第2話 電探と搭乗員
海軍は常に競争だ。
走る、漕ぐ、泳ぐ、何事であれ勝つように躾けられている。
演習だって同じだ。
実戦同様、負けるわけにはいかない。
だが、この演習で勝ったからと言って二航戦司令部が喜ぶということはなく、負けた側の一航戦司令部もまた悔しがるというようなことはなかった。
二日間にわたって行われた演習は、それぞれの航空戦隊司令部に勝敗を度外視させるほどの衝撃をもたらしていたからだ。
初日は二航戦が敵艦隊発見に成功して攻撃、一航戦が敵を発見できずに迎撃という想定で行われた。
所定の時間に二航戦から零戦と九九艦爆、それに九七艦攻がそれぞれ一八機の合わせて五四機の戦爆雷からなる第一次攻撃隊が出撃。
一航戦は敵出現予想時刻に合わせてすべての零戦を艦隊上空に展開、攻撃隊を待ち受けた。
そこへ零戦一八機に護衛された九七艦攻一八機からなる攻撃隊が低空から突っ込んでくる。
その時、一航戦の零戦四二機は小隊ごとに前後左右、さらに高度をずらして艦隊上空を隙無く守っていた。
しかし、敵編隊を見るやすべての零戦が一目散に降下、攻撃隊に突っかかってしまった。
一航戦の零戦隊の技量はすさまじく、九七艦攻は投雷前にすべて撃ち落とされたと判定され、護衛の二航戦零戦隊もその数によって押しつぶされてしまった。
だが、この戦闘ですべての零戦が低空域に集まることになる。
その理由としてはいろいろと挙げられるが、なにより戦闘機乗りの本能に負うところが大きい。
すべての搭乗員が敵機を追いかけるのに夢中になってしまったのだ。
その結果、一時的に艦隊の高空域を守る機体は一機もなくなってしまった。
そのタイミングで二航戦の九九艦爆隊が現れる。
低空域にあった零戦はあわてて機首を上げ、迎撃高度まで駆け上がろうとするが間に合わない。
二航戦の九九艦爆隊は半数が空母「赤城」、残り半数が「加賀」へと急降下を開始、「赤城」に二発、「加賀」に三発の命中弾を与え飛行甲板を使用不能にした。
着艦可能な空母を失った一航戦の零戦隊は全機が着水を与儀なくされた(と判定された)。
零戦の飛行可能時間が過ぎ去るのを見計らったかのようなタイミングで零戦一二機、それにそれぞれ一八機の九九艦爆と九七艦攻からなる第二次攻撃隊が現れる。
この時点で第二次攻撃隊を迎撃可能な零戦は上空には無かった。
手練れの二航戦による猛攻を受けた一航戦のほうは「加賀」が撃沈、「赤城」が大破という判定がなされるほどの大打撃を被った。
二日目は攻守を入れ替え、一航戦が攻撃側、二航戦が迎撃側となった。
前日、「加賀」を撃沈、「赤城」を大破判定された一航戦搭乗員らの闘志はすさまじく、少数とはいえ直掩機を残した二航戦とは違い、こちらは零戦をすべて出撃させた。
第一次攻撃隊は「赤城」から零戦一二機に九七艦攻二七機、「加賀」からは零戦一二機に九九艦爆二七機の合わせて七八機だった。
一航戦の第一次攻撃隊は進撃途上のかなり早い段階で二航戦の零戦一二機の迎撃を受け、一航戦側は「加賀」戦闘機隊がこれに対応した。
「赤城」戦闘機隊ならびに艦爆隊と艦攻隊はなおも進撃を続けたが、ほどなく二航戦が放った三〇機からなる零戦の襲撃を受ける。
海軍最強と言われる「赤城」戦闘機隊も、同等の技量を持つ二倍半もの数の相手から艦爆や艦攻を守り切ることはかなわず、敵艦隊発見の前に艦爆隊と艦攻隊はいずれも全滅、「赤城」戦闘機隊は攻撃隊の護衛に失敗した。
六三機からなる第二次攻撃隊も早々に二航戦戦闘機隊に捕捉された。
しかし、この時点で二航戦の零戦も数を減じており、同攻撃隊は第一次攻撃隊よりは善戦、「飛龍」に爆弾一を命中させ一矢を報いた。
一連の結果をふまえた反省会は議論百出となった。
・敵の早期発見、迎撃に電探は欠かせない。戦艦や空母だけでなく、巡洋艦や駆逐艦といった補助艦艇にも早急にこれを配備すべし
・二航戦の攻撃隊を迎撃した一航戦の戦闘機隊は艦隊至近あるいは直上での戦闘となったために反復攻撃ができなかった。逆に電探で早期発見できた二航戦の戦闘機隊は何度も攻撃を仕掛けることができた。これは戦闘機を増勢したのに近い効果がある。
・航空無線による戦闘機の誘導は極めて効果的。零戦に搭載された無線電話について今回は欧米から導入したものだったが、国産品でも早急にこれと同等の性能のものを量産できるようにすべし。
・戦闘機は攻撃するにも防御するにも数が必要。
・制空権が無い中での艦爆や艦攻の航空攻撃は効果が少なく被害が大きい。
「やってみなければ分からないものだ」
改めて山本連合艦隊司令長官はそう思う。
