第3話 今日からディラン様の恋人役が始まります

翌日、楽しみすぎて朝早く目が覚め、ルンルンで着替えを済ます。一応腐っても伯爵家。我が家にも使用人がいる。とは言っても、お父様付き(今はお兄様付き)の執事が1人と、メイドが2人だけだけれどね。




ちなみに使用人たちに支払っているお給料は、私の嫁ぎ先からの援助によって賄われているらしい。まあ、お父様もお母様も特に贅沢をしている訳ではないし、使用人にお給料を支払うのは当たり前の事なので特に不満に思ってはいない。




それに、こんな潰れかかっている伯爵家を継ぐために、必死に勉強しているお兄様を見ていると、なんだか私も協力しなきゃって思うのよね。




おっと、話が随分それてしまったわ。さあ、学院に行く準備をしないとね。メイドは一応いるが、基本的に自分の事は自分でする。我が家にはメイドが2人しかおらず、ただでさえ忙しいのだ。




そんな2人に迷惑を掛ける訳にはいかないものね。食堂に向かい、いつもの様に自分でお弁当を作る。そして自室に戻ると制服に着替え、ピンクの髪を丁寧にとかしハーフアップにすれば完成。うん、我ながら悪くないわ。今日からディラン様の隣に並ぶんですもの。




多少劣るのは仕方ないにしろ、ディラン様に恥をかかせない程度には身だしなみを整えないとね。




さあ、準備は出来たわ。少し早いけれど、貴族学院に向かうとしましょうか。ちなみに通常貴族学院には馬車で向かうのが一般的だ。でも我が家は貧乏で、私の通学程度で馬車なんて出せない。だから、もちろん歩いて学院まで向かう。




学院までは1時間程度かかるが、足も丈夫になるし、いい運動にもなるから特に苦痛に感じたことも無い。




学院に着くと、校門のところでディラン様が待っていた。嘘、ディラン様がわざわざ私を待っていてくれるなんて、こんな事があっていいのかしら!私は走ってディラン様の元へと向かう。




「ディラン様、おはよう」


満面の笑みで挨拶をする。


「アンネリカ、おはよう」


今日のディラン様も素敵ね。さあ、恋人のフリを始めなくっちゃ。




「ディラン様、わざわざ私を待っていてくれたのですか?嬉しいですわ!」




私はそう言うと、ディラン様の腕にくっついた。周りからはざわめきと、令嬢からは悲鳴が聞こえる。そりゃそうだろう、学院内でも3本の指に入るくらい人気の高いディラン様と、貧乏でぱっとしない私が腕を組んでいるんだ。騒がない方がおかしいだろう。






「おい、ちょっと近すぎないか?」


小声でディラン様が私に呟いた。




「ディラン様、私たちは今日から恋人同士なのです。中途半端な演技では、王太子殿下にバレてしまうかもしれないと、昨日もお話ししましたでしょう。ここはラブラブカップルを演じないと」




私は最もらしい事をディラン様の耳元で呟く。そのしぐさを見た令嬢たちが、さらに悲鳴を上げている。




「そうか…」


一言そうつぶやいたディラン様。それにしても、ディラン様、男性とは思えない程とってもいい匂いがするわ。香水を付けているのかしら?うちのお兄様とは大違いね。お兄様も香水でも付ければもう少しモテるかもしれないが…




でも我が家は皆が認める貧乏貴族だから、香水ぐらいじゃあ嫁の来てはないわよね…




そんな事を考えながら、教室まで向かう。残念ながら私たちはクラスが違う。ディラン様は選ばれし者のみが入れる特待クラス。私はその他大勢が入る一般クラスだ。




ちなみに特待クラスは、身分・勉学などが備わっている者のみが入れるクラスなのだ。王太子殿下やカサンドラ様もこの特待クラスに居る。特待クラスは建物の最上階にあり、私達一般クラスの人間とはあまり関わることが無い。




また、特待クラスのある最上階は一般クラスの者は入れない事になっている。ただし、一般クラスに特待クラスの生徒が入ることは可能だ。




ディラン様は私を教室まで送ってくれた。ただでさえ特待クラスのディラン様が一般クラスのある階に居ると言うことで注目されているのに、さらに私が腕にしがみついている為、周りは大騒ぎだ。




でも実は、これが狙いの1つでもある。これだけ目立てば、あっという間に私たちの事が学院中に知れ渡る。そうなれば、王太子殿下の耳にも自然に入っていくと言う訳だ。




とにかく私たちはラブラブという事を、皆に見せつける必要がある。まあ、それは建前であって、私の場合は少しでも大好きなディラン様に触れていたいというのが一番の目的なのだが。




この事は絶対ディラン様には黙っておこう。そもそも、私がディラン様に好意を持っていると知られたら、きっとディラン様は離れていくだろう。だから、私の気持ちも絶対にバレたらいけないのだ。あくまでも演技をしていると見せかけないとね。




