第14話 A summer day(14)

思い切ってホテルの彼に電話をしてしまった。



英語が通じてホッとした。


フロントの取次ぎは、志藤から絵梨沙の部屋に電話をつなぐように言われていたので


そのまんま彼女の部屋につないでしまった。




絵梨沙は部屋の電話が鳴り、普通に




「ハイ、」


と出てしまった。




は・・・




ゆうこは固まってしまった。


ホテルの人が取次ぎを間違えたんだろうか。




女性の声に思考が停止した。




「も・・もしもし、」


日本語のその声に、



「もしもし、」


絵梨沙も日本語で返す。



「あ・・あのう。 志藤さんの部屋では・・」


呆然としながら聞くと、



「え? 志藤さん・・ですか。 えっと今・・シャワーを・・」


わけもわからず素直な絵梨沙はそのまんまを答えてしまった。





はっ・・??



え? だれ?


絵梨沙・・さん??





ゆうこはもうどっから何を考えたらいいのか


わけがわからなくなっていた。




絵梨沙もハッとして



「ど、どちらさまですか。」


と聞き返した。



ゆうこはその瞬間、慌てて受話器を置いてしまった。




どういうこと?


彼の部屋に・・


絵梨沙さんが?


しゃ・・シャワーって!?




もう頭をかきむしりたくなるほどの動揺だった。




だれだろ・・


『志藤さん』って言ってたけど。


会社の人かしら。



どうしよ。


なんか誤解させるようなことを言っちゃったかしら・・




絵梨沙もまた不可解な電話に一抹の不安がよぎった。





「どしたの?」


頭を拭きながら出てきた志藤は絵梨沙に言った。



「えっ・・い、いえ・・」


何だか気まずくて、何もいえなくなってしまった。


「明日は本番なんやから。 もう寝たほうがいいよ。」


志藤は普通にそう言った。



「はい、」


絵梨沙は小さく頷いた。





ゆうこはかなり落ち込んでしまった。


彼に確かめたいけれど


とってもそんな勇気はない。



おなかの赤ちゃんが大きく動いた。



「いたっ・・」


思わず声が出てしまうほど、元気に動いている。



「ごめん・・ごめんね。 あたしがこんなに落ち込んでるから。」


ゆうこはおなかを撫でてそれを静めるように優しく言った。




でも。


あたしはまだ彼のことを


ぜんぜん・・知らないんだもん。



あたしの知らない彼の顔があるってずっと思ってた。


全てをわかって、全てを理解して結婚に至ったわけじゃないから。




一緒になってたくさん彼のことを知っていった。


それはすごくすごく彼に惹かれていくばかりのものだったけど。


本当の彼を知るのは


ちょっとだけ怖くて。



そばにいてくれないと


どんどん不安になっちゃう。




ちょっとだけ泣きたくなった。

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