第5話 真実の言葉 1
窓から見る空は真っ青に澄み渡っていた。
ベットから見る景色はいつも同じで、変わることといえば、天気と木々の彩ぐらい。
私は何もせず、背もたれが上がったベットに寝ながら、ぼーっと外を眺めるだけだった。
「元気ないわね」
そんな私に、ベットの横に置いてある椅子に座る美穂ちゃんが呆れたように声をかける。
「そんなことないよ。私はいっつも、一人でいるときはこんな感じだもん」
私はつくろうこともせず、淡々と窓の外を見ながら答えた。
「一人じゃないのにそうなってるってことは、元気ないってことでしょ」
「……みーちゃんうるさ~い」
声色を変えることなく、私は美穂ちゃんの言葉を適当に流した。
元気がないのは確かで、それは病院にいるから当然で……何もやる気がないのは別の理由だ。
大好きな本を読む気もなく、ただ私は貴重な時間を、呆然と耽ることで潰していた。
時刻は夕方前。また何事もなく1日が終わる。
少し前までは当たり前だったのに、今の私には退屈な時間だった。
美穂ちゃんも、私に気を使ってるのか無理に話したりせず、黙って私のそばにいた。
そんな風に呆けていると、不意に病室の扉の開く音が聞こえる。
母が来たのだろう。そう思い見向きもしないでいると、
「東條亜樹!? なんで此処に!?」
美穂ちゃんの驚くそんな声に、私は思わず驚愕した顔で扉の方を振り向いた。
日向さんから連絡をもらってから一週間。ついに亜樹くんが、私の元へとたどり着いた。
私はすぐに冷静になり、美穂ちゃんに説明する。
「……私が呼んだの」
美穂ちゃんは驚愕した顔で私の方を振り向く。
「は!? なんで!?」
その様子が少し異様で、焦ったように見えるのに違和感を感じた。
「……まさかみーちゃん、東條さんに変な言ってないよね」
二人は同じ学校にいる。亜樹くんの事は美穂ちゃんに話していたので、きっかけがあれば簡単に会える。
「………えっと……」
図星だったようで、言葉に詰まっていた。
「……気持ちは嬉しいけど、そういうのじゃないよ。たまたまだから」
諭すように、私は言葉を投げかける。
「……でも」
自分のしたことを譲ろうとしない。私は少し強引に話題を変える。
「みーちゃん、ごめんだけど、私東條さんと大切な話があるから……待合所で待っててくれない?」
まっすぐ、誠実に訴えかける。
「……わ、わかったわよ」
そうすれば、美穂ちゃんは理解してくれる。決して悪い子じゃないから。
少し不満そうだけど、鞄を手に持ち、亜樹くんの横を抜け、挨拶すらもせずに病室を出ていった。
美穂ちゃんが扉から出ていくと、亜樹くんは入れ変わるようにベットの隣の椅子に座る。
「……お久しぶりです、東條さん」
私は他人行儀に微笑みながら挨拶をする。
「……久しぶり」
亜樹くんも、ぶっきらぼうに笑って答えた。
病院のベットに寝てる私を見て、亜樹くんは今何を思っているのだろう。
「きて……しまいましたね」
すぐに私は寂しげな顔になり、呟くように言った。亜樹くんをみると、感情が揺らぐ。
「うん。色々聞きたいことがあって」
亜樹くんは真っすぐ言葉を返す。いつもより随分と落ち着いて見えた。
「………何からお話ししましょうか」
顔を見ていられない私は、視線を窓の外に向けそういった。
「そうだね。まずは……どうして病院のベットに?」
当然の質問。亜樹くんには、何一つ話していない、私の大きな秘密の一つ。
少し間を開けて私は答える。
「それは私の生い立ちを話すことになります。長くなりますが……よろしいですか?」
「うん。僕はリアさんの全てが知りたい」
やはり、迷うことなく、まっすぐな言葉で亜樹くんは答える。
気が重い。私はこれから……亜樹くんに嫌われることを言わなければならない。
ほかでもない亜樹くんのために。私がしてあげられる、一番の謝罪だ。
「……分かりました。ではこれまでの私の人生をお話しします」
数秒沈黙した後、私はそう言い、静かに語り始めた。
小さい頃、私はあまり元気な子供ではありませんでした。
病弱と言う程弱っていた訳でもないけれど、クラスの隅っこにいる物静かな女の子。
ハキハキしてない私に、クラスの男子の中には、私をからかう子もいました。
私は言い返せもせず、静かに困っていると、
「ちょっと! 何いじめてんのよ!」
そう言って、私の前に立ちはだかる女の子がいました。
「虐めてないし! 聞いてただけ!」
「もんどうむよ〜!」
男子の話を聞く耳持たず、男子に飛びかかり揉み合いに。
私は突然の出来事にポカンとその光景を見ているだけだでした。
それが、親友となる立花美穂ちゃんとの出会いでした。
いつしか私は彼女をみーちゃんと呼び、みーちゃんは私をりぃと呼び合う関係になっていました。
彼女のお陰でこれと言ったイジメもなく、楽しい小学生を送れていました。
平穏で、当たり前の日々。幸せとも不幸とも感じずに生きてきたのは、きっと幸せだった証拠だと私は思います。
でも……11歳の冬、それは突然やって来た。
何でもない日常の一時。学校の帰り道をみーちゃんと歩いていた時のこと。
突如鈍器で頭を殴られたような衝撃が走った。
感じたことのない強い頭痛と、世界がひっくり返るような目眩と、ひどい吐き気に襲われた。
私はその場に倒れ気を失って動けなくなった。
「りぃちゃん!? どうしたの!? しっかりして! りぃちゃん!」
覚えてるのは、慌てた様子で私を呼ぶ美穂ちゃんの声。