色々な人に注目されながら教室に着いた。




「ディラン様、送ってくれてありがとうございます!」




「ああ、別に当然のことだよ」


ディラン様、なんだかぎこちないわね。まあ、急に恋人の様に演じろと言われても厳しいか。




「そうだわ、今日のお昼は一緒に食べましょう!私お弁当を作って来ましたの!またお昼に迎えに来てくださるかしら?」


私の言葉に目を丸くするディラン様。私は目で合図を送る。これは演技よってね。その合図に気づいたディラン様。




「ああ、もちろんだよ。それじゃあ、またお昼に」




そう言うとディラン様は自分の教室へと向かって歩いて行った。




「ちょっと、アンネリカ!今のって公爵令息のディラン様よね。何でアンネリカがディラン様と一緒に居るの?」


凄い勢いで私の方にやって来たのは、親友のイザベラだ。彼女は伯爵令嬢で幼馴染。




「おい、アンネリカ。公爵令息と登場なんて、どういう事だよ!」


そう言って私の頭に肘を置いているのは、子爵令息のアンドレ。彼も私の幼馴染だ。




「もう、アンドレ。重いわよ!実はね。私ディラン様と付き合うことになったの!」


アンドレの肘をどかしながら、2人に報告する。




「「え~どういう事だよ?」」


物凄く驚く2人。そりゃそうだ。昨日まで全く接点がなかった私たちが急に付き合うなんて、どう考えてもおかしい。




「これには色々と理由があるの。とにかく今日の放課後、うちに来てくれない?詳しく話すわ」




私は2人に小声でそう伝えた。2人は子供の頃からの親友で信頼している。この2人なら、むやみに皆に言いふらすようなことは絶対にない。それに困ったことがあった時、味方になってくれる人がいた方がいいものね。




それにしても、ディラン様の影響力ってすごいのね。今まで私なんかに見向きもしなかったクラスメートが、明らかに私の方を注目している。まあ、明らかに悪口を言っている人も大勢いるけれどね…




でも、そんな事気にしないわ。大好きなディラン様と一緒に居る為なら、どんなことでも耐えられる自身がある。まあ、1年の期限付きだけれどね。






そして、待ちに待ったお昼休みがやって来た。いつもはイザベラとアンドレと一緒にご飯を食べるが、今日はディラン様と食べるのだ。2人に別れを告げて教室で待つ。




「ごめんね、アンネリカ。待たせちゃったかな?」


ディラン様が来た!走ってきたのか、息を切らしている。私の為に走ってきてくれるなんて、本当に優しくて素敵だ!




「大丈夫ですわ。今日は天気もいいし、中庭で食べましょう」


私はディラン様の手を取り、中庭へと向かう。そして、隣り合わせに座った。




「それにしても、距離が近すぎやしないかい?」


少し困惑気味のディラン様。




「いいえ、これでいいのです。とにかく私たちはラブラブだと言う事を、皆に見せつける必要がありますから。それもこれもカサンドラ様と1年後駆け落ちする為です。我慢してください」




「わかった。アンネリカには助けられてばかりだな。俺ももっと頑張るよ」


そう言うと、ディラン様はにっこりと笑った。いいえ、ディラン様、助けられているのは私の方です。1年後、あのオヤジの元に嫁がなければいけない私に、こんな素敵な思い出を与えてくれているのですもの。




「それじゃあ食べよう」


2人並んでお弁当を広げる。さすが公爵家のお弁当だ。めちゃくちゃ豪華。私のサンドウィッチとは比べ物にならないわね。




ちなみに貴族学院は、基本的にお弁当を持ってくるのが決まりだ。昔は食堂もあったらしいが、経済格差が激しい貴族界。金持ちから貧乏人まで満足いく食事を提供するのが難しいとして、一律お弁当になったらしい。




「アンネリカ、君の食べているサンドウィッチ、少し変わっているね。中には何が入っているんだい?」


私が食べているサンドウィッチに興味を示したディラン様。




「チーズと私特製のお肉が入っていますの」


基本的に貧乏な我が家は、硬いお肉しか買えない。そのため、少しでも美味しく食べる為、研究に研究を重ね、あみ出した特製のソースに丸2日漬け込んで焼いたお肉が入っている。貧乏なりに、色々工夫をして生きているのだ。




「自分で作ったのかい?それは凄いね。1口貰っても良いかな?」


えっ?こんな安物のお肉を使ったサンドウィッチをディラン様が?そんな嬉しいことを言ってくれるなんて!




「お口に合うかわかりませんが、どうぞ」


サンドウィッチを私から受け取ったディラン様が、ぱくりと1口かぶりついた。緊張の瞬間である。




「めちゃくちゃ美味しいんだけれど!これ本当に君が作ったのかい?」


そう言うと、私が渡したサンドウィッチを一気に平らげたディラン様。




「はい、こんなものでよろしければ、明日も作ってきますよ」




「本当かい?じゃあ、頼むよ」


嬉しそうに微笑むディラン様。まさか私なんかが作った物を、ディラン様が召し上がってくれて、さらに気にいってくれるなんて。こんなに嬉しい事ばかり起こって大丈夫かしら?不安になるわね。




その後はお互いのお弁当を交換しつつ、楽しいランチタイムを過ごしたのであった。


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