第5話 A summer day(5)

「ほんま。 急におなか大きくなってきたね~、」



「もう歩くのもしんどくて。 夜も寝苦しいし、」



南がゆうこの実家までやって来た。



「でも。 ここにいれば、ゆうこも安心やもんね。 お父ちゃんもお母ちゃんも。 お兄ちゃんたちもいるもんね、」



「ええ。」


ゆうこも自分の恵まれた環境に感謝した。




「夕べさあ、真太郎のところに真尋から電話があったみたいで。 志藤ちゃんがエリちゃんについていくって知って。 『あんなんと絵梨沙を二人っきりにするなーっ!』って、文句言って。」



南はおかしそうに笑ったが、



ゆうこは苦笑いをするだけだった。




そんな彼女を見て、


「あっ・・いや、別に。 ぜんっぜん深い意味とかないし。 なんてったって。 仕事やもん、」


慌てて、明るく言った。



「あんな美女と。 1週間も二人っきりだし。 まあ・・・心配じゃないわけじゃないけど。」



「だからさー、」



ネガティブなことを言うゆうこに南は安心させるように彼女の肩に手を置く。




「前にね。 『商品に手をだすわけないだろ!』って。」


ゆうこは明るく言った。




「は?」



「絵梨沙さんを食事に誘った時。 あたしが疑うようなことを言ったら、彼はそんなふうに言って、」


とおかしそうに笑った。



「え~? ほんまに?」



「ほんとかウソかわかんないですけど。 あたしはフツーにあの人が絵梨沙さんを誘ったとしか思えなかったけど、」



ポツリと言うゆうこに南もにっこりと笑って




「大丈夫やって。 だってさー。 もーすぐかわいいかわいい赤ちゃんが生まれんねんもん、」


と、大きくなったおなかに手をやった。



「パパが帰ってくるまで、待っててな、」



そして、おなかに語りかけた。





「曲はもう仕上がっているんですが、ちょっとメンデルスゾーンがしっくりこなくって。」


絵梨沙は志藤と食事をしながら、少しだけ不安そうな顔をした。



「あとでスタジオで聴こう。 大丈夫だよ。 きみのウデは確かやし。 ほんまに真尋と違って、いつも安定感があって安心できるし、」


志藤はニッコリ笑った。



「・・お客さんが来てくれるだろうか、とか。 なんだか心配で、」



うつむく彼女に



「自信を持ちなさい。 きみは日本だけじゃなく、世界にも通用するピアニストや。 音楽に国境なんかない。」


志藤は力強くそう言った。




絵梨沙のピアノの実力はもちろんだが、とにかく


彼女の最大の武器は、なんといってもその『美貌』だった。



日本にいると、欧米人のような雰囲気の彼女も、こうして欧米人の中に入ると


エキゾチックでオリエンタルな美しさはとても目立つ。




ピアノは華やかで、大胆だが


こうして向かい合って話をすると、本当にどこまでも頼りないような


おとなしい女性だった。





「真尋は。 どうしてる?」



志藤はワインを少し飲んで言った。



「相変わらず。 学校の試験に追われてます。 課題もちゃんとやってこなくていつも父に怒られて、」


絵梨沙はクスっと笑った。


「しゃあないなァ、」



「ピアノバーのバイトも、今もたまに行ってて。 忙しいんだから休ませてもらえばいいのにって言うと、あそこがすっごく楽しいんだって。 お客さんの反応が直に伝わってきて・・本当に楽しいって言うんです。」



目に浮かぶようで、少し笑ってしまった。




「あの公演以来、また日本でもたくさん声がかかっているようですし。 学校との両立はちょっと心配ですけど。」



「卒業したら。 どうするの?」



二人は来年の秋にはウイーンの音楽院を卒業することになる。



「父があたしのサポートをしてくれると言うので。 父の音楽院との契約も同じ頃に切れますから。 たぶん・・NYに滞在して、そこを拠点にして演奏活動を続けていければ、と。」


絵梨沙はかちゃんとフォークとナイフを置いた。



「もちろん、ウチでもサポートするから。 きみなら日本でもバンバン仕事が来る。」


志藤は微笑んだ。



「真尋は・・どうなるんでしょう。」



彼女は心配そうに志藤に言った。



真尋には


絵梨沙と違ってコンクールでの実績がまるでない。


日本での公演は大成功であったが、世界に通用するかと言われたら


それは、まだまだなことであった。



「ウイーンでも。 まずは小さなところからライヴでやっていって。 日本でも、もちろん。 売り出していく。 そうして・・絶対にあいつを世界に通用するピアニストにしてみせる。」



志藤は力強くそう言った。


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