第6話 一時の幸せ 1

 僕達は散々愛を確かめる様に抱きしめあった後、莉愛さんが落ち着いた頃に立花さんをスマホで呼んでもらう。僕達が、覚悟を決めたことを伝えるためだ。

「ほ、本当に言うの……?」

 落ち着きを取り戻した莉愛さんは、不安そうに僕に聞き直す。

「うん。だって、親友なんでしょ? 一番に報告しなきゃ」

「さ、さっきの今で緊張します……」

「時間がないですから。善は急ぎましょう」

「は、はい」

 僕たちは手を繋いで、立花さんが戻ってくるのを待った。

 平静を装っていたが、僕もいきなりでドキドキしていた。

 でも、時間がない今、少しでも早く、皆に僕達の中を認めてほしかった。

 特に、まずは親友であり、僕のことを憎む立花さんからだ。

 ドキドキして待っていると、足音が聞こえ、扉が開く。

「……あ」

 しかし、莉愛さんは小さく声を漏らす。

 扉を開け、立花さんと一緒に、知らないおばさんが入ってきた。それを誰なのかを察するのは難しくなく、十中八九莉愛さんのお母さんだろう。

「……なにしてんの?」

 手を繋ぐ僕達をみて、立花さんは眉をぴくぴくさせて聞いてきた。

「……どちら様?」

 そして当然、お母さんも僕を少し不審な目で見ながら問いかけてくる。

 手を繋いでる僕達。ホントはまず立花さんだけに言おうと思っていたが、こうなってしまった手前、後には引けない。何より、引いている時間などないのだ。

「は、初めまして。東條亜樹と言います」

 僕はド緊張しながら、出来るだけ落ち着いて自己紹介をする。

 そして、確信となる言葉を付け加える。

「白々莉愛さんとお付き合いさせていただいてます」

 僕は、ここだけは濁してはいけないと、強調するようにはっきりと宣言した。

「……はぁ!?」

 立花さんは僕をあからさまな嫌悪感満載の顔で睨んできた。

「……あらまぁ」

 対称的に、お母さんの方はおっとりと驚いていた。

 ……後で聞いた話だが、僕がお義母さんに付き合てると言った時、リアさんは幸せそうに笑っていたらしい。



 その後、僕たちはこれまでの経緯を二人に話した。

 終始不機嫌な様子だが静かに話を聞く立花さん。

 終始にやにやしながら話を聞く莉愛さんのお母さん。

 対照的な反応に困りながらも、僕達が出会って、今に至るまでの話を伝えた。

「どうか僕達の関係を認めて下さい」

 最後に僕が頭を下げると、続けて莉愛さんも頭を下げた。

 本当はまずは親友の立花さんから親しくなれたらと思っていたが、結果として、親にまで挨拶することになっていた。

 すると、嬉しそうに、お義母さんが答える。

「私は良いわ。亜樹くん誠実で真面目そうだし」

 その返答は気軽で、僕は少し拍子抜けというか、逆に疑ってしまう。

「そ、そんなあっさり……いいんですか?」

 頭を上げ、不安げに問いかけると、

「だって、莉愛がそんなに幸せそうな顔するの、初めて見れたもの」

 そういうお義母さんの言葉を聞き、莉愛さんの方を見ると、確かに今までよりもずっと嬉しそうな顔をしていて、目が合うと、にっこりと笑いかけてくれる。

 僕はそんな莉愛さんに照れながら、再びお義母さんの方を見て頭を下げる。

「ありがとうございます!」

「あとは……美穂ちゃんと、お父さんが良いっていえばいいんじゃないかしら」

 と、お義母さんは唐突に立花さんに話を振る。

「な、なんで私が出てくるの? 私に莉愛が誰を選ぶかなんて関係ないって」

 困ったように立花さんはそう口にした。本心なのかどうかは、僕にはわからない。

「みーちゃんは、そもそも、どうして亜樹くんがそんなに嫌いなの?」

 と、莉愛さんは気になっていたのか、僕にとっても確信に迫る疑問を投げかけた。

 立花さんはしばらく考える様に一点を見つめ、しばらく口を閉ざしたが、

「……重なるのよ」

 呟くように立花さんはそういうと、話始める。

「高校入学した頃、りぃ振られて、酷く落ち込んで、立ち直りかけた所で倒れたじゃない。今回も……それとまったく同じだったから……だからよ」

 視線を逸らしながら、言葉を濁らせて立花さんは語った。

 それを聞いて、僕はこれまでの話を色々組み合わせることで、立花さんが何を言いたいのかを理解した。

 楽しむこと、幸せになることを望み続けてきた莉愛さん。それを、どうしようもない失恋という悲しみ、裏切りという憎しみ。前向きじゃなくなった事で、病気が進行したという思い込み。

