第4話 衰弱する心
告白の日から一週間が経った。
あれ以来、僕は一度も白々さんと出会えていない。
旧校舎に行っても僕は毎日一人で。まるで彼女の存在は幻想だったのかと思うほどに彼女の面影はどこなく。僕は悲しみよりも、ただただ何もない虚無感に支配されていた。
告白の日の翌日、日向達にそのことを話すと、「教室全部探せば見つかるだろ! 行くぞ!」と、明るく言ってくれた。皆で教室を回り、白々莉愛について探す。しかし、誰に聞いても知っている人はおらず、僕達の中で、色々な疑問で溢れ返った。
誰も知らないはずがない。たまたま知ってる人に出会わなかった? 全クラス回ってそんなことがあるのか?
疑問の答えは解決のしようがなく、只々日々だけが過ぎていく。
僕は毎日の様にあの告白を思い出す。笑って、嬉しそうに答えてくれたあの笑顔。
あんなに嬉しそうに笑ってくれたのに、どうして僕の前に姿をあらわしてくれないのか。
あの幸せな顔は嘘だったのか? そんなことも思う。しかし、首を振り否定する。今は彼女に嫌われたとかではなく、心配する気持ちの方が上回っている。
僕はあの時連絡先を聞かなかったことを深く後悔していた。
「亜樹~元気だせよ~」
昼休み、皆で弁当を食べていると陽介が声をかけてきた。
「元気だよ。少なくとも前よりはね……」
あの時の後悔にまみれた時に比べれば今はまだ楽だ。しかし、心配や不安があるのは事実。元気が無く見えるのかもしれない。
「しかし……白々さんは何者だったんだろうな」
武が、改めて思い返しながら呟くように言う。
「3年生なんだよね? 誰に聞いても知らないってそんなことある?」
陽介がその呟きに答える。
「念のため1、2年も回ったけど、誰も知らなかったなぁ」
日向も思い返しながら、言う。
「……その話はいいよ。それより、皆午後から小テストあるけど大丈夫?」
僕は心配かけるのも嫌で、あんまり話題にもしたくなくて、強引に話を切り替える。
「当然だ」
「抜かりはない」
「俺も0点取る自信しかない!」
相変わらずな3人の返答。
「お前は勉強しろよ」
日向が陽介に突っ込む。
「だってつまんないんだもん!」
何気ない日々のやり取りに少し癒されていると、教室の扉が開かれる音がする。
そんなのはよくあることなのに、少し勢いのある音に、この時は、扉に目が行った。
そこには、クラスの人ではない女子生徒が立っていた。
目つきが鋭く、何か誰かに文句がある様な表情をしていた。
見たことない人に、気が付いたクラスの人達がその人のを見る。
「このクラスに、東條亜樹っている?」
少し強い口調で、その人はクラス中に尋ねる様に僕の名前を呼んだ。
すると、クラスの皆が僕の方を見る。
まったく見覚えのない人に、僕は躊躇しながら立ち上がり名乗る。
「僕が東條亜樹ですけど……」
躊躇しながら近づく。目の前までいくと、無言で僕を睨みつけてくる。
「……? あのーー」
何か御用ですか? と、聞こうと思った刹那。
甲高い乾いた破裂音と共に、僕の視界がぐらついた。
ふらつきに堪えると、何故か僕の左の頬がヒリヒリと痛みを感じていた。
訳も分からず、僕は見知らぬ女子生徒にビンタされていたのだ。何故されたのか、なぜそんなことをされなければいけないのか。訳が分からず、頭が真っ白になる。思考力を失った僕に、彼女は睨んだまま追い討ちを掛ける。
「この……人殺し!!」
怒気の籠った力強い声が、僕に向けられた。
クラスには人が溢れているのに、昼休みとは思えない程の静寂に包まれたのだった。
その後の記憶は僕になく、気が付けば放課後になっていて、日向と先程僕を人殺しと呼んだ女子と、3人でファミレスにいた。
僕は放心状態で、日向が女子と会話をする。
「どういうことか説明してくれるか?」
「……あんた誰よ」
「東條アキの友達だ。人殺しってなんだ? アキが誰かを殺したのか?」
「…………」
「何かの比喩か?」
「…………」
「……白久莉愛さんと関係あるのか?」
「だったらなに? あんたに関係あんの?」
「決まってんだろ。俺も白久さんと遊んだりしてたんだ。それに、亜樹は白々さんと仲がいい」
「…さっきから聞いてれば、タメ口で……私先輩よ?」
「友達を人殺し呼ばわりする人に敬語なんか使う気はない」
「……あっそ。どうでもいいけど」
「……とにかく。アキが誰かを直接殺したわけじゃないんだろ?」
「それはそうだけど、同じことよ」
「同じ事ってなんだよ。白久さんになにかあったのか?」
「何も知らないあんた達に教えることなんてないわ」
「なんだそれ、教えてくれよ」
