第13話 A summer day(13)
念のため、ホテルに聞いた病院にかかったが
特に異常はないようだった。
おそらく
過度の緊張から突然の高熱を出したのではないか、との診断を下された。
「よかったな。 たいしたことなくて、」
志藤は帰り道、絵梨沙に言った。
「ほんと。 ごめいわくをかけて・・すみませんでした、」
今朝から絵梨沙は全く志藤と目を合わせようとしなかった。
まあ、たぶん。
ゆうべのことをいろいろ想像して。
今になって恥ずかしくてどうしようもないんだろうなあ・・。
志藤はそう理解した。
ホテルに帰ると、やっぱり部屋の電気がまだ直らないことを告げられた。
「困りましたね、」
絵梨沙は言うが、志藤は深く考える様子で
「・・あの。 誤解しないで聞いて欲しいねんけど、」
神妙な顔で彼女に言った。
「え?」
「もう、電気の修理が終わるとか、そんなこと抜きにして。コンサートが終わるまで。 きみの部屋で寝起きをさせてくれないか。」
彼の言葉に
「は・・」
さすがに絵梨沙は絶句した。
あまりに彼女が固まっているので
「だから! ほんっとヘンな意味じゃなくて! ひょっとしてまた、ゆうべみたいな状態になったらタイヘンやし! 正直、ゆうべはきみの部屋に寝ていて良かったって心から思った。 ほんと・・エリちゃんは繊細な子やから。 初めての海外のコンサートでたぶん自分が思っているよりもずっとずっと緊張してストレスが溜まってると思う。ほんまに心配やねん、」
志藤は真剣な顔で言った。
「志藤さん・・」
「神に誓って! 疚しい気持ちはない。」
そんな彼に
絵梨沙はようやく笑顔を見せて
「ありがとう・・ございます。 ほんと。 心強いです。 志藤さんがいてくれて。 ひとりだったらあたし、逃げ出しちゃったかも・・・」
と言った。
「エリちゃん。」
「わかりました。 あたしも志藤さんのことは信じていますから。 よろしくお願いします。」
絵梨沙は静かに頭を下げた。
「ハア? なんですか、それは・・」
真太郎は電話で驚いたような声を出した。
「ですから。 もうこうなったら・・ おれ、彼女の部屋にいますから。 緊急の用があったら、彼女の部屋に連絡を下さい。」
志藤は早口でそう言った。
「・・って?? え?」
と聞き返すと、
「彼女。 ゆうべ緊張からものすごい熱を出してしまって。」
「え、」
「本当にひとりにしておくと心配なんです。 このままでは彼女の力を出すことさえもできない。 彼女は素晴らしい演奏家ですが、まだまだハートが弱く、誰かが支えていないと、とってもやっていけない感じなので。 日本では何度かコンサートを開いて好評でありましたが、やっぱり自分のピアノが海外で通用するのか思い悩んでいるようです。 このコンサートが成功すれば彼女の自信になります。 その自信をなんとかつけさせてやりたいんです、」
志藤は熱く語った。
真太郎はその真剣な彼の言葉に
「・・わかりました。 大変でしょうが。 頑張ってください、」
力を込めてそう言った。
そして
志藤はバタバタしていて、こっちへ来てからゆうこに全く連絡をしていないことを思い出した。
「志藤さん?」
突然、実家に彼から電話があり驚いた。
「そっちは。 もう夜?」
「え・・ええ。」
「おなかの赤ん坊はどんな感じ?」
「昨日もお医者さんに行ったんですけど。 まだそうだねって・・先生が。 初産は遅れることが多いらしいです、」
おなかを撫でながら言った。
「そっか。 ・・コンサートは明日やから。 終わったら。 すぐに帰るから。」
「成功すると、いいですね。」
ゆうこは彼の声を聞き
会いたくてたまらなくなった。
翌日。
彼の声を聞いてしまったばっかりに
ゆうこはちょっと『ホームシック』にかかってしまったようだった。
今。
向こうは何時かな・・
時計を見た。
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