 でも、確かにそれはあるのかもと、僕は立花さんの言っている言葉を理解した。

「病は気から……ですか」

 僕がそういうと、立花さんには伝わったようで、

「……そうよ」

 相変わらず眉に皺を寄せながらだが、伏し目がちに僕を横目で見てそう返してきた。

「はぁ……」

 そして立花さんは分かりやすい溜息をついて諦めた様に喋り始める。

「でも、話を聞いて、あんたが真面目で、ちゃんとしてそうで良かった。……あの野郎、勝手に惚れといて勝手に捨てて、人の気持ちを弄んだから……警戒してたのよ」

 最初に莉愛さんと付き合った人を思い出しながら立花さんは言った。少し聞いただけでも嫌な奴だと思ったけれど、目の当たりにした彼女達にとって、相当な出来事だったに違いない。

「じゃあ、私達の事認めてくれるの?」

 確認するように、莉愛さんは立花さんに聞き直した。

「色々あって、直もそうやって真っすぐ思い合えるなら……いいんじゃない? 次泣かせたらマジでシメるけど」

「し、シメるって……」

 昔のヤンキーのような発言に、僕は少しだけビビる。

「も~、そんなことばっかり言って~。素直に認めてよ。ね?」

 そういって、莉愛さんは僕の腕にくっついてくる。

 吹っ切れた莉愛さんは、どうやら誰の前でも気にすることなくくっついたり、イチャイチャしたりする。慣れない僕は恥ずかしかったが、少ない時間、拒む理由は何処にもなかった。

