第6話 A summer day(6)

「赤ちゃん。 もうすぐですね、」


絵梨沙は話題を変えるように言った。



「え? あー、うん。」


志藤はちょっと照れたように笑った。



「ゆうこさんも初めての出産で。 きっと心配でしょうに。」



「あ、そや。 これ。」



志藤は思い出したようにバッグからゆうこから託された絵梨沙へのプレゼントを手渡した。



「え?」



「・・うちの、奥さんから。」



その袋を開けると、生成りの綿のハンカチにキレイな花の刺繍がしてあるものだった。




「かわいい・・」



絵梨沙の顔がぱあっと明るくなった。



「前にもゆうこさんに手作りの髪留めをいただいたことがあるんです。 それもすごくかわいくて。 すごいですね、なんでもできて・・」



「会社ももう休んでるから。 暇やからって、」


志藤の顔もとろけそうだった。



「本当にいい奥さまですよね。 お幸せですね、」



「いや・・」


何だか照れくさくて彼女から目をそらす。



「ま。 とにかく。 がんばろ。 きっと成功するし。 ね、『エリちゃん』。」


志藤はいたずらっぽく笑ってそう言った。




彼女のピアノをチェックして、ホテルに戻ったのは夜の9時過ぎだった。



ところが。



「ムッシュウ・・シドウ、」


フロントの従業員に声をかけられて、何かを一方的にしゃべられた。



「な・・なに言うてるかわからへん、」



焦って絵梨沙を見た。


絵梨沙は少しフランス語が話せるので、ゆっくりと彼と会話をした。




すると



「なんだか。 志藤さんのお部屋の電源が故障して。 電気が点かなくなってしまったそうなんです、」


彼女が通訳してくれた。




「はあ??」




「修理はこんな時間なので明日、業者に来てもらうと言っていますが。 今日は他の部屋にも空きがないそうで、」


困ったように言った。



「ちょ、ちょっと! なんやねん、それ!」



「近くのホテルを紹介してもらうようにお願いしてみます、」


絵梨沙は頑張ってその彼に交渉してくれた。




待つこと30分。




「明日からこのあたりでお祭があるそうで、近所のホテルはどこもいっぱいだそうです。 夏休みですし、」


絵梨沙はため息をついた。



「真っ暗な部屋で寝ろって?? エアコンもなしに?」


もう、泣きたくなった。




すると、しばらく考えた絵梨沙が



「・・あたしの部屋。 ツインになっていますから・」



と言い出した。




「は・・」



いきなりの申し出に一瞬、心臓がドキンとした。




「こんな時間に志藤さんを路頭に迷わせるわけにいきませんから。  ほんっと・・信じてますし、」


絵梨沙もちょっと恥ずかしくなり、目をそらした。



ウソ・・



志藤は自分が今、どうすべきかものすごくものすごく考えた。




そして。



「先にシャワーを使って下さい。 あたし、ちょっと学校の宿題があるので。」


絵梨沙は志藤に微笑んだ。




「はあ・・」



いいのか?


おれ!!




あんな美女と同じホテルの部屋で二人きりで夜を過ごす・・



こんなシチュエーションがあっていいのか!




ちょっと前のおれなら・・


もー


ラッキーって感じで!


軽く、一夜の過ちとかで、お茶を濁せそうやのに!!!




シャワールームに入って、思わず髪をかきむしった。





そして。


左手薬指の指輪を見て、ハッとする。



ゆうこ・・




おれは。


絶対にゆうこを裏切ったりせえへんから。




固く


固く


心に誓ったのでした・・


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