次に気がついたのは、病院のベットだった。
私は重度の病気を告げられました。
余命は残り5年。辛そうに私にそう告げた両親は、私以上に泣き、苦しそうに胸を押さえていた。
私は不思議と死は怖くありませんでした。
将来なんてまだ考えたことなくて、ただ毎日が楽しく終わればいいと思っていた。
将来やりたい事もなく、誰かに恋した覚えもない。お嫁さんに何となく憧れはあったけれど、強く願った覚えもない。
唯一私が悲しかったのは、私の死で両親が悲しむ事だった。
明るくて楽しいお母さんとお父さん。その二人が私の前で泣く姿は、その時初めて見た。
二人が悲しい思いをするのが、それだけが嫌だと強く思った。
だから私は、それからも元気であり続けた。
これまでのように、毎日だただ楽しく終わればいいと思った。
体調が悪い時も、体調がいい日も、無理はしない程度に、私は常に前向きに物事を考えるようにしていた。
幸い私は本を読むのが好きで、一人でいる時間が退屈だとは思うことはあまりなかった。
安静にする日々が終わると、私は病気になる前と同じぐらい動けるようになり、中学校からしっかりと学校に通うことになった。入学式の日、中学の制服を着ている私を見て、両親は泣くほど喜んでいた。
中学校では、私が病気な事を知ってか知らずか、優しくしてくれる人達が多かった。
中には、私に対して不満を言う人もいた。
特別扱いが許せない。その気持ちはわかるので、私はそうだろうなぁと、他人事のように考えていた。
理解し、受け入れ、前を向く。そんな気持ちが功を奏したのか、たまに体調が優れないことは多々あったが、中学生の間は学校で倒れたりする事はなかった。病院の検査でも、進行が大分遅いと言われていた。
勉強にも励み、無事高校にも入学出来た。
私は、これからみんなと同じように生きていける。そう思い始めていた。
高校に入って直ぐの頃。一目惚れだという男子から告白された。
彼は熱く告白してきた。やんわり断っていたけど、何度も告白され、結局押し切られ、付き合うことにした。
正直、物語で読む恋というものをしてみたいと思ったのもある。
その時、私は彼が好きというより、恋に憧れていたのに近いだろう。
最初は楽しかった。優しくしてくれたり、一緒に出掛けたり。女子同士の会話の話題にもなったり。
しかし、付き合って1か月経った時、私はふと病気の話をする。
治るかもしれないけど、どうなるか分からない。素直に伝えると、彼はあからさまに不満の顔をしていた。
それ以来、彼は段々と私から距離を置くようになっていった。
連絡が来る頻度は減り、私が連絡をしても、返事が少なくなり。
最後には、そんな病気の奴とは付き合ってられないと言われた。
私はその時生きてて一番の衝撃を受けた。
今まで私の周りには病気を受け入れてくれる人ばかりで、ってきり彼もそうだと思っていた。しかし、彼は私の病気を拒んだ。
酷く落ち込んで、病気でも無いのに寝込んだのはその日が初めてだった。
そして色々考えた。恋について考えてみた。
恋って、ドキドキしたり、毎日一緒にいたいと思ったり、この人と結婚したいなぁ、この人の子供を生みたいなぁとか思う事。
そう考えた時、私は、自分の未来がないことを、改めて実感した。
私、結婚もできない。子供も作れない。
仮にそれを受け入れてくれる人がいたとしても、重病人の恋人なんて常に気を遣わなきゃいけないし。
私には未来がないことを嫌でも考えてしまった。
その瞬間私の心は覚める。私は彼が好きだったのではない。ただ恋することに憧れていたんだと気が付いた。
その後、恋なんてしていなかったかのように、恋することに蓋を閉じて、生活していた。
でも、やはりあの時受けた衝撃は大きく、心の乱れが原因なのか、それともたまたまだったのか、私は再び体調が悪くなる頻度が上がっていた。
皆に助けてもらいながら学校に通っていたけど、最終的にはまた学校で意識を失った。
その後は再び入院の日々が始まる。
ベットの上で考える。ああ、やっぱり私は長生き出来ないんだなぁって。成長した私は、小学生の頃よりも死について考えることが出来た。
みーちゃんはまた変わらず毎日お見舞いに来てくれる。それがとても嬉しかった。
同時に、学校のみんなと普通の生活を過ごして生きていけない事を強く感じた。このままじゃ、進級する事もできない。
……じゃあ、もう普通は諦めよう。
私は気持ちを切り替え、普通じゃない楽しみを手に入れようと両親に相談した。
「色々な所に行ってみたい」
病弱で少しでも長く生きられるように安静を強いられていた私。
でも、私はもうそんなことはどうでもよかった。
いつ死ぬか分からない、そんな恐怖に怯えて死ぬまで苦しむより、短くても死ぬまで楽しく生きたい。
真剣に両親に伝えると、両親は私の話に乗ってくれた。
ただし、1年間だけの期限付き。それで十分だった。だって、明日には死んでも不思議ではなかったのだから。
私は学校を辞め、両親と行きたい所へ旅をした。時には美穂ちゃんも一緒に。
幸せな日々だった。楽しくて、知らないものがたくさんあって、色々なものがキラキラして見えた。
でもそのかわり、ゆっくりだが、私は走り回れるほどの元気がなくなっていくのが、自分の中で分かった。
約束していた1年間はあっという間で、楽しさで満たされていた。
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