「教えるわけないでしょ」
「なんで」
「あんた達が憎いからよ。あんた達が…あんたがいなければ……」
そう言って再び僕を睨んでくる。
「……とにかく! 二度とリアには合わせないから!」
そう言い捨てると、鞄を徐に掴み席を立つ。
「おい! …せめてあんたの名前教えてくれよ。礼儀だろ」
「……
背中越しにそれだけを言うと、立花さんは去っていった。
「なんなんだあれ……亜樹、大丈夫か?」
「……大丈夫に見える?」
伏し目がちに僕は自分をあざ笑いながら答えた。
「自分の不甲斐なさで喧嘩して、後悔して絶望して、立ち直って仲直りして、告白した日に彼女が行方を晦まして、心配してたら知らない人に人殺しって言われて……なんなんだろ。ははっ。笑っちゃうね」
なんでこんなにも上手くいかないんだ。僕は何か悪いことをしたのだろうか。
「もういいや。し~らない。なんだっていいよ。誰がどこで何をしてようと。僕が誰にどう思われようと、しったこっちゃない」
僕の心は音を立て崩れ、もう何もかもがどうでもよくなった。
「投げやるなよ……」
と、日向は僕に言うが、そんな慰めの言葉、僕の耳には届かなかった。
「どうせ白々さんだって、僕の事なんて本当はどうでも良かったんだ。ただ後腐れなくさよならしたかっただけなんだ」
「……本気で言ってんのか?」
「僕が何を言おうが僕の勝手でしょ。日向にとやかく言われる筋合いないよ」
「……本気で言ってんなら、俺はお前を軽蔑するぞ」
僕の発言に睨むように日向は僕に言う。でも、僕はそんなこと気にしない。
「勝手にすれば? いいよ。大体なんで日向は僕に構うわけ? 別に頼んでないよ」
自暴自棄になった口は言葉が止まらない。それは、本当の僕ではない、何かが身体に憑りついたかのように。
「……んだと?」
僕の日向の優しさに、迷惑そうなことをいうと、日向もさすがにムッとした態度を見せる。でも、僕はそれ以上に怒りが収まらなかった。
「いつもいつもおせっかいなんだよ。今だって、僕のことなのに、話し合いの場まで用意して。そこまでして僕に恩を売りたいわけ? 変わってるね」
煽るように言うと、日向のほうも我慢の限界が来たのか、怒り始める。
「お前のためにやってやってんだろうが! あの人は唯一、白々さんを知ってる人なんだぞ? 関りを繋がないと二度と会えないかもしれないんだぞ!」
「だから頼んでないっていってるじゃん。人の話聞いてる?」
「……いいか? 俺はお前を心配して――」
あくまでも冷静に言葉を選ぶ日向。しかし、僕の心はもう希望や不安、罵倒に絶望に耐えることなどできない。だから、日向のいう言葉を拒否したくて、
「もういいって言ってるだろ! しつこいんだよ! 日向に僕の何がわかるのさ!」
僕は自分でもびっくりするぐらい大きな声でそう言っていた。
日向が驚愕した顔で固まり、店内が静まる。僕は流石に回りの反応に少し冷静になり、自分の発言の気まずさと、真面じゃない精神状態に僕は逃げることを選ぶ。
「……帰る」
無表情で僕は鞄を手に持つと、財布からお金だけをおいて、日向を無視してその場を後にした。
今の僕に本心なんてない。何を思っても何も出来なくて、ただでさえ不安定になっていた心にとどめの一言。人殺しと来たもんだ。
人を殺したことなんてない。言われる筋合いもない。ショックと同時に、今は怒りが募る。
立花美穂と言っていた。彼女はどうやら白々さんと関りがあるらしい。
しかし、どうやら見知らぬ僕を恨んでいるようで、僕を人殺しとわざわざ吐き捨てに来るほどだ。となれば、白々さんが僕の事を最低な人間のように何か言っているに違いない。
したがって、僕はただ弄ばれていただけで、僕は悪人に仕立て上げられている。そうに違いないだろう。
「……ばっかじゃないの」
あの顔が偽物なはずがない。きっと理由があるはず。ずっとそう思って、心の平静を保っていた。
けれど、立花さんの登場に僕のその希望は見事に打ち砕かれる。思いはぐしゃぐしゃでかき乱され、頭はくらくらしおかしくなりそうだ。
僕は心の平穏を求めた。もう何もしたくない。何も考えたくない。都合のいいように解釈をしよう。
家に帰り、ご飯も食べずに、着替えもせずに、僕は自室のベットの中に潜り込んだ。
もうこのまま消えてしまいたい……死にたい……僕の心は、完全に壊れていた。
翌日。僕は体調が悪いと学校を休んだ。行く気にもなれず、何もする気になれなかった。
日向と会うのが気まずいとか、そんなことはどうでもよくて。僕の頭には、ただただ死にたいと思う気持ちしかなかった。スマホを見もせず、何も食べず、何も飲まず、ベットの中から出ることなく1日が終わる。