 しかし、莉愛さんが僕に強めに触れると、立花さんの顔は険しさを増す。

「あ~はいはい。認めます認めます。ずっとそうやってくっついてれば?」

 不機嫌そうに投げやると、鞄を手に立ち上がる。

「あ、あれ、帰っちゃうの?」

 と、莉愛さんが焦る。

「もう遅いし。それに……勉強もしなきゃだし」

 僕は自分のことに必死で、立花さんが3年生であることなどすっかり忘れていた。

「そっかぁ。じゃあまた明日」

 莉愛さんは、寂しそうにそう別れを告げる。

「……うん。また明日」

 ツンツンしていたと思ったら、莉愛さんと立花さんはしっかりと挨拶を交し、立花さんは病室を出ていった。

「……亜樹くんのことやっぱり嫌いなのかなぁ」

 立花さんが出ていくと、心配そうに莉愛さんが呟く。

「どうなんでしょう……というか、立花さんはヤンキーなんですか?」

 僕は、あの強い口調にその可能性を感じざるを得なかった。

「ううん。確かに口調は荒いけど、凄い良い子なんだよ? 亜樹くん、みーちゃんのこと嫌いにならないでね?」

 心配そうに僕の袖口を指で摘まむ。

「大丈夫ですよ。莉愛さんの親友なんですから。絶対仲良くなれるよう頑張ります」

「うん! ありがと!」

 嬉しそうにする莉愛さん。そんな彼女の表情を見るたびに、僕は頑張らなければと強く思える。

「若いっていいわね~」

 と、静かに僕達子供のやり取りを聞いていたお義母さんが不意にそう言った。

「……さて、もう面会時間も終わりだし、あんまりいられなかったけど、私達ももう行くわ」

 と、時刻を見ると既に20時前になっていた。

「あ、うん。ありがとね、お母さん」

「いいえ。それじゃ、行くわよ亜樹くん」

「え? あ、は、はい。じゃあ、莉愛さん、また明日」

「ん~……や~……亜樹くんとは離れたくない~」

 再び僕の手を両手で抱える様に抱きしめて甘えてくる。

 想像以上の彼女の甘え具合いに、こっぱずかしさもあったが、僕はそんな分かりやすい愛情表現に嬉しくなっていた。

「僕も離れたくないですけど……決まりなので」

 頭を撫でてそう伝えると、

「……む~しょうがない……諦める」

 不満そうだが莉愛さんは僕の腕を解放する。

「ありがとうございます。明日朝、面会時間になったらすぐ来ますから」

「待ってるからね!? また明日!」

 そういってブンブンと手を振る彼女に、僕は名残惜しそうに手を振り返しながら、病室を後にした。



「亜樹くんのおうちはここから遠いの?」

 病院の廊下を歩きながらお義母さんが僕に話しかけてくる。

僕も緊張しながら質問に答える。

「ち、近くも無いですが遠くもないかと。歩いて30分ぐらいですかね」

「そうなの? じゃあ、車のっていく?」

「え、あ、はい」

 僕は唐突なご厚意に当然断る理由はなく。御母さんの車に乗り込んだ。

「……真面目な話をしてもいい?」

 お義母さんの運転している車の助手席に乗り、走行を始めるとそんな前振りをしてきた。僕の心臓が緊張でドキッっと高鳴る。

「な、なんでしょうか」

「娘の病気について何処まで知ってるの?」

「病気の内容については詳しくはほとんど知りませんけど……そう長くは無いのは伺っています」

「……そう。私は……お父さんと私は、莉愛がいつ死ぬか分からないって聞いてから、ずっとずっと悲しかったの。それは今も変わらないけれど、あの子はそれを知ってもずっと明るくて、楽しく残りの人生を過ごすことを決めたの。それが、私達にとっても凄い励みになって。莉愛が楽しく生きられるようにとずっとずっと行動してきたの」

「…………」

 僕は黙って話を聞く。

「でも、恋を叶えてあげる事は出来なくてね。知り合いの息子を紹介するのも変だし、美穂ちゃんも男子と接するのは苦手で、男友達もいなくて。高校入学したの頃の話も知ってるから……もう恋をする喜びや幸せを感じさせてあげることはできないのかぁと思ってたの」

「……酷い話でしたからね」

「だからこそ聞くのだけれど……本当にいいの?」

「? 何がですか?」

「亜樹くんまだ高校生でしょ? その、娘の幸せの為には是非ともだけれど、あなたのことを考えると……申し訳ないというか……」

 そういうお義母さんの気持ちは僕には分からなくて。娘が幸せになると思えるのなら、それを躊躇する理由が親として何処にあるのだろうか。

 曖昧にする気がなくて、僕は思わず問いかける。

「親なら、娘の幸せを一番に願うものじゃないんですか?」

 その問いに、お義母さんは迷うことなく前を見ながら答える。

「それはもちろんそうよ。だけど、親の立場になると、そう単純じゃないのよ」

 単純じゃない。その言葉に、今の僕には理解できない事なのだと察する。じゃあ、僕は僕の想いを語るだけだった。

「人を好きになるのに病気かどうかなんて関係ないですよ。莉愛さんの幸せが、僕の幸せです」

 当然のことのように言い切った。

「……そう。愚問だったわね。今の質問は忘れてちょうだい」

 僕の言葉に、お義母さんはどう思ったのか、笑って僕にそう言ってくれた。

「……はい」

 僕は言われるがまま受け取る。

「娘の事よろしくね。亜樹くん」

 優しく、けれど何処か寂しそうに、お義母さんは僕にそう言ってくれた。

 そして、僕の家の前に無事到着すると、僕は車から降ろしてもらった。

「ありがとうございます。助かりました」

 お義母さんは車の窓を開け、僕は頭を軽く下げてお礼を言う。

「いいえ。……こちらこそありがとね。あなたに恋する莉愛、本当に幸せそうで良かった」

 お義母さんから安心したようにそういわれ、僕はそれだけでうれしくなる。

「……はい。ずっとずっと、幸せにします」

 だから、僕は真っすぐにお義母さんの目を見てそう返せた。

「頼もしいわね。それじゃ、おやすみね」

「はい。おやすみなさい」

 最後に挨拶をすると、お義母さんは車の窓を締め、走り去っていく。

 僕はそれを見送ると、自宅の玄関を開けた。

「……ただいま~」

 家に帰ってくると、僕は安心したのか、急に身体中に疲労が巡る。

 そりゃそうだ。日向と言い合いして、仲直りして、莉愛さんと再会して、衝撃的な話を聞かされて、それでもやっぱり、莉愛さんが好きな事にかわりはなくて、僕は彼女ごと死を受け入れた。

「…………」

 正直、受け入れたくはない気持ちも無くはない。大好きな人の死なんて、そう簡単に受け入れられない。けれど、それ以上に、僕は莉愛さんの残りの人生を幸せにしてあげたいと強く思った。だから、僕の決断に迷いもなく、後悔なんて一つもない。

