第5話 真珠湾攻撃

 「開戦劈頭、真珠湾の太平洋艦隊に対して奇襲をかける。六隻の空母と三五〇機の艦上機をもってすればどんな相手だろうとこれに大打撃を与えることが出来るはずだ」


 山本長官が金満提督に話した内容をかいつまんでいえばこういうことだ。

 それと、彼は「あなたと話をしたかったのは対米戦について」云々と言っていたが、実のところは資金援助の話だった。

 山本長官としては真珠湾攻撃に向かう機動部隊や南方作戦に従事する基地航空隊に十分な量の航空魚雷を用意してあげたいのだが、いかんせん予算がない。

 天下の連合艦隊司令長官といえどもない袖は振れない。

 そこで航空魚雷の金策を頼めないかということだった。


 「やっぱり金の話か」


 なんとなくそういうことじゃないかと思っていたが、そんな感情を表に出すほど金満提督も子供ではない。


 「先ほど軍令部でお話をし、魚雷だけでなく爆弾などの手配もお願いしておきました」


 手回しの良い金満提督に山本長官は満面の笑みを浮かべる。


 「さすがは金田さんだ。よく海軍の実情を分かっておられる」


 調子のいい、そして目に見えて機嫌が良くなった山本長官に対し、金満提督はこの際だからと真珠湾奇襲作戦について、軍機にかかわることもおかまいなしに尋ねる。

 いつの時代もスポンサーは強いのだ。


 「真珠湾への航路は他の船と遭遇する恐れの少ない北寄りの航路を使うのでしょうか」


 「左様」


 「ハワイだと近海にプレジャーボートや漁船などが少なからず存在することが予想されます。米国ではちょっとした船なら無線を装備していますが」


 「いるかも知れないというのはあくまでも仮定の話だ。あれこれ考慮しだすときりがない」


 「真珠湾には電探が複数設置されています。これらが大編隊を見逃すはずはないでしょう。つまり、事前に察知されて奇襲が成立しません」


 「ある程度迎撃されるのは仕方あるまい。護衛の戦闘機はつける」


 それだと奇襲じゃないじゃんと思う金満提督だが、山本長官も苦しそうなオーラを出しているので、そこは忖度して追撃の手は控えておいた。

 自由気ままなようでいて金満提督も所詮は海軍というお役所に勤める役人なのだ。

 公務員にとって忖度出来る出来ないは死活問題だ。

 それでも、話すべきことは話さなければならない。


 「仮に奇襲が成功して米太平洋艦隊の主力艦を撃滅できたとしても、米国が感じる痛痒やショックは一時的なものにとどまります。先ほども言いましたが米国からみればたかが旧式戦艦数隻にすぎません。なにより奇襲は政治的アピールによって容易にだまし討ちに置換できる。真珠湾を攻撃するとなると民間人にも相当の死傷者が出るでしょう。米国民はフェアを重んじる。一連の攻撃は米政府に対して格好の開戦の口実を与えるとともに、米国民は日本に対して必要以上の敵愾心を抱くようになるはず。これは終戦工作を非常に困難なものにします」


 米国をよく知る山本長官ゆえに、その国民性の指摘については首肯せざるをえない。

 そして目の前の男は開戦前にすでに終戦を見据えて物事を考えている。


 「ひとつお伺いしたいのですが、フィリピンにある米軍の航空戦力にはどう対処されるのでしょうか」


 金満提督の問いに山本長官は軍令部とのやりとりを思い出す。

 空母六隻をもって真珠湾攻撃を主張する連合艦隊司令部に対し、新型の二隻かあるいは足の短い「蒼龍」と「飛龍」のいずれかは南方作戦にあてるべきという軍令部との折衝はまだ決着がついていない。

 折衝というには、なかなかのけんか腰だが。


 「空母『龍驤』と『瑞鳳』、それに近々竣工する特設空母『春日丸』に零戦を載せ、基地から発進した陸攻隊と合流のうえで敵飛行場を叩く」


 山本長官の言葉を受けて、金満提督は頭の中で計算をする。

 仮に「龍驤」と「瑞鳳」、それに「春日丸」の三隻の小型空母を使用するとして合わせて八〇機から九〇機、無理をして飛行甲板に露天繋止すれば一〇〇機近くは運用可能だろう。

 仮に一〇〇機あればフィリピン作戦に十分では無いにしても実行は可能だ。

 基地航空隊の母艦勤務経験者や熟練搭乗員らに今から空母飛行甲板への離発着訓練を施せば十分に間に合う。

 空母の上空直掩機をどうするのか、あるいは陸攻隊との合流はうまくいくのかといった疑問はあるが、計画に大きな矛盾や破綻はない・・・・・・


 だが・・・・・・


 山本長官の思惑通りだと正規空母六隻をハワイに、軽空母三隻をフィリピンに。

 軍令部案だと正規空母四隻をハワイに、そして二隻をフィリピンに。

 いずれにせよ艦隊航空戦力の分散、負け戦の匂いがして仕方がない。

 もはや現状では日米の開戦は不可避だ。

 日本は軍部も国民も米国の挑発に乗せられて頭に血がのぼっている。

 米国は国民はともかくルーズベルト大統領をはじめとした政府のほうは戦争をしたくて仕方がない。

 ならば流れる血は少しでも少なく、か。

 地獄に落ちる覚悟を決めるべきだろう。


 「長官、よろしいでしょうか」


 金満提督はこれまで自身が考えていた作戦を山本長官に開陳する。

 それを聞いた山本長官はマジでうなった。


 「味方を囮にするわ、人質はとるわ、さらに人質を助けにきた相手を皆殺しとか。鬼か貴官は?」

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