第5話 公爵令息と貧乏令嬢が付き合うと言う事は、こういう事なのです

今日も少し早めに起き、すぐに厨房へと向かう。もちろん、お弁当を作る為だ。今日はいつもより少し多めにサンドウィッチを作る。メニューは昨日と同じチーズとお肉入りのものに加え、レタスとトマトとお肉入りのもの、お肉と玉ねぎを炒めて味付けしたものの3種類を作った。




ディラン様、今日も食べてくれると嬉しいな。ついつい鼻歌を歌いながら、お弁当を作っていた様で、お母様から




「やっぱり何かいい事があったのね」


なんて言われてしまった。




お弁当を作った後はササっと朝食を済ませ、身支度を整える。玄関を出ると、外は快晴。まるで私の気持ちを表しているみたいね。今日もルンルン気分で歩いて学院へと向かう。




いつもよりたくさん作ったお弁当が重たいが、この重みすら幸せに感じるわ。気分が乗っているせいか、あっという間に学院に着いた。校門にはディラン様が今日も待っていてくれた。




「ディラン様、おはようございます。待たせてごめんなさい」


ディラン様の側まで駆け寄ると、昨日と同じく腕にしがみつく。




「そんなに待っていないよ。さあ、教室まで行こうか」


少し慣れたのか、昨日よりかはスムーズだ。




「今日は天気がいいので、お昼は昨日と同じく中庭で食べましょう。私、今日は3種類のサンドウィッチを作って来ましたの。ぜひ食べてください!」




「それは楽しみだな。君の作ってくれるサンドウィッチは格別だからね」


嬉しそうに笑うディラン様。たとえお世辞でもものすごく嬉しいわ。




あっという間に教室に着いてしまい、ディラン様とお別れをする。もっと一緒に居たかったけれど、仕方ないか。




今日はまだアンドレとイザベラは来ていないのね。私は自分の席へと向かうが…




私の机にマジックで落書きされているのが目に入った。


“貧乏ブス女がディラン様と付き合うなんて図々しい”と書かれている。




周りの令嬢が私の様子を見てクスクス笑っている。もしかして…


私はすぐに机に入っている教科書をチェックした。しまった…やられてしまった…




もちろん教科書にも至る所にマジックで落書きがされていた。中には刃物で切り裂かれたような跡もある。どうしよう、うちは貧乏だから新しい教科書なんて買えないわ。そうだわ、確かお兄様のお古があったわよね。それを使おう。




でも、また同じことをされたらどうしよう。もう、こんなお金のかかる嫌がらせ本当に止めて欲しいわ。




でも、ディラン様と付き合うと言う事は、こういう事なのね…




そんな事を考えていると




「おい、アンネリカ大丈夫か?誰だよ!こんな酷いことをした奴は!!」


教室に入ってきたアンドレが、私の異変に気付いて駆け寄ってきた。




「ちょっと、どうしたの?」


イザベラも慌てて私の元へと駆け寄る。




「何これ!誰よ、こんなひどい事したのは!」




アンドレとイザベラは周りに向かって叫ぶが、もちろん誰も答えない。




「アンドレ、イザベラ、ありがとう。でも、私は大丈夫だから」


そう、ディラン様と付き合うと言う事はこういう事も承知の上だ。教科書がやられたのは痛いが、まあ仕方がない事。そのうち飽きるだろう、それまでの辛抱だ。




「何が大丈夫なのよ!こんな酷い事をされたのよ。大丈夫な訳ないでしょう!」




「確かにこんなバカな事をする奴が貴族学院に居ることが問題だ。今すぐ先生に報告して、犯人を締め上げようぜ」




完全に頭に血が上っている2人。とにかく大事にして、さらにエスカレートするとマズイ。ここはとにかく2人を落ち着かせないと。そう思った時、タイミング悪く先生が来てしまった。




「おい、何を騒いでいるんだ」




「アンネリカの机と教科書に、誰かが落書きをしたんですよ!先生、犯人を早く見つけてください!ここは貴族学院ですよね。こんな事をする人間がいるなんて、恐ろしくてもう学院には来られないわ」




比較的裕福な伯爵令嬢、イザベラが先生に詰め寄る。貴族学院は基本的に親の爵位と経済状況が重視される。一般クラスはほとんどが伯爵家以下の生徒ばかり。その為、イザベラはこのクラスで比較的力の持った生徒と言える。




「確かにそうだな。でも誰がやったか分からないのだろう?それだと、ちょっと厳しいなぁ」


面倒な事には関わりたくないのか、うやむやにしようとする先生。




「そうだ、特待クラスで使っている映像型の道具を一般クラスにも設置するという話があってな。映像型の道具を早急に設置すると言うことで、今回の件は水に流してもらえないだろうか?もちろん、教科書は学院から支給するから」




先生は私とイザベラを交互に見ながら、申し訳なさそうに話してきた。教科書を弁償してくれるならいいか!