さらに翌日。僕は母に今日も休む、と弱々しい声で言うと、
「いい加減にしなさい!」
と、大きな怒鳴り声が聞こえた。
「体調が悪いわけじゃないんでしょ! だったら学校いきな! そんなの身体動かせばすぐ治るわよ!」
「わ、わかったよ……」
久々に怒る母に、僕は抵抗することなどできず、考える間もなくいそいそと学校に行った。
溜息をつくことも無く、誰にも挨拶せず、僕は自席に行き、誰にも目を合わせず、淡々と授業を受けた。
昼休み、友達はこの間の一件のせいなのか、僕の元にはやってこなかった。一人でいたい今ちょうどいい。
しかし、黙々と弁当を食べていると、
「ふざけんなよ!」
突如、日向と武と一緒に昼食を食べていた陽介が立ち上がり大声を上げた。いやでもその声に視線がいく。
「日向がそんな奴だとは思わなかった! マジ最低!」
いつもおっとりしている陽介がすごい剣幕で怒っていた。
すると武も同じように立ち上がり、こちらは冷静にいう。
「同感だ。お前を見損なったぞ日向」
眉間にしわを寄せ、あからさまに怒っているのが分かる。
「……上等だ。だったらこっちこそ願い下げだよ!」
そんな二人の態度に、日向も大声を上げ、荒々しく扉を開け教室を出ていった。
仲のいい3人が怒鳴り合っていたせいか、クラスの人達が少しざわついていた。
二人は日向に呆れたのか、昼食を持って僕の元にやってきた。
「あき~! あいつひどいよ~! 俺の事能無しとか言ってきた~!」
「俺を冷徹人形とか言ってきたぞ。冗談では許されない暴言だ」
「……そうなんだ。それは酷いね」
普段なら取り持ったり心配する僕。しかし、今の僕には他人事の様に相槌を返すことしかできない。僕は二人が話す内容に、ただ相槌を返すだけのやり取りを繰り返した。
そんな日々は1週間ほど続いた。日向は休み時間になると直ぐに教室から去り、陽介と武は僕の側で僕を巻き込みながら何でもないやり取りを繰り広げる。
僕は、時間が経ったら段々と元に戻るのかなぁと漠然と思っていた。
しかし、一週間経っても僕の心は変わらない。前のように、このくだらないやり取りが、楽しいと素直に感じられなくなっていた。
僕の心は崩壊し、あの頃の様に馬鹿みたいに日常を体験することはできないと悟った。
強い否定が、僕という人間をまともでいさせてくれない。
僕は元々こんな人間だったのだろうか。
前までは、世界は決して平穏じゃないけれど、友達と遊んだり、彼女といる時間は、幸せに感じられる、素晴らしい世界だと思っていた。
でも今は違う。僕の世界に彩りはまるでなくて、世界が色褪せて見える。
不意に自分が怖くなる。僕はこのまま世界に絶望しながら生きていくのだろうか。
授業後、僕はなんだか動く気になれなくて、ただ何もせず教室に残り窓の外を眺めていた。
僕は今からどうするべきなんだ。何を求めて生きていけばいい?
大好きになった白々さんは僕の前から姿を消し、その友達である立花さんには人殺しと言われた。
その意味は今でもわからないし、何一つ納得なんて出来ない。
悲しむことも喜ぶ事もできない、曖昧なまま、僕はこんな思いを抱えて生きていくのだろうか。
「なんかいやだなぁ……」
自分の教室で呆然としていると、気が付けば日の色は赤く焼けている。
僕は徐に席を立ち上がり、鞄を手に歩き始める。
大人は色々抱えて生きていると大人は言う。こんな思いを抱えて生きていくなら、大人になりたくない。そんな事を考えながら、僕は無意識に旧校舎にやってきていた。
教室から夕日を眺める。
この教室で、白久さんと色んな事をした。
僕が朗読をしたり、二人で朗読劇をしてみたり。何でもない世間話をしたり、お互いに貸し合った本の感想を言い合ったり、二人で日が暮れるまで昼寝しちゃったり。暗い中帰る白久さんはやっぱり怖がって、僕にくっついて来たり。
ああ……ここに来ると思い出す。彼女との日々。
まだ悲しみは深くて、彼女の事を忘れられないでいる。目頭が熱くなるのを感じる。
やはり今の僕は本当の僕じゃない。きっとなにかのキャラを演じているのだろう。
僕はまだ腐りきっていない。そう思えたことで、僕は漠然とした安心感を得ることができた。
しかしそれでも、いつも通りとはいかない。僕はやはり本を読むことも無く、早々に教室を後にする。
これからどうしよう。どうやって気持ちに折り合いを着けたらいいのだろう。
思考しながら、旧校舎の廊下を歩き階段を下る。
「!」
階段の折り返しに差し掛かると、