第9話 借金と扶養家族とフォークダンス
高一の時、虫谷(仮名)というクラスメートがいました。虫谷はこんな私によく話しかけてくれました。太田裕美ファンということで意見が一致し、何度か(数えるほどですが)私の家に来たこともありました。
一度、虫谷が私に金を借りに来たことがありました。理由はよく憶えてないけど、何かしらで五百円足りなかったらしく、ウチに借りに来たのです。
私が虫谷に金を貸してるのを母は見ていたようで、
「友達に金かりるような子はきらいや」
と、虫谷が帰った後で母は言ってました。
私は何も言えなかったけど、悔しかった。虫谷は私とは違い、新聞配達のバイトをしていました。あいつの手はいつも新聞のインクで黒ずんでました。
「石鹸で洗っても取れへん」と虫谷は言ってました。
それに引き替え私はバイトなんかしたこともなかった。虫谷は私なんかよりずっと偉い人間なのです。そんな虫谷のことを悪く言った母が憎く思えました。
しかし私は扶養家族であり、親から小遣いを貰って生活してる身分であり、さっき虫谷に貸した金も親から貰った小遣いの一部であり、私に何も言えるはずもなかった。ただいつものように黙って、知らん顔をして、時が過ぎるのを待ちました。
虫谷は勿論すぐに金を返してくれました。しかも倍にして返そうとしてくれました。(丁重にお断りしましたが)
このころの私の生活もやはり、家と学校の往復と、近所の本屋、スーパー、銭湯に行くぐらいでした。学校以外に出かける時は、さっと行ってさっと帰る。これが基本でした。
家では一人サイコロを転がして野球のゲームをしてることが多かったです。
そんな感じで1学期を過ごし、夏休みが近づいてきました。夏休み直前に林間学校があるので、その前に学校でフォークダンスの練習をしてました。私はそれが嫌でしょうがなかったのです。
きっと誰も俺なんかと手をつなぎたくないだろう。俺のようにブサイクで性格の暗い人間が女と手をつないでフォークダンスを踊るなんて、コッケイ以外の何ものでもないと思った。
……そして私は、一人で腕組みをして、歩きました。
私の順番にきた女子は一瞬とまどったような様子を見せ、『あ、こいつか』というような感じですぐに納得した模様で、しばらく一人で歩いていました。
なんかひどくみっともないことをしてしまいました。
(いろいろご迷惑ばかりおかけしております)
その頃、私の母に学校から電話がかかってきたことがありました。
いくつか理由はあったようだけど、よく憶えていません。ただ理由の一つが『フォークダンスをしないこと』だったのは憶えています。
電話が終わった後、母が私に対して怒り狂ってました。私が無視してると、母はさらに怒鳴りました。
「なんやその態度は! 気にいらんねやったら出ていったらええんや!」
母が私に、はっきりと出ていって欲しいという意思表示をしたのは、この時が最初だったように記憶しています。
もちろん当時の私には生活力などなく、出ていけるはずがありませんでした。同じ年齢で働いてる人間もいっぱいいるはずなのに、情けない話であります。
そしてこの情けない状況は、この先何年間も続いてしまうのでした。
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