第19話 A summer day(19)
素早く処置された赤ん坊は
まもなく元気な産声を上げた。
生まれた・・・
志藤はなんだか信じられなかった。
「女の子ですよ、」
看護師が微笑んで、赤ん坊をゆうこの胸元に連れてきた。
「・・赤ちゃん・・」
ゆうこはもう
頭が混乱したままで。
それでも、確かにここに息づく小さな小さな命に
胸がいっぱいになった。
「・・泣いてる・・」
元気に泣く赤ん坊を見て。
ゆうこはやっぱり泣いてしまった。
「ゆうこ・・」
志藤はゆうこの頭を撫でた。
「も~~・・ようがんばったんやなあ。 おまえも・・頑張ったんか、」
その小さな赤ん坊に少しだけ触れた。
真っ赤な顔をして泣くその命に。
この子が授かった時
本当に二人で悩んで・・迷ったけれど。
こうしてこの世に出してやることができて
心から良かったって
思う。
ゆうこも色んなことを思い出したのか、涙が止まらなかった。
そんな彼女の涙をそっと拭ってやった。
「え~~、女の子? よかったねー! おめでと!」
廊下で待っていた南とゆうこの母に報告をした。
「お父ちゃんに電話しなくっちゃ!」
母も嬉しそうに電話を探しに向かった。
「あ~~~~、しんど、」
志藤はネクタイを緩めて、ドカっと南の隣に座った。
「ごくろうさん。 なんか慌しくってマンガみたいやったけどな、」
「ほんまや・・もう・・」
大きく息をついた。
そして、ふっとさっきの口紅の跡を見やる。
「ほんっまにも~~~、」
と、持っていたハンカチでそれを拭う。
「え? なに? 口紅?」
南はぎょっとした。
「・・気づかへんかった。 エリちゃんの・・」
と言ったので、
「は???」
南は聞き返してしまった。
「誤解せんといて。 彼女、コンサート大成功やってん。 もう、緊張のしっぱなしでな。 ほんま・・ホッとしたんやと思う。 終わったとたん、もう一人で立ってられへんくらい。」
「・・そっか。」
南はその場面を想像し頷いた。
そして
「よう耐えたなあ。 あの美女とずっと一緒の部屋で。」
とニヤつかれ、
「えっ!!」
志藤はぎょっとした。
「真太郎から聞いたし~~。」
「だから・・言わないでって言ったのに!!」
「でも。 ゆうこも知ってるし、」
ケロっとして言われて、
「はっ!?」
ものすごくものすごく驚いた。
「なんかね。 ホテルの部屋に電話したら。 エリちゃんが出ちゃったらしくって。 だから、心配するとアカンと思ってほんまのこと言うてん、」
あっさりと言われて、血の気が引いた。
あんな状況でも彼女がこの口紅に目ざとく気づいて、鬼のような形相で指摘してきたのは
そのせいだったのか!
処置を終えたゆうこが病室に戻ってきた。
志藤がひとりそこで待っていた。
「志藤さん・・」
ぐったりとしてゆうこは彼を見た。
「・・ごめんな、」
志藤はポツリと言った。
「え?」
「こんなときに。 ゆうこをひとりにして。 ほんまに・・。」
彼女の手を両手で握り締めた。
「なんも。 心配しなくていいから。」
「え?」
「コンサートは大成功やったし。 おれも責任を果たせたって思ってる、」
志藤はポツリとそう言った。
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