第6話 カサンドラ様とお話しをしました
ディラン様の恋人役を始めて、1ヶ月が経過した。あれからすぐ映像型の道具が設置された為、教科書が被害に合う事は無くなったが、相変わらず私への悪口は酷い。
でも、毎日ディラン様に会える喜びに比べれば、悪口の1つや2つどうって事ないわ。ディラン様も私との恋人役に随分慣れた様で、最近ではディラン様から手を差し出してくれる様になった。
今日も中庭で2人並んでお弁当を食べている。そうそう、私のお弁当をすっかり気に入ってくれたディラン様。サンドウィッチをあげて以来、毎日お弁当を交換している。やっぱりいつも豪華な食事を食べているディラン様にとって、貧乏人が工夫して作った食事は珍しいのかしらね。
「相変わらずアンネリカのお弁当は美味しいな。これ全部自分で作っているなんて本当に信じられないよ」
「お恥ずかしいのですが、我が家は料理人がおりませんので、料理は基本的に母と私、メイドで作っていますから。でも、こんなお料理を喜んで食べて下さるなんて、本当に嬉しいわ」
「何を言っているんだ、君は素晴らしいよ。そうだ、コレ」
ディラン様がポケットから何かを取り出して、私に差し出してきた。これは、ハンドクリームの様ね。
「うちのメイドたちの間で人気のハンドクリームなんだ。アンネリカは家の仕事もするんだろう。これがあれば、荒れた手もすぐにスベスベになるよ」
「まあ、私の為にありがとうございます。大切に使わせていただきますね」
早速手に取り、付けてみた。すると、スーッと馴染んで消えていく。そして、塗ったところはしっとりしているわ。
自慢じゃないけれど、私の手は働き者の手。もちろん水仕事もするから、少し荒れていた。だから私の手の事まで考えてくれていたなんて、とっても嬉しいわ。でも、ただ単に手を繋いだ時、ガサガサで触り心地が悪かったら、ディラン様が嫌だったのかもしれないわね…
もしそうだったら、申し訳ないわ。
「ディラン様、これ本当に付け心地が良くて、肌がしっとりしますわ。本当にありがとうございます」
初めてのディラン様からのプレゼントだ。大切に使おう。
「アンネリカは本当に嬉しそうに笑うね。そうやって喜んでもらえると、俺も嬉しいよ。また無くなったらいつでも言って。すぐに新しいのを渡すから」
「さすがにそれは申し訳ないですわ。このハンドクリームを置いているお店を紹介して頂ければ、自分で買いに行きますわ」
そうは言ったものの、きっとお高いんだろうな。うん、多分高くて買えないな。これが無くなったら、安くて量が多いハンドクリームを探して、少しでもディラン様に不快な思いをさせないようにしよう。
「アンネリカ、これくらい俺にさせてくれないかい?君には本当に助けられているのだから。ね、頼むよ!」
う~ん、ディラン様がそこまでおっしゃられるなら…
「わかりました。ではまたお願いします」
結局甘えることにした。私って、意志弱いのよね…
楽しいランチタイムも終わり、家に帰る為校門へとやって来た。
「アンネリカ、毎度毎度で申し訳ないのだが、今日こそは送らせてもらえないだろうか。女の子を1人で家に帰すのは嫌なんだ」
ここ最近、なぜか物凄く私を馬車で送りたがるディラン様。でも、これ以上甘えるのは嫌なのよね。そもそも、私はあまり人に頼るのが好きではない。ましてや、本当の恋人でもない人にそこまでしてもらうなんて、申し訳なさすぎる。
「ディラン様、毎回言っていますけれど、私は歩くのが好きなんです。どうか気にしないでください。前にも言いましたが、こんなことでディラン様の評判は落ちませんから。それでは、また明日」
私はディラン様に向かって頭を下げ、家路に向かって歩き出した。歩きながら、今日ディラン様からもらったハンドクリームを見つめる。よく見ると、入れ物もとてもオシャレだ。
これは私の宝物になるわね。家に着くまでの間、何度も何度もハンドクリームを見つめるアンネリカであった。
翌日、いつもの様に厨房でお弁当と朝ごはんの準備を行う。そうそう、ハンドクリームも塗らないとね。早速昨日ディラン様からもらったハンドクリームを付けた。それにしても、本当にしっとりするのに、べたつかないわ。それに、いい匂いもする。
制服に着替え、学院へと向かった。今日も大好きなディラン様と朝、昼を過ごす。私にとって、とても大切な時間だ。そして放課後、いつもの様にディラン様を待っていたのだが、やって来たのはなんと、カサンドラ様だ。
「あなたがアンネリカ嬢ね。少し話したいんだけれど、いいかしら?」
王太子殿下の婚約者で公爵令嬢でもあるカサンドラ様が、一般クラスにやってくるなんて!もちろん、周りは騒然としている。
「はい、大丈夫です」
私はカサンドラ様に付いて行く。一体どこに行くのかしら?向かった先は、なんと校門の前に停まっている公爵家の馬車の中だ。
「あの、カサンドラ様、ここは…」
