第6話 第一航空艦隊

 「戦艦を四隻も南方作戦にあてて、その間に太平洋艦隊が来寇してきたらどう対応するのですか」


 軍令部と連合艦隊司令部との会議で、軍令部員の悲鳴のような声があがる。

 それに対し、連合艦隊参謀からの回答は木で鼻をくくるが如しだった。


 「この資料に記した通り、第一艦隊ならびに第二艦隊から抽出した戦力を加えた、つまりは新編された第一航空艦隊にこれを対処させる」


 「真珠湾奇襲」を放棄した連合艦隊司令部が、それに代わる案を軍令部に説明にやってきていた席で金満提督はそのやりとりを聞いている。

 山本長官に巻き込まれる形で、いつの間にか連合艦隊司令部スタッフ扱いされてしまっていた。

 軍令部ににらまれそうで嫌だ。

 会議の席で配られた資料には南方作戦に従事する艦艇や、フィリピン攻略支援と太平洋艦隊撃滅の任を持つ一航艦の編成が記されていた。



 第一航空艦隊


 空襲部隊

 第一航空戦隊 空母「赤城」「加賀」(零戦四二、九九艦爆四五、九七艦攻五四)

 第二航空戦隊 空母「蒼龍」「飛龍」(零戦四二、九九艦爆三六、九七艦攻三六)

 第五航空戦隊 空母「翔鶴」「瑞鶴」(零戦三六、九九艦爆五四、九七艦攻五四)

 第四航空戦隊 空母「龍驤」「瑞鳳」(零戦六〇)

 第八戦隊 重巡「利根」「筑摩」(零式水偵一〇)

 空襲部隊付属

 水上機母艦「千歳」「千代田」(零式水偵二七)

 軽巡「川内」

 駆逐艦「初風」「雪風」「天津風」「時津風」「浦風」「磯風」「浜風」「谷風」「秋月」「照月」「涼月」「初月」


 水上打撃部隊

 第三戦隊 戦艦「比叡」「霧島」「金剛」「榛名」(零式水観一二)

 第七戦隊 重巡「最上」「三隈」「鈴谷」「熊野」(零式水観一二)

 第九戦隊 軽巡「北上」「大井」

 水上打撃部隊付属

 軽巡「那珂」「神通」

 駆逐艦「朝潮」「大潮」「満潮」「荒潮」「朝雲」「山雲」「夏雲」「峯雲」「霞」「霰」「陽炎」「不知火」「黒潮」「親潮」「早潮」「夏潮」


 補給隊

水上機母艦「瑞穂」(零式水観八)

 駆逐艦「野分」「嵐」「萩風」「舞風」「秋雲」

 油槽船一二



 従来の空母と少数の駆逐艦からなる編成とは違い、水上打撃艦艇のほうは戦艦や重巡などを加え大幅に戦力アップしている。

 最初、軍令部は真珠湾奇襲は断念するという連合艦隊司令部の説明に安堵していた。

 投機的とさえ思える真珠湾奇襲よりも、来寇する米艦隊を迎え撃つ従来の漸減邀撃作戦に近い方がいいに決まっているからだ。

 だが、連合艦隊司令部のやろうとしていることはそのようなことではなかった。


 「空母と新鋭駆逐艦を総取りですか」


 編成表に目を落とした軍令部員のつぶやくような質問に、だがしかし連合艦隊司令部員らは無視を決め込む。

 そんな些末なことはどうでもいい。


 「これでは本土がガラ空きではないですか」


 そこへ別の軍令部員からもっともな指摘があがる。

 連合艦隊司令部としても、こちらのほうはきちんと答えなければならない。


 「本土には戦艦『長門』と『陸奥』、それに横空をはじめとした海軍航空隊の腕利きが控えている。さらに陸軍もいる。それにそんな真似をしたら側背から一航艦の攻撃を受けるか、あるいは退路を断たれることは火を見るよりも明らかだろう。そもそも現在の太平洋艦隊の戦力だけで本土への殴り込みなどありえませんよ」


 連合艦隊の参謀の一人がこんなことも分からんのかといった態度で説明するが、軍令部員も引かない。


 「太平洋艦隊がマーシャルやトラックに来寇した場合はどうしますか」


 「マーシャルやトラックに来る選択肢は太平洋艦隊には与えません。太平洋艦隊にはウェーク島にきてもらいます。作戦の詳細は後程説明します」


 「艦隊編成については継続して相談させていただくとして、この連合艦隊司令長官の陣頭指揮というのはあきらめていただくわけにはいきませんか」


 軍令部員の懇願に、だがしかし山本長官はしれっとした表情で建前を口にする。


 「指揮官先頭というのは東郷長官以来の伝統ではないのかね」


 ここで軍神の名前を出すのかという思いを軍令部員は飲み込みながら、それでも言いたくはないが必要なので口にする。


 「開戦直後に連合艦隊司令長官にもしものことがあれば、その影響は計り知れません」


 「私の代わりなどいくらでもいるよ。海軍の人材は豊富だ」


 恐縮しつつもきちんと反論する相手に、山本長官は笑いながらも追い打ちをかける。


 「それに、真珠湾もダメ、陣頭指揮もダメでは私も立つ瀬がない。お国の役に立てないのなら海軍をやめてギャンブラーにでもなるよ」


 その一言で軍令部員たちの顔がさーっと青ざめる。

 眼の前の男は「辞職」をちらつかせやがったのだ。


 よりにもよってこの時期に。

 困り果てた軍令部員たちが永野総長をみやる。


 「山本長官がそこまでいうのならやらせてみようじゃないか」


 永野総長は事の重大性を全く認識することなく言ってはいけないことを言ってしまった。

 一方、言質をとった側の山本長官は胸中でニヤリと笑った。

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