第4話 A summer day(4)

「あ・・あたしは大丈夫です。 本当に。」



絵梨沙は国際電話でそれを聞き、遠慮をしてそう言った。



「いや。 これはホクトとしても失敗できない演奏会やから。 ぼくがきみのサポートをする。」


志藤は真剣な眼差しでそう言った。



「志藤さん・・」



彼女ももちろんゆうこの出産予定日を知っていた。




「何も心配しなくていい。 ・・彼女には実家のお父さんとお母さんがついているからね。 おれよりも安心できる。」


志藤はいつもの笑顔でそう言った。





「本当に。 申し訳ありません・・」



その晩、白川家に行きことのいきさつを説明した志藤はゆうこの両親に頭を下げた。



「そんなに謝らなくなって。 しょうがないじゃない。 仕事だもん、」


いつものように母は暢気だった。



「だから。 気にしなくていいって言ったのに。」


ゆうこも言った。




しかし、


志藤が恐ろしいのは


目の前の父の反応だった。



「大丈夫よ。 あたしたちがついてるし。 志藤さんが出張に行っている間はゆうこにここにいてもらうし。 何かあっても大丈夫、」


母はお気楽にそう言った。



志藤はおそるおそる顔を上げた。




すると




「男は仕事が一番だ。 子供はおまえがいなくても生まれる!」



ゆうこの父はいつものように怖い顔でそう言った。



「お義父さん・・」




「ゆうこは。 大丈夫だな?」


父はゆうこに言った。



「う・・うん、」


ゆうこは神妙に頷いた。



「男はなあ・・家庭もなにも顧みないで頑張る時があるもんだ。 このことでおまえがその仕事を断ったりしたら。 おれはおまえをぶん殴ってたかもしれねえ!」




結婚を許してもらってからのこの義父は


とにかく筋を通すことを一番に考え、娘のことよりも志藤の仕事のことを優先に考えてくれた。



「・・あ、ありがとうございます、」


志藤はまた義父に頭を下げた。





そして。


絵梨沙の演奏会の1週間前。



その準備も考えて志藤はパリへゆくことになった。



「これでしたくは大丈夫ですか?」


ゆうこは荷造りを手伝っていた。



「うん。」



「絵梨沙さん、初めての海外での大きなお仕事。 きっと緊張しているでしょうね。 本当に繊細な人ですから。 あのう。 これ・・」


ゆうこはかわいい柄の紙袋を彼に手渡した。



「え?」



「絵梨沙さんに。 今、暇なんでいろいろやってるんですけど。 大したものじゃないですけど刺繍をしたハンカチです。 もし使っていただけたら。」



「彼女に、」




志藤はそれを手にした。




「演奏会が成功しますように、」


ゆうこはニッコリ笑った。



「・・ありがとう、」


志藤も微笑んだ。



「きっと。 待っていてくれます。 志藤さんが帰るのを、」



ゆうこはおなかを撫でた。



「うん、」



後ろ髪を引かれる思いで、志藤は絵梨沙の待つパリに旅立った。




「志藤さん、」


ホテルのロビーで待っていた絵梨沙は志藤を見つけて笑顔を見せた。



「元気そうだね。 体調は?」



「ええ。 大丈夫です、」


と笑顔を見せる彼女だが、



本当にいつ見ても


儚げで



とにかく


透きとおるように美しかった・・

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