さすがに公爵家の馬車に乗せてもらうのはちょっとね。そう思ったのだが…
「つべこべ言わずに乗りなさい。私、グズは嫌いなのよ!」
カサンドラ様の迫力に負け、公爵家の馬車に乗り込む。それにしても、ものすごく立派ね。それに、めちゃくちゃ広いわ。
「何しているの?さっさと座りなさいよ!」
馬車の中をジロジロ見ていた私に向かって、カサンドラ様が言い放った。若干イライラしている様だ。
私は慌てて座る。
「ふ~ん、ディランが都合のいい恋人役が見つかったって言うから、どんな女かと思ったら貧相な女ね。いくら役だからっと言っても、もっとましな女いなかったのかしら?」
カサンドラ様は、足を組みながら私を上から下までじっくりと見た。はい、すみません。貧相な女です。ちなみに、貧乏です!なんてさすがに言えないわよね…
「まあいいわ!あなたも分かっているとは思うけれど、ディランは私のモノ(おもちゃ)よ。変な気を起さないでね」
「もちろんです。私は王太子殿下の目を欺く為に恋人役をやっています。それに、ディラン様はカサンドラ様を本当に心から愛していらっしゃる事は、重々承知しておりますから。その点は、安心して頂いて大丈夫です」
私は胸を張って言い切った。そうだ、ディラン様は本当にカサンドラ様を愛している。だから、私に付け入る隙なんて無いし、そもそもそんな図々しい事は考えていない。
「分かっていればいいのよ。まあ、あなたみたいな貧相な女。どう転んでもディランが好きになる訳ないものね。私ったら、無駄に心配しちゃって恥ずかしいわ」
「そうですよ。私の様な貧相で貧乏な女を、ディラン様は間違っても好きにはなりませんから、安心してください」
そう自信満々に言ってみたものの、なんだか悲しくなってきたわ。まあ、事実だから仕方がないのだけれどね。
「今日はあなたと直接話せてよかったわ。思ったよりも自分の立ち位置を理解しているみたいだし。もう帰っていいわよ」
え?もう帰ってもいいの?
「ちょっと、何しているのよ、さっさと馬車から降りなさいよ。本当にどんくさいわね!」
どうしていいかわからず、オドオドしていると、カサンドラ様から怒られてしまった。
「ごめんなさい。失礼いたしました」
私はカサンドラ様に頭を下げ、慌てて馬車から降りた。それにしても、カサンドラ様って、物事をハキハキ言うタイプなのね。それに、わざわざ一般クラスまで私に会いにやって来るなんて、それだけディラン様の事をカサンドラ様も好きなのね。そう考えると、やっぱり胸の奥がチクリと痛い。でも、これでいいんだ。2人にとって、私は幸せになる為の協力者でしかないのだから…
それに、どうせ私も隣国のオヤジの元に嫁がないといけないしね。それなら、2人の幸せを全力で応援しよう。
おっといけないわ、教室にカバンを置きっぱなしだった。私は急いで教室へと向かう。
「アンネリカ!!」
物凄い勢いで、こちらに走って来るディラン様が目に入った。
「ディラン様、そんなに急いでどうされたのですか?」
「君がカサンドラに連れて行かれたって聞いて、驚いたよ」
ああ、それで私を探していたのか。
「ディラン様、安心してください。カサンドラ様には私はディラン様とカサンドラ様の協力者だとしっかり伝えましたから。カサンドラ様も分かってくれましたし」
ディラン様の恋人役が貧相な女なのが気に入らない様だったことは、伏せておこう。私にとって、ダメージが大きすぎるものね…
「そうか、それならよかった」
ホッとした顔のディラン様。きっと私がカサンドラ様に変な事を言わないか、心配で飛んでいたのだろう。でも大丈夫よ、ばっちり納得してもらったものね。
「アンネリカ、どうしてそんな悲しそうな顔をしているんだい?やっぱり、カサンドラに何か言われたのか?」
思いがけないディラン様の言葉に、一瞬固まってしまった。いけない、私無意識のうちに悲しそうな顔をしていたのね。
「何でもありませんわ。カサンドラ様もディラン様をとても愛している様でしたわよ。それじゃあ、私はこれで」
ディラン様に頭を下げると、教室へと急いで向かった。後ろでディラン様が何か叫んでいた様な気がする。でも、今は何となく1人になりたい気分だ。鞄を取り校門に向かって歩いたが、なんとなくまだ帰りたくないな。
予定を変更し、図書室で大好きな恋愛小説を読んでから帰ることにした。思いっきり恋愛小説を堪能したおかげか、少し気分も楽になった。そう言えば、さっき読んだ恋愛小説、ディラン様とカサンドラ様みたいね。
私、あの2人の役に立てるだけでも、幸せなんだわ。そう思ったら、なんだか元気が出てきた。よし、明日からも頑張ろう。非常に単純なアンネリカ、すっかり元気を取り戻し、足取り軽やかに家路に着いたのであった。
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