第2話 A summer day(2)

「なんとか出産にはつきそいたいな。 忙しいけど。 でも、ほんまに赤ん坊生まれる瞬間にはなんとか、」



志藤は軽い食事を採りながら言った。



「無理はしないでください。 志藤さんが留守をしていても、ウチがすぐだから。 お母ちゃんもいるし。 大丈夫ですから、」


ゆうこはニッコリ笑った。



結婚しても


自分のことを


『志藤さん』


と、呼ぶ。



ちょっと寂しい気もするけれど、本当に慌しく


恋愛期間もロクになく、結婚してしまったことを思えば仕方がないのかもしれない。




志藤はそう思っていた。




それにしても。




彼女は一緒になってからも


本当に自分に尽くしてくれて。



元々家庭的なところがあったけれど、朝は早くから起きて掃除や食事の仕度をしてくれて。


家の中はカンペキにいつもキレイにしてくれている。



いまどき珍しいほど、オーバーに言えば


三つ指をついて、出迎えてくれるような女性だった。



顔を洗っていれば、タオルを持って側に控えていてくれて。


会社に出かけるときに着替えていると、きちんと手伝ってくれて


ネクタイも結んでくれた。


誰にも聞かれていないのに



『ウチの嫁は日本一や~~!!!!』




と絶叫したいほどの女性であった。



めっちゃ



結婚してヨカッタ!!!



間違いなく毎日そう思っていた。




しかも。



ジュニアに片思いをしていてくれたおかげで


他の男に靡くこともなく。


絶妙のタイミングで自分と出会えたことも、神様に感謝したかった。



みんなにも祝福されて


もうすぐかわいい子供も生まれることになり。


いやでも張り切らざるをえないほど


志藤は毎日が充実していた。



のだが。



「は・・」



志藤は真太郎から呼び出されて、社長室に言ってちょっと絶句してしまった。



「・・で・・どうしても沢藤先生が彼女についていけなくなってしまって。 お父さんのフェルナンド先生も。 彼女ひとりで大丈夫でしょうか、」


真太郎は困ったように言った。



北都で契約しているピアニスト・沢藤絵梨沙がパリで演奏会を開くことになった。



彼女は日本では何度かコンサートを開いたことはあったものの


海外での本格的なコンサートは初めてだった。



母の沢藤真理子が、彼女について行くことになっていたのだが、急に入った仕事のためそれが難しくなった。


そして、父のウイーン在住のフェルナンド氏もまた、NYでの仕事があり彼女につくことはできなくなった。



本当に物静かで


ピアノだけに邁進してる彼女のことは志藤もよくわかっていた。


あまりに頼りなげで、とっても海外で初めての演奏会を一人でやるには


心配で。



「だ・・大丈夫とは言えないですが・・」


志藤は困ったようにそう言った。




「・・ぼくが。 行きます。」



そして、自然に口が動いてしまった。



「え? 志藤さんが?」


真太郎は驚いた。



「ぼくしか、いないでしょう。 彼女をフォローできるのは。」


「でもその演奏会、現地で8月の4日なんですけど。」


真太郎は遠慮がちに言った。



「8月4日・・」



ゆうこの出産予定日は8月6日だった。



その重大さに志藤はハッとした。



「白川さんに何かあったら大変ですから。」


真太郎もそれを気にした。



志藤はしばらく考えた後、



「いえ。 ぼくが。 これは沢藤絵梨沙が海外に進出するための試金石になるコンサートでもあります。 放ってはおけません。 彼女も初めてのことで、戸惑っているでしょうし。 ぼくはまだ正式に設立はしておりませんが、『クラシック事業部』の責任者として、これを放ってはおけませんから。」


と、力強い目で彼を見てそう言った。

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