戦を布告した。

 米国に「だまし討ち」と言われることのないよう各部隊は布告前の攻撃についてはこれを厳に戒められている。

 それらのうち、第一航空艦隊はフィリピン東方海上にあった。

 開戦と同時に一航艦司令部はフィリピンにある極東陸軍の航空戦力を撃滅すべく、クラーク基地とイバ基地に八隻の空母から二波、計四一一機の攻撃隊を放った。

 奇襲ではなく強襲になったものの、質量ともに勝る日本の空母艦上機群は両基地を壊滅させ、零戦隊はP40を主力とする米戦闘機隊を蹂躙、力の差を見せつけた。

 圧倒的な戦力で臨んだ一航艦だったが、それでも損害無しというわけにもいかず、零戦四機が空中戦で、九九艦爆二機と九七艦攻一機が対空砲火で失われた。

 被弾した機体も意外に多く、特に激しい空中戦をおこなった零戦はかなりの数の機体が損傷していた。

 それら攻撃隊の収容を終え、各空母の機体の状態をまとめあげた「赤城」飛行長が金満提督のもとに報告書を持ってきた。

 金満提督は開戦後も相変わらずの無任所ではあったが、成り行きで山本連合艦隊司令長官らとともに「赤城」に乗り組むはめになっていた。

 本人はたいそう嫌がったのだが、山本長官直々の命令であれば従うよりほかになかったのだ。


 「被弾した零戦は四一機、そのうち燃料タンクに被弾していたものは一三機、搭乗員保護の防弾鋼板への被弾が七機ですか」


 金満提督の言葉に飛行長は戦闘の展開が事前の予想とは違っていたことを正直に打ち明ける。


 「喪失機のほうは事前の予想よりも少なくてすみましたが、一方で被弾機がこれほど多数にのぼるとは思いませんでした。もちろん、燃料タンクに被弾したすべての機体が火を噴くことはないでしょうが、それでもタンクに防弾装備がなければさらに少なくない搭乗員と機体を失っていたことでしょう。また、防弾鋼板に救われた搭乗員もかなりの数にのぼると思われます。あと、被弾した機体の多くは若年兵のものでした」


 「一〇〇機を超える彼我の戦闘機が前後左右上下から撃ちかけてくるのですから被弾するのは当たり前でしょう。タイマンで相手の背中をとりあうような悠長な空戦など過去の話ですよ」


 「搭乗員の中には防弾タンクのせいで航続距離が短くなったとか、防弾鋼板は速度低下を招き運動性能を劣化させる、なにより搭乗員への侮辱とかいう奴もいましたが、これで不平不満を言う者もいなくなるでしょう。飛行長として部下の命を救ってくださった金田中将にあらためてお礼を申し上げます」


 頭を下げる飛行長に金満提督は苦笑しながら首を振る。


 飛行長は金満提督が零戦や九九艦爆、それに九七艦攻に防弾装備を付ける際の話を思い出している。


 これは飛行長が同僚から聞いた話だが、かつて一航戦と二航戦で実戦を想定した演習を行った際、艦上機のあまりの消耗ぶりに搭乗員保護をめぐって金満提督と連合艦隊参謀との間でひと悶着あったらしい。


 艦上機の消耗を抑え搭乗員の保護策を考えるべきだという金満提督と、肉薄必中こそ海軍の神髄であり損害を恐れるなど怯懦のふるまいという連合艦隊参謀。


 その際に、搭乗員の保護も敢闘精神もともに大切だという山本長官の言質をとった金満提督はそれを最大限拡大解釈して活用、同長官の許可を得たうえでメーカーに防弾装備を施すよう要求した。


 それでも、運動性能や上昇力、それに速度性能や航続距離の低下、もしくは機体バランスが悪くなるなどの理由をつけて改造をしぶるメーカーの技術者やあるいは搭乗員保護よりも性能低下を憂慮する航空本部員らの反対もあって防弾装備の話はなかなか進まなかったらしい。


 業を煮やした金満提督はそこで伝家の宝刀を抜いた。


 「ノモンハンで熟練搭乗員を大量に失った陸軍は新型戦闘機に防弾装備を施している。搭乗員も機体も無事なのに、ただ燃料タンクから火が出たというだけで命を落とした搭乗員も少なからずいたという。私が聞き取った限りだが、防弾鋼板があれば死なずにすんだという証言も多い。搭乗員を失うことがどれほどの戦力低下につながるかを陸軍は理解している。これからの戦争は彼我どちらが多くの優秀な搭乗員を擁しているかで決まる。海軍に搭乗員を守る気がないのなら私は海軍を辞めて一国民として搭乗員を大事にする陸軍を支援する」


 これまで金満提督はカネは出すが口は出さないという印象を抱いていたメーカーの技術者や航空本部員らは彼のこの言葉に大慌てとなった。

 メーカーにとって金満提督は大のお得意様だったし、航空本部も金銭面で多大な援助を受けている。

 彼に機嫌を損ねられて陸軍に取り込まれるようなことがあれば海軍にとっての損失は計り知れない。

 それも防弾装備ひとつで。

 結局、艦上機への防弾装備は最優先とされ、金満提督も要求するだけではだめだからと言って多額の資金を提供した。

 また、金満提督が陸軍に引き抜かれることを恐れた海軍上層部はしばらくの間、関係者にこの件についてかん口令をしいたという。


 飛行長は遠慮がちに金満提督に話しかける。


 「軍機でしたらお答えいただかなくて結構なのですが、被弾した零戦の中には修理不能だと判定された機体が少なからずあります。飛行長としてはその、補充が・・・・・・」


 「赤城」は未帰還機こそ出さなかったものの、搭乗員一人が腕をかすめた敵の機銃弾で負傷していた。

 もし直撃していたら間違いなく腕が吹き飛んでいただろう。

 まず戦死、運よく生き残れたとしても搭乗員生命が断たれていたのは間違いない。

 さらに六機が被弾しており、うち二機は修理不能の判定を受けている。


 「トラック島に予備の機体と搭乗員を待機させてあります。機体はともかく、搭乗員の損失は思っていたよりも少なかったので搭乗員が余ってしまいました。まあ、これは喜ぶべきことなのでしょうが。それより、『赤城』に搭乗員の負傷があったと聞きましたが、容態はどうなのでしょうか」


 「腕に深い裂傷を負いましたが、命に別状はありません。傷がふさがれば復帰できます。次の作戦は外さざるを得ませんが」


 中将という雲上人なのにもかかわらず、一搭乗員を気遣ってくれる。

 そういえばこの艦の医療設備は最新のものだと聞いた。

 それも金満提督の資金援助のおかげらしい。

 誰よりも自分たちの価値を理解し、無駄な犠牲を出さないよう尽力してくれている提督。

 「肉薄必中」という言葉を振り回し搭乗員の犠牲よりも戦果を求める上層部、あるいは搭乗員保護を訴えると「怯懦」という言葉で切り捨ててくる精神主義に凝り固まった輩。


 「上官もさまざまか・・・・・・」


 飛行長は叶うならば金満提督のような人のもとで戦いたいものだと思った。

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