ウェーク島沖海戦
第4話 防空駆逐艦
「金田さん、わざわざご足労いただきすみません」
金満提督を出迎えた山本連合艦隊司令長官が笑顔で着席を促す。
階級は自分の方が上でも相手が中将ともなると相応の礼儀が求められる。
「今回はどういったご用件でしょうか」
社交辞令もそこそこに、金満提督は用件を話すよう促す。
米国との緊張が極限まで高まる今、将官である自分たちに時間の余裕などあるはずもない。
「防空駆逐艦の一番艦が予定よりも一年以上早く竣工しました。さらに秋までに三隻が完成、年末までに一個駆逐隊を編成できます」
ああ、そのことかと金満提督は思い出す。
防空駆逐艦は最新の九八式一〇センチ高角砲を搭載したもので、本来ならマル四計画で予算承認されたうえで昭和一五年度から建造を開始、一番艦の就役はどう早く見積もっても昭和一七年以降になるはずだった。
だがしかし、金満提督はこの艦の計画を知ったときにその詳細を調べ、空母の直衛艦というよりも新時代の駆逐艦のスタンダードとして是非とも必要だと判断した。
海軍の駆逐艦の対空兵装や対潜装備の貧弱さ、航続距離の短さを痛感していた金満提督にとってこの艦こそが次代の駆逐艦のように思えた。
そこで金満提督は防空駆逐艦の建造を促した。
「昭和一六年中に出来た艦は建造費の全額を出す」
金満提督のこの言葉を聞いた海軍の担当者は当然ながらこの話に飛びついた。
防空駆逐艦はいずれ建造する予定の艦だし、今ならタダになるかもと言われれば建造を承認しない理由はない。
担当者から相談を受けた海軍上層部もすぐにこれを承認し、他艦の建造計画を棚上げしてでもすぐに防空駆逐艦の建造に着手するよう指示した。
海軍上層部としては、本音を言えば四隻だけでなくもっと建造したかったのだが、資材の手配や造修施設の限界からこれが精いっぱいだったらしい。
一方の金満提督はと言えば、これからの戦争の形態を想像も理解もできず、対空・対潜能力の貧弱な魚雷戦特化型の駆逐艦を造り続けたがる艦隊決戦主義者と、それを欲しがる水雷屋に対するちょっとした嫌味の意味もあったらしい。
「陽炎」型のような雷撃馬鹿を喜ばせるだけの艦を造るよりも防空駆逐艦を造れということだ。
何も知らない関係者は、ふだんは戦闘艦艇にさほど興味を示さない金満提督が資金提供を申し出たのだから、よほど防空駆逐艦がお気に召したのだろうと喜んだ。
金満提督の嫌味に気付いたものは山本長官を含め皆無だった。
その山本長官が金満提督を呼び出した理由を話す。
「あなたと話をしたかったのは防空駆逐艦のお礼ともう一つ、対米戦についてです。米国との経済戦争に勝利した貴殿の見解を伺いたかった」
山本長官の意図するところがはっきり分からず、金満提督は当たり障りのない言葉でボールを彼に投げ返す。
「あれは、たまたま株が高騰しただけの話です。それと、仮想敵に経済戦争を挑んでいる云々もただの冗談ですよ」
金満提督は謙遜するが、株式市場における彼の勝ちっぷりを考えればたまたまということはないだろうと山本長官は考えている。
だがしかし、今はそのような話をしている場合では無い。
「まあ、それはそれとして、仮に米国と日本が事を構えた場合、どうなると思いますか」
「負けるでしょうね」
金満提督のはっきりした物言いに山本長官も苦笑を隠せない。
「それでは質問をかえましょう。日米戦争は回避できると思いますか」
「無理でしょうね」
一瞬、金満提督が暗い顔をしたのを山本長官は見逃さない。
無言で先を促す。
「残念ながら本邦にはロクでもない人間が多いということですよ。戦争によって利益をあげようとする財閥や商人、利権や役得にあずかろうとする政治家や官僚、戦争で手柄を挙げて立身出世を成し遂げようとする軍人、勇ましい記事を書けば売れると味をしめた新聞や雑誌とそれに簡単にあおられてしまう庶民。大陸への進出からこのかた、何が起こっているかを見れば一目瞭然です」