 そのあとは、思わぬお義母さんの登場で緊張で身体がこわばった力が抜け、全身が脱力する。

 僕はすぐさまお風呂に入り、ご飯を食べ、ベットに横になった。

 告白されたあの時とは違う感覚だった。

 あの時は、飛び跳ねる程の嬉しさがあった。好きだと強く思う気持ちがあった。ドキドキしてこれから先のことにわくわくしていた。

 しかし、今は不思議と落ち着いていて、でもあの時以上に莉愛さんが恋しくて、冷静なのに愛おしかった。

 けれど早く会いたい気持ちは変わらない。どうしてだろう。

「……ああ、そっか」

 思わず一人で呟く。僕は言葉の上で知っていた気持ちを、自分の経験の上で理解する、

 僕が今感じているこの気持ちが愛なんだ。

 それに気付くと、心地よい高揚感に包まれたまま、疲れ切っていた僕はすぐに深い眠りについたのだった。



 翌日、僕は病院で再びドキドキしていた。

 その理由は簡単で、昨日莉愛さんのお義母さんがお義父さんに僕の事を話したらしく、朝一の面会時間から、莉愛さんのお義父さんと鉢合わせていた。

「…………」

 1日経ち、僕は昨日よりも少しは冷静になり、自分が凄く疲れている事に気が付く。

 そして、いい加減思う。緊張するのに疲れたと。

 一回ぐらいゆっくり莉愛さんと過ごす時間が欲しい。

 昨日莉愛さんとひと悶着あって、その後お義母さんと車で帰って、今日の朝はお義父さんと。いっそお義父さんも昨日一緒にいて欲しかった。

 ……などとは思うだけで当然口にはださず、僕は気を引き締めていた。

「……成績は?」

 莉愛さんのベットの隣に椅子を二つ並べ向かい合い、お義父さんから質疑が飛んでくる。

「テスト順位では一応学年20位以内には入ってます」

 僕はそれを面接の如く答えていく。

「部活はしてるのか?」

「していません。読書が好きなのでその時間を潰したくなくて」

「将来の夢は?」

「……ほ、本に関わることができたらいいなぁと」

「莉愛のどんな所が好きなんだ?」

 唐突な質問内容に一瞬躊躇していると、

「……ねぇ、私の前でする話?」

 と、莉愛さんの横槍が飛んでくるが、それに答える余裕は僕には無く、お義父さんの質問に答える。

「笑った顔と明るい性格です」

「……も、もう! やめてよパパ!」

 僕が真面目に答えると、恥ずかしいのか、優しく怒るように莉愛さんがお義父さんの質問を止める。

「……じゃあ、最後にこれだけ聞かせてほしい」

 一度目を閉じ、目を開いて、お義父さんは言う。

「君にとっての幸せはなんだ?」

 今までで一番真剣な雰囲気の質問だった。

「…………」

 内容が内容だったのか、最後の質問と言う事で、莉愛さんも黙って僕の言葉を待った。

「……それは」

 彼女を幸せにすること。それは昨日まで僕が勢いで言っていた言葉。

 お義父さんに対してそれは何か答えとして違う気がした。

 だから、僕ははっきりと、その幸せが何であるかを、具体的な言葉に置き換えて答えた。


「莉愛さんと結婚することです」


 その言葉に、莉愛さんが驚いた表情で頬を赤くしていた。

「……そうか」

 間を置き、僕の言葉を飲み込むと、お義父さんは莉愛さんの方を見る。

「莉愛もそうなのか?」

「……うん! 私、亜樹くんと結婚したい!」

 元気に答える莉愛さんに、僕は内心同じ気持ちで嬉しくなる。

「……二人の気持ちはよく分かった」

 お義父さんは、もう一度目を閉じると、意を決したように目を開き僕の目を見る。

「亜樹くん少しいいかな?」

 お義父さんにそう言われ、僕は人の居ない病院の屋上へと連れられた。

 青空の下、お義父さんは前髪を風に靡かせながら、少し苦しそうな表情で話を始めた。

「私はまだ君のことをよく知らない。けど、真剣なのは伝わった。二人の気持ちが本気なら、私がそれを止める理由はない」

「あ、ありがとうございます!」

 僕は勢いよく頭を下げた。

「……それで? どうするんだ?」

「え?」

「莉愛はいつ死んでしまうのか分からない。明日には容態が急変してしまう可能性だってある。本来なら、君と亜樹の関係をそんな簡単に認めない。本気だとしても、若いうちの恋は熱しやすく冷めやすいからだ。好きな部分ばかり見て、嫌な所を避ける。それは仕方ない。経験のない若いころはそんなものだ。けど、莉愛にそんな失敗している時間はない。私は、娘には少しでも幸せになって欲しいからだ。時間を無駄には出来ない」

