第3話 A summer day(3)

・・と言ったものの。




はあああああ。



なんて言おう。




志藤は大きなため息をついた。



足取りも重く帰宅をすると、



「あ、おかえりなさーい。 ちょっと早かったですね。 お風呂も沸いてます、」


ゆうこはいつものように明るく迎えてくれた。




もう


良心が疼くほど


いたたまれなかった。



「今日。 病院に行ってきたんですけど。 エコー撮ってるときもね。 ほんっと元気に動き回ってて。 なんだか顔の表情も見えるみたいで。 順調ですねって先生が。 たぶん・・予定日どおりでしょうって、」


ゆうこは志藤のスーツの上着を脱ぐのを手伝いながら嬉しそうに言った。



「そう・・」



「そろそろ準備しないとだしって・・帰りにいろいろ赤ちゃんのものを買ったりして。 見て! かわいいでしょ? このお洋服!」


ゆうこは買ってきた赤ちゃんの服を見せて笑顔で言った。



耐え切れずに



「あのさ・・」




志藤は切り出した。



「え?」



「沢藤絵梨沙が。 パリで8月4日に演奏会を開く。 お母さんの沢藤先生がついていくことになってたんだけど・・仕事があって。 どしうても無理になっちゃって。 お父さんも。 んで。 おれがついていくことになったんだけど、」



遠慮がちにそう言った。



「8月・・4日・・?」



ゆうこはちょっと驚いたように言った。



「現地の8月4日やから。 実質こっちでは8月5日。 終わったら・・ほんまにすぐに帰ってくるから、」


志藤はもう彼女の顔を見れなかった。




ゆうこはしばらく何も言わずにうつむいた。




「ほんまに! ごめん! 絶対に子供が生まれるのつきそうって約束したのに、」


志藤は必死に彼女の肩に手をおいて言った。




ゆうこはふっと微笑んで、


「あなたしかいないんであれば。 しょうがないです。 きっと絵梨沙さんも不安でしょうし、」


と言った。



「ゆうこ・・」



「仕事を優先してください。 あたしは大丈夫。 お母ちゃんもいるし。 何かあっても病院はすぐそこですから。」


いつもの温かい笑顔だった。



「・・ごめん、」



志藤はそんな彼女を抱きしめた。



「あたしは。 この『クラシック事業部』を立ち上げるお手伝いをしたかった。 あなたや真太郎さんたちと一緒に。 だけど、仕事もできなくなってしまって。 嬉しいことだけど、ちょっとやりきれなかった気持ちもあります。」



ゆうこはポツリポツリと言った。



「だから。 今のあたしの仕事は。 こうして志藤さんのサポートをすることだって思ってますから。 心配しないで、」



なんて


カワイイんだろう・・




志藤はゆうこの柔らかい髪を撫でた。



彼女を抱きしめる時


大きくなったおなかが真っ先に自分に触れるようになった。




だけど


今だって


キスするときはちょっとドキドキする・・




志藤はゆうこに優しいキスをしながら


そう思う。





「名前を、考えておいてね。」


ゆうこはベッドで志藤に抱きつきながらそう言った。



「え・・」



「男の子の名前と女の子の名前。 あなたがいない間。 生まれちゃっても。 名前が呼べる。」


いたずらっぽく笑う彼女に



「ウン、」


志藤は素直に頷いて、愛しい彼女の頭を撫でた。


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