第2話 恋人役をやるにあたってのルールを決めましょう
「それじゃあ、俺は帰るよ。アンネリカ嬢、ディランの事、よろしく頼むよ」
ディラン様の友人はそう言うと、さっさと帰ってしまった。私は改めてディラン様の方を向く。
「早速ですが、ファイザバード様。1年間恋人役をやるにあたって、色々と決めておきましょう。そもそも、王太子殿下の目を欺くと言う事は、国家反逆罪に当たります。最悪バレれば、私たちの命に関わりますから、慎重に行う必要があるかと思います」
今回、王太子殿下の婚約者のカサンドラ様とディラン様が付き合っていることを隠す為に、私が恋人役をやる。それも、2人の駆け落ちを手伝う為の演技だ。そんな事が王太子殿下にバレたら大変だ。
まあ、心優しい王太子殿下の事だから、大事にはしないだろうけれどね。
「確かに君の言う通りだ。でも、どうすればいいんだ?」
「簡単です。本当に愛し合っている恋人のように演じることです。誰が見ても愛し合っている風に見せれば、王太子殿下もまさか私たちが演技で付き合っているなんて気づかないでしょう」
私は最もらしいことをディラン様に伝えた。でも、本当は私がディラン様と少しでも一緒に過ごしたいだけなのだが、その点は伏せておこう。
「なるほど、確かに君と本当の恋人のように接すれば、王太子もきっと油断するだろう。そうなれば、カサンドラとの駆け落ちもしやすくなるな」
顎に手を当てて呟くディラン様。やっぱりカッコいいわ!
「フローレス嬢、申し訳ないが俺と本当の恋人の様に振舞ってもらってもいいだろうか。もちろん、君には対価をしっかり払う。1ヶ月40,000ディールでどうだろう」
ここに来てディラン様がお金の提示をしてきた。それも40,000ディールって。平民の1年分のお給料とほとんど同じ金額だ。
「ファイザバード様、私はお金が欲しいから恋人役を引き受けたのではありません。ですので、お金は結構ですわ」
正直我が家にとっては、のどから手が出るほど必要なお金だ。でも、私はディラン様との大切な思い出を、お金なんかで汚されたくない。
「しかし、こんな事は言いたくないが、フローレス伯爵家は経済的に厳しいと聞いたことがある。君には1年も俺に付き合ってもらう事になるんだ。それくらいは、支払わせてくれないだろうか?」
「いいえ、確かに我が家はお金に困っています。でも、この様な計画でお金を頂いたことを両親が知ったら、きっと悲しみますわ。それに、今回の計画には私にもメリットがあります。ですから、どうかお金は無しでお願いいたします」
正直今回の事をお父様に話したら、両手をあげて喜ぶだろう。あの人は少し抜けていると言うか、あまり物事を考えていないと言うか、まあ、残念な父なのだ。そうでなければ、娘を20歳も年上の男の元に嫁がせようとはしないだろう。
「わかった。では、ダンスパーティーなどがある時は、ドレスや宝石をプレゼントすると言うことでいいだろうか。それくらいはせめてさせて欲しい!」
ディラン様はとても律儀な人なのだろう。そう言うところも、とても素敵だわ!
「はい、そうして頂けると嬉しいです」
私はディラン様に向かってにっこり微笑んだ。それに対し、ディラン様も微笑み返してくれる。ああ、なんて幸せなのかしら!
「後、名前の呼び方も変えましょう。私の事はアンネリカと呼び捨てに、私もディラン様と呼ばせていただきますわ」
「わかった。申し訳ないが、1年間よろしく頼む。アンネリカ」
「こちらこそ、ディラン様」
2人で契約の握手を交わす。
「本当の恋人の様に見せる為に、学院内にいる間は、出来るだけ一緒に過ごすようにしましょう。そうすれば、自然と私たちが付き合っていると言った噂が流れるはずですから」
「わかったよ。あのさ、今更なんだけれども、1年後貴族学院を卒業し、俺とカサンドラが駆け落ちした後、君は大丈夫なのか?2人の駆け落ちに協力したとして、捕まったりしないだろうか」
お優しいディラン様。私の事を心配してくれているのね。
「私は大丈夫ですわ。そこはうまくやりますから、私の事は心配しないでください」
2人が駆け落ちする頃には、私はあの男の元に嫁がされているはずだから、もうこの国にはいないだろう。
「それなら良いんだが…」
「とにかく、私の事は気にしないでください。それより、ディラン様の事をもっと詳しく教えていただけますか?恋人役をやるなら、相手の事をしっかり知っておく必要がありますから」
まあ、ディラン様の事はある程度知っているんだけれどね。でも、そんなこと言ったら気持ち悪がられるものね。何も知らないふりをして、ディラン様の事を色々と聞き出す。思っていた通り、ほとんど私が知っている情報ばかりだった。
「アンネリカ、君の事も教えてくれるかい?」
ディラン様に言われて、私の事を話す。こうやって自分の事をディラン様に話す日が来るなんて、なんだか不思議ね。たとえ恋人役をやるうえで必要な情報だったとしても、私の話を真剣に聞いてくれるなんて、これほど嬉しいことはない。
こうして、私たちはお互いの事をまずは理解した。
「じゃあ、明日から早速恋人のフリをしてもらうけれど、大丈夫かな?」
「はい、もちろんです。任せてください!」
私は胸を叩いた。
「カサンドラには君の事を話しておくよ。カサンドラにまで変な誤解をされたら嫌だしね」
ディラン様はそう言うと、それはそれは嬉しそうに笑った。きっとディラン様はカサンドラ様が大好きなんだろう。カサンドラ様の名前を出した時のディラン様、本当に幸せそうだものね。
胸がほんの少しだけ痛む。その痛みに、私は気付かないふりをした。そう、ディラン様にとって、私はあくまでもカサンドラ様と駆け落ちする為の協力者でしかない。それ以上でもそれ以下でもないのだ。
「それじゃあ、また明日」
ディラン様はそう言うと、私に手を振って歩いて行ってしまった。私はそんなディラン様の後姿をずっと見つめ続けた。
私ったら、ディラン様と少し話せただけで舞い上がっちゃって、何を期待しているの。ディラン様が好きなのは、カサンドラ様だ。
本来であれば、ディラン様と話すことも無く、卒業するはずだったところを、ひょんな事から恋人役をやらせて頂けることになったんだ。これはどう考えてもラッキーだ。
せっかくならこの1年、存分にディラン様の恋人役を楽しんで、素敵な思い出をいっぱい作ろう。そうよ、そうしましょう。
そう考えたら、明日からがめちゃくちゃ楽しみになってきたわ。それに今日は2人きりで沢山お話しできたし。それだけでも、私にとっては奇跡みたいなものよ。ああ、早く明日にならないかしら。
ルンルン気分で家路に向かう、アンネリカであった。
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