第15話 A summer day(15)

なんとか本番を迎えた絵梨沙だが。



控え室で衣装に着替え、やはり落ち着かないようにうつむいていた。



「したく。 できた?」


志藤が入ってきた。



「あ・・はい。」


頼りな気に顔を上げる。



そんな彼女に志藤はふっと微笑んだ。



真っ白なドレスに真っ赤なルージュが、透きとおるような肌の彼女に本当によく似合う。




「めっちゃ。 キレイやで。 お客さん、いっぱい入ってくれてる。 みんな、エリちゃんのピアノを聴きにきた。」


そっと彼女の肩に手をやった。



「・・志藤さん、」



そして、彼女の手をぎゅっと握って




「なにも心配しなくていい。 きみはこれからもずっとこうしてピアノを弾いていくんだ。 大好きなピアノを、」


力強くそう言った。



「・・はい、」



ようやく肩の力が抜けた。



「は・・し、志藤ちゃんが??」



「もう・・なんでだろって。 思えば思うほど、」



思い悩んだゆうこは南に電話をし、心配した彼女はゆうこの実家にやって来た。




「あ~~、それ・・ね、」


南はどうしたもんか、と思ったのだが、ゆうこはすっかり落ち込んでもう泣きそうだったので



意を決し、




「実は。 志藤ちゃんの部屋、電気系統が壊れちゃったとかで。 ・・他の部屋も空きがなくって。 しょうがなくって。 この前真太郎のところに連絡があったみたいで。」


本当のことを話した。



「え・・」



ゆうこは顔を上げた。



「今、夏休みやし。 そのホテルの近辺でお祭があるとかでどこもいっぱいなんやって。 だから。 でも! ほんまに仕事で二人は行っているわけやし! そんなバカなこと絶対にありえへんし!」


南は必死に言った。



「・・・」



ゆうこは半ば呆然とした。




考えても考えても


ネガティブな方向にしか思考がいかなかった。




「やっぱり・・同じ・・部屋で、」


と言ったとたん、ゆうこは耐え切れずに泣き出してしまった。




「もう・・ゆうこがそうやって心配するから! 真太郎も黙っておこうって。」


南は彼女の背中に手をやった。



「あんな若くて美人な子と一緒の部屋に寝泊りなんて!! 怪しいったら!」


ゆうこはカッとなって興奮したようにバシっと卓袱台を叩いた。



「なんかしたとか決め付けたらアカンて。 も~。 しかも、エリちゃんは真尋の彼女やし? いっくらなんでもさあ・・」



「前に! あたしが絵梨沙さんが真尋さんとつきあってるって彼に言った時。 『別にそんなの関係ないじゃん。』みたいなこと言って! ほんっと・・もう、悪い男丸出しで!」



「そんなに興奮するとさあ・・おなかの赤ちゃんに障るって、」


と、言ったとたん、



「・・いたた・・」


ゆうこは腰を押さえた。



「え、どしたの?」



「なんか・・朝からこのへんがジンジンして・・。」


腰を摩った。




「おなかも張ってる感じだし、」


と言ったので。



「それって陣痛ちゃうのん? ようわからへんけど。」


南は心配そうに言った。



「は?? 陣痛?」


陣痛はいきなりおなかが激痛に襲われるものだと思っていたゆうこは夢にも思わなかった。



「ちょ、ちょっと。 病院に電話してみなよ。 なんてったって予定日、明日やねんから!」



「は・・はい、」



志藤への怒りはとりあえず置いておいて・・の感じになってきた。




観客は絵梨沙の美しさにあっという間に目を奪われ


そして、そのピアノの音にもすぐに酔いしれた。



彼女の奏でるブラームスのワルツは


死ぬほど美しい。




志藤は彼女が演奏をするのを舞台袖で後姿だけを見て。



もう


この美しさは。


誰にもまねできない彼女の


彼女だけのピアノだ。



志藤は胸の鼓動を抑えることができなかった。


まるで初恋のときの気持ちのように


胸がぎゅっと掴まれるような


そんな気持ちだった。

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