「はい。彼女の貴重な時間を、悲しみに費やしてはいけないです」

「……君の目に迷いはないな」

「迷ってる時間なんて無いですから」

「……そうだな」

 お義父さんは、何故か少し寂しげに笑って呟いた。

 そして、振り返ると、そのまま僕に問いかけてくる。

「君は莉愛を幸せにすると約束したんだね?」

「はい」

「なら、莉愛を幸せにするために、君は娘に何をしてくれる?」

 莉愛さんのお義父さんのその問いかけには、どんな意味があるのだろうか。

 わからない。けど、やっぱり僕は自分が望むことが莉愛さんの幸せだと言い聞かせ、思っていることをはっきりと答える。

「僕は、莉愛さんと家族になりたいと思っています。それは莉愛さんと作る新しい家庭。でも、高校生の僕には経済力はなくて、莉愛さんの面倒を一人で見れる訳もない。だから……僕は……ご両親と……白々家の家族に入れてくれませんか?」

 お義母さんとお義父さんがどんな人でも、僕は莉愛さんの幸せの為に、毎日一緒にいたかった。

 莉愛さんの幸せと言いながら、それは当然自分がそれを望んでいるからなのは間違いなく。相思相愛だと分かった今、それが彼女にとっての幸せであると、僕は自信を持っていられた。

「それはまたとんでもない話だな……だが、莉愛の幸せに繋がるなら、私は君に全てを預けよう」

 僕の真っすぐでとんでもない言葉にお義父さんはようやく僕に優しく微笑みかけてくれたのだった。



 病室に戻り、一緒に住むことを莉愛さんに伝えると、

「……いいの?」

 あまりにも唐突なことにぽかんとした表情で、お義父さんの方を見て聞いていた。

「お前もそうしたいんだろ?」

 と、僕の言葉に付け加える様にお義父さんが答える。

「…………うん。住みたい……亜樹くんと一緒に住みたい! そんなの夢にも思ってなかった!」

 嬉しそうにベットの上で腕をパタパタさせて喜んでいた。

「そうなったらやることは沢山ある。明日退院したら早速行くぞ」

「どこ行くの?」

「ご挨拶だ。亜樹くんのご両親に説明せねばな」

 僕は前ばかり見過ぎて、自分の考えが子供だと言う事を思い知らされる。

 僕は家出でもするかのように荷物を纏め、家に来るつもりでいた。そんなことをしたら親が心配するに決まってるし、止められるに決まっている。

 お義父さんがいることにより僕は反省し、冷静に事を進めなければ行けないと思い直した。



 それからは、お義父さんの計らいで話がどんどん進んでいく。

 僕は一度家に帰り、両親に急遽彼女がいることを伝え、その子と両親が明日挨拶に来ると伝える。

 最初は常識がないとか、色々文句を言っていたが、僕は両親に1つ1つ説明をする。

 すると、唐突に来る理由は理解してくれた。でも……

「あんた、本気で言ってんの?」

 と、母は何とも言えない顔で僕に聞いてくる。

「本気だよ。……寂しいの?」

 なんて聞くと、母は真面目な顔で答える。

「それはどうでもいいわ。……そりゃ寂しいけど。そうじゃなくて、分かってるの? あまり言いたくはないけど……相当辛いことになるわよ? 死別するのが決まってるのよ?」

「……分かってるよ。それも覚悟してる。好きになったんだからしょうがないよ。時間が短いなら少しでも一緒にいたと思うでしょ?」

「……あんた急に成長したわね」

「そう?」

 言われるまでそんな実感はなく、考えてみれば、数か月前までの、人目をさけ、一人で寂しく旧校舎で本を読んでいた自分が小さく見えた。

「……亜樹」

 父さんが小さく僕の名前を呼ぶ。

「何?」

「不幸になるんじゃないぞ。お前の思う幸せを掴め」

 口数の少ない父の、僕に対する初めての贈る言葉だった。

「……うん」

 短い言葉だが、僕には父のその言葉が心強くて嬉しかった。

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