エピローグ それでも私は、幸せでした。

 きっとこれはハッピーエンドなんだと思う。

 彼女の人生は幸せに満ち溢れていて、大切な人達に看取られて最期を迎えた。

 あの場にいた僕達は誰もが言うだろう。彼女の死は、決して不幸なんかじゃなかったと。

 莉愛が亡くなった後、親しい人たちだけで葬式を行った。

 覚悟をしていたってやっぱりショックなもので。僕はしばらく引きずっていた。

 莉愛のいた白々家が恋しくて、彼女がいなくなってからも、僕はしばらく白々家に住まわせてもらったり。

 葬式が終わり、2週間程が経つと、ようやく僕は動けるようになった。

 丁度春休み期間だったので、ずっとずっと、彼女の事を考えて、何もせずにただ彼女のことを思って日々をすごしていた。

 新学期になり学校に行くと、日向達が相変わらずの様子で僕に話しかけてくれる。

 彼らも莉愛の死を悲しんでくれたが、今はショックが大きかった僕を、明るく振る舞って元気づけてくれている。それがまた僕の心を平穏にしてくれた。

 新学期始まりの学校の全校集会時間に重大な発表があった。

 建築年数や不法侵入など色々な観点から、旧校舎の取り壊しが決定したという連絡だった。

 僕は驚きこそしないが、少しだけ寂しい気持ちになった。

 朝礼終わりに、どこからか噂話が聞こえてくる。

「そういやあの旧校舎、幽霊が出るって噂があったぞ」

「ああ、あれだろ? 浅田先生が見たってやつ」

「元美術部の幽霊だっけ? そんなのいるわけねぇよな」

 どう考えても僕の仕業の噂話だが、僕はその話題にはふれないようにした。



 放課後になると、僕は鞄も持たず、これが本当の最後だと思いながら旧校舎のいつもの教室に足を運んだ。

 窓辺には、最初僕が座っていた椅子と机が置いてあり、中の様子は変わっていなくて。僕はその椅子に座り外の景色を眺めた。

「…………」

 思い入れのある場所になった今、莉愛が言っていた、この教室から見える景色が綺麗に見える意味がよくわかった。

 夕陽になるまではもう少し時間がある。僕は最後にもう一度だけ、夕陽を見てから帰ろうと想いしばらく待つことに。



 じっと10分ほど座っていると、身体が固まり、背もたれに身体を預け、椅子が後ろに傾くぐらい思い切り伸びをする。

「……ん?」

すると、机の中に、何かがあるのを僕は見つけた。

 こんなのあったっけ? と思いながらそれを取り出すと、2つ折りにされた1枚の紙だった。

「……!!」

 広げて中身を確認すると、僕は思わず立ち上がった。

 中には文字が書かれていて、これは莉愛が書いたものだと字体ですぐにわかった。

 僕は読む前から、こんなところに莉愛の置き手紙が会ったことに目頭が熱くなり、必死に涙を堪えて手紙に目を通した。



『私がここに来るのはきっと今日で最後。この教室では色々あったなぁ。学校に通っていたころは授業を受けていた場所で、学校をやめてからは亜樹くんと会う秘密の場所で。この場所には思い出がたくさん詰まってるから、此処に来れないのは少し寂しいな。


けど、思い出の場所にはこれなくても、大好きな人が側にいてくれるからとっても幸せだよ。


ねぇ亜樹くん、もし亜樹くんがこの手紙を見つけたら、心配しないで。私、今凄く幸せだよ。人から見たら、私の人生はかわいそうで不幸に見えるかもしれないけど、大好きな人がいて、大切にしてくれる皆がいて。毎日毎日楽しく生きて、こんなにも幸せで良いのかってくらい。今後も、死ぬまで私を幸せにしてくれるって信じてるから……私、死ぬのは怖くないよ。


……なんて、ホントは嘘。亜樹くんと会ってから死ぬのは怖い。死にたくないって思っちゃう。もっともっと生きたかった。みんなともっと幸せになりたかった。

大人になって、働いて、子供が出来て、家族や友達と一緒に旅行して。

お婆ちゃんになって孫の顔見てって…そんな幸せをみんなと味わいたかったよ。

幸せって望めば尽きないね。今も充分過ぎるほど幸せなのに。これ以上幸せを望むなんて贅沢な話かな?

もし、死ぬ事が決まっているから味わえた幸せなら、私は病気になった事に感謝したいくらい。亜樹くんに会えたから。

長生きしたかったと思うけど、それでも、私は幸せだったよ。だから心配しないで。

私がいなくなったら、私のことは思い出として心に閉まっておいて。そして前を向いて。

亜樹くんなら素敵なお嫁さんと結婚して、良いおじいちゃんにきっとなるよ。

でも……時々でいいから、私のことを覚えていて欲しいなって……思うぐらいならいいよね?


なんてね……。亜樹くん、大好き。ずっとずっと亜樹くんの隣で一緒にいたいなぁ』


 最後に、呟くように書かれた言葉で文章は終わっていた。

「はは……なんだこれ……こんなの書いてたんだ……」

涙で前が見えなかった。溢れる思いが止まらなかった。

 最後のなにげなく書かれた、漏れ出したような本心の言葉に、僕は頭が感情が溢れておかしくなる。

「う……うぅ……うわああああああああああああああああ!!」

 その場に崩れる様に床に倒れ混み、叫んだ。

 彼女の本心がかかれた手紙に、僕の気持ちも止まらない。

 僕も一緒にいたかった。お爺ちゃんお婆ちゃんになるまで側にいたかった。

 莉愛の死を受け入れてるなんて嘘だ。強がっているだけだ。そうしないとおかしくなりそうだからだ。ホントは今でも悔しくてたまらない。

 喪失感で壊れそうだった。抱きしめたあの感触は二度と味わえなくて、寄りかかる彼女の重さも感じられなくて、僕に笑いかけてくれるあの笑顔も無くて。

 こんな世界を生きられる気がしない。心から思った。

 引き裂けそうな想いに胸を押さえ、僕は正気に戻るまで床に転がり、自分を強く抱きしめ、どうしようもない気持ちを抱きながら、それが落ち着くまでずっと、ずっと……そうしていた。



 どれだけ泣き叫んでいただろうか。涙が枯れるほどに泣いた僕は、虚しさを抱えたまま徐に立ち上がると、日は傾き綺麗な夕陽が窓の外に見えた。思い出が詰まったこの教室から見える夕陽は、彼女が言う通り、特別綺麗に見えた。

 悲しい、寂しい。けど、我慢していた心を解放したことで、僕は悲しみを受け入れようとする気持ちができていた。

 あれだけ彼女に会いたいと思ったのに、その願いは叶わない。なら、諦めるしかない。

 彼女にはあえないのだから、それは受け入れるしかないのだ。

 まだ時間は掛かりそうだけど、僕は彼女の残してくれた置き手紙のお陰で、今後もなんとか生きられそうだ。

「……心配しないで。僕も

僕は、莉愛の置き手紙を力強く握りしめ、夕陽を見て心に誓った。


彼女の分も幸せに生きよう。


 窓から吹き込む春の暖かい風が、僕の身体を優しく撫でたのだった。

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それでも私は、幸せでした。 沖町 ウタ @Uta_Okimachi

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