「・・・・・・」
「米国はといえば我が国というよりも、むしろドイツと事を構えたいということでしょう。それで同盟国である日本を挑発する。自分たちがドイツと戦争するためなら日本を巻き込むことも辞さない。つまり日本人がいくら死のうが構わないというロクでもない国です。そのロクでもない米国の中にも金儲けのために戦争を欲する連中が少なからず存在する。そのためなら合衆国青年の血が多少流れても構わないと考えるロクでもない連中が。つまり日米のロクでもない連中の邪な欲望の結果ですよ。戦争に反対して命を狙われている長官もある意味においてその被害者ではありませんか」
金満提督の言葉を受けて、山本長官の苦笑はほんとうに苦いものに変わる。
戦争を反対する人間が命を狙われる国なのだ。
大日本帝国という国は。
「そのロクでもない米国と事を構えることになった場合、海軍はどう戦えばいい」
「即降伏の選択肢は無いのでしょうね」
「ない。そんなことをすればどうなるか貴官も分かっているだろう」
海軍が大混乱のうえ分裂するだけにとどまらない。
陸軍まで巻き込んだ皇軍相討つ内戦にもつながりかねない。
金満提督は表情を消し、淡々と告げる。
「結論から申し上げましょう。カギとなるのは合衆国兵士の流す血の量です」
山本長官は口を挟まない。じっと金満提督を見据えている。
「米国の両洋艦隊法を見ても分かる通り米国はすでに艦艇の大量建造に入っています。艦艇だけにとどまらない。航空機や戦車など、ありとあらゆる兵器の増強が図られ、あと数年で我が国の陸海軍の数倍の戦力を持つにいたるでしょう」
だから、と言って金満提督は少し間を置き、脳内データベースから既知の米軍の戦備を思い出す。
「仮に米国が現在保有している戦艦一五隻、正規空母六隻すべてを沈めたとしても米国にとってはさほど打撃にはならない。両洋艦隊法で建造される高性能の艦が続々と就役するからです。近々新式戦艦二隻とヨークタウン級の三番艦が就役するはずですが、来年以降は同法のおかげでさらにすさまじい就役ラッシュになるでしょう。そうなってしまうと戦艦や空母をいくら沈めても追いつかない」
「だが、訓練された兵士はそうはいかない」
山本長官が口をはさむ。
その口調にはどことなく嫌悪が含まれている。
「戦力としての意味だけではありません。兵士とは人です。愛する家族もいれば喜びをともにする同僚や仲間がいる。船や飛行機などの戦闘機械がいくら沈められようが墜とされようが米国はさほどショックは受けません。しかし、人だとそうはいかない。まして身近な人間であればあるほど」
「意外だな。貴官からそんな言葉を聞くとは。だが、戦艦や空母を沈められて何とも思わない人間がいるとも思えんのだが」
「それは人が乗っているからです。誰も乗っていない船が沈んでも悲しむのは造った人間や乗組員などの愛着や思い入れを持った関係者くらいなものです」
「つまり、米軍の将兵を皆殺しにしろと」
さすがに山本長官も表情に嫌悪のそれを出す。
「いくら戦艦や空母があろうと、それを運用できる人間がいなければ戦力とはなりえません」
「敵に一撃を与えるだけではだめか。それならば流れる血も少なくて済むが」
「米国人は日本人が思っているよりもはるかに粘り強い連中です。強烈なのを一発二発食らわせたくらいではびくともしません。それに生き残った者は経験を糧とし、さらなる強敵となります」
山本長官は少しばかり逡巡の様子を見せたあとで口を開く。
「言いにくい本音を語ってくれた貴官には正直に話そう。本当は開戦劈頭に空母艦上機による奇襲をかけた場合のことを聞きたかった」
「真珠湾ですか」
即答する金満提督に山本長官は思う。
その勘の良さと洞察力を人間関係の良好な維持発展に使ってくれと。
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