「先生、わかりました。それでお願いします」




「アンネリカ!あんなひどい事されたのに、本当にいいの?」


私の言葉に、明らかに不満そうなイザベラ。




「ええ、いいわ」


私はイザベラに向かってにっこり微笑んだ。その姿を見て、呆れるイザベラ。




「アンネリカがいいなら、別にいいけれど…」




まだ不満そうなイザベラだけれど、教室に映像型の道具も設置してくれることになったし、多分今後は教科書を破られることはなさそうね。




1限目の授業が終わった後、1人でお手洗いに向かうと、明らかに私に聞こえるように悪口が聞こえてくる。




「どうしてあんな貧乏令嬢なんかとディラン様が付き合っているのよ」




「絶対体を使って誘惑したに違いないわ」




「でもあの貧相な体で?弱みでも握られたのではなくって?」




「どっちにしろ、本当に嫌な女ね。顔だって別にめちゃくちゃ可愛いわけではないし」




「私達より優れていると言えば、図々しいところじゃない?だって、ディラン様と堂々と付き合えるくらいですもの」




「確かにそうよね。それに伯爵は娘にどんな教育をしてきたのかしら?でもあの家は貧乏だから、きっとどんな手を使ってでも、高貴な身分の男性と関係を持てって言われているのかもしれないわね」




「「「なにそれ!嫌だわ~」」」




何とでも言ってもらって結構。どうせ私は貴族界で嫌われようと、1年後には隣国のオヤジに嫁ぐんだ。それまでは、大好きなディラン様との思い出を作りたい。だから、この程度の悪口なんて想定内よ。




それにしても、誰も直接言ってくる令嬢はいない。結局大勢で隠れてしか悪口を言えないなんて、恥ずかしい子たちね。




「は~~」


なんて強がっては見たものの、実際言われるとやっぱり傷つくわね。私だけでなく、私の家族の事まで悪く言われるなんて…




目にうっすら涙が浮かんだ。いけないわ!これは自分で決めた道なんだもの。どんなに傷ついても、私は負けない。そう決めたのよ!




ゆっくり目を閉じ涙が引っ込むのを待つ。よし、涙は引っ込んだわ。さあ、イザベラとアンドレの待つ教室に戻りましょう。私は急いで教室に戻った。そして午前中の授業も終わり、待ちに待ったお昼だ。




ディラン様のエスコートで今日も中庭へと向かう。




「ディラン様、今朝も話しましたが、3種類のサンドウィッチを作って来ました。お口に合うといいのですが…」




サンドウィッチの入ったバスケットを、ディラン様の前に置いた。




「どれも美味しそうだね。これ、食べてもいいのかい?」




「はい、もちろんです」


ディラン様はお肉と玉ねぎのサンドウィッチを手に取り、口に入れた。




「うん、これも斬新な味がしておいしいね。こっちの野菜とお肉のもいける」


次々とサンドウィッチを食べていくディラン様。結局私の作ってきた物を、全てを平らげてしまった。




「ごめん、全部食べてしまった。アンネリカ、悪いけれど俺のお弁当を君が食べてくれるかい?」




え、公爵家の料理人が腕によりを掛けて作ってくれたお弁当を、私が全て食べてもいいの?




「あの、本当にこんな立派なお弁当、私が食べてもいいんですか?」




「もちろんだよ」


にっこり微笑むディラン様。では、お言葉に甘えて頂こう。それにしてもさすが公爵家のお弁当。見たことも無いような豪華な食材が使われている。それにしても、どれも美味しいわ!




「アンネリカは本当に美味しそうに食べるね」


あまりにも美味しすぎて夢中で食べていると、ディラン様が急に話しかけてきた。いけないわ、私ったらつい食べるのに夢中になってしまったわ。




「ごめんなさい。あまりにも美味しかったので…」


恥ずかしくなり、俯いてしまった。




「謝らなくていいんだよ。そうやって美味しそうにご飯を食べる女性、俺は結構好きだよ」


今“好き”って言ったよね。嘘、めちゃくちゃ嬉しいわ。




今日は朝から嫌なことがあったけれど、ディラン様の一言で嫌なこともきれいさっぱり忘れられそうだわ。




どんなに周りから酷い事を言われても、この人と一緒に居られるならやっぱり耐えられる。だって、こんなにも素敵なんですもの。




「ディラン様、ありがとうございます。そう言ってもらえると、私も嬉しいです」


私は再び公爵家のお弁当を、ゆっくり噛みしめながら存分に堪能したのであった。

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