ふつうであれば予算不足を理由に図上演習でお茶を濁すだけだったのが、金満提督のおかげで様々な問題点を洗い出すことが出来た。
その金満提督は本来なら飛行機だけでなく艦内応急の訓練もやりたいと言っていた。
そういえば、と山本長官は少し以前のことを思い出す。
「海軍艦艇の塗料は燃える。これでは体に油を塗って戦場に立つようなものだ」
金満提督がある日突然こんなことを言い出したのだ。
「言い出した自分に証明責任がある」
そう言って陸上に軍艦内の施設と同じものを設置、実験の結果それが正しかったことが証明された。
その時は、海軍全体が大騒ぎとなった。
海軍艦艇が燃える油を塗りたくっているのだから当然だ。
そのことで早急な改善が図られ、今はすべての艦艇が不燃性の塗料に塗り替えられている。
発言を求めた金満提督が立ち上がるのをみて山本長官は思考を切り替える。
この男が発言するときは、大概ロクでもない指摘ばかりだ。
だが、彼は指摘だけに終わらず、提案や代案、解決策も併せて提示する。
「それがこの男のいいところではあるのだが・・・・・・」
しかし、やはりというか悲しいことに山本長官の悪い予感は的中した。
「この演習を受けて分かったことがあります。空母同士の戦があれば、大量の搭乗員が死ぬということです」
表情を変えず金満提督は言葉の爆弾を炸裂させる。
「やっぱりロクでもないことを言いやがった」
山本長官は心の中で頭を抱える。
「この反省会に飛行機屋がどれだけいるのか知って言っているのか?」
山本長官の胸中などまったく忖度することもなく、金満提督が指摘を続ける。
「敵戦闘機の迎撃をかいくぐった後には敵艦の高角砲や機銃・機関砲の槍衾。これでは命がいくつあっても足りません。この問題ついては根本的な解決策はありません。我々にできるのは飛行機の防弾性能を高め生存性を上げることや、将来的には射程の長い撃ちっ放し可能な誘導弾の開発も考えられます。それと人の命を物扱いしてしまうようで心苦しいのですが、搭乗員の大量養成も必要でしょう」
当然のごとく、金満提督の発言に対し連合艦隊参謀から罵声に近い異論の声が上がる。
「航空攻撃は急降下爆撃にせよ雷撃にせよ、肉薄必中が本分。命を惜しんでどうするのか」
異論というよりも批判、その声音には怯懦の者に対する侮蔑の色も含まれている。
「よく言った、参謀。帝国海軍のモットーはまさに貴様の指摘した通りだ」
自分と意を同じくする部下の発言に山本長官は胸中で手をたたく。
逆に飛行機屋の士官らはムッとした表情をしている。
「いつも安全なところにいる参謀が何をえらそうにぬかすのか」
飛行機屋たちはそう思ってしまうのだが、相手が相手なので当然ながら口には出せない。
軍隊において階級は絶対だ。
「では、搭乗員が大量に失われた空母部隊はどう活用すればいいかお教えいただけますか。それとも搭乗員を失わずに済む、あるいは戦力をいつまでも維持できるようなお知恵でもあるのでしょうか」
金満提督が淡々とした表情で代替案の提示を求める。
彼の言葉に参謀は押し黙る。
飛行機は優秀な搭乗員がいてこそ戦力となるのは自明の理だ。
その優秀な搭乗員を失った、飛行機を失った空母など張子の虎でしかない。
使えるとしたらせいぜい囮ぐらいか。
それくらいは参謀にも分かる。
それと認めたくはないが、搭乗員を失わずにすむ方法など思いつかない。
正直に言えば、そのようなことは考えたこともなかった。
参謀としては命を惜しんでどうするのか、そんなことで戦果が挙がるのかという思いが強い。
だが、今は金満提督から参謀としての具体的な提言を求められている。
それなのに何一つ答えられない。
悔しさに震える自分と金満提督の目があった。
「参謀のくせに、ただ精神論を吐くだけか」
金満提督の目はそう言っているように参謀には見えた。
飛行機屋たちも戸惑っていた。
自分たちが大量に死ぬといった不吉な予言をするロクでもない野郎だと思ったら、逆に自分たちを保護する算段をせよという金満提督に。
反省会が何とも言えない微妙な空気になってきた。
山本長官は心の中で盛大にため息をつく。
「またか・・・・・・」
ここは上に立つものの務めとして自分が出なければならない。
「金田少将が提示した案はすべてが傾聴に値する。また、参謀が言った敢闘精神ももちろん大事だ。金田少将の知恵、参謀の精神、どちらも海軍軍人には不可欠なものである」
場を収めるためとはいえ、自分でも何だかしまらない言葉だと思う。
金満提督、悪い奴ではないのだが・・・・・・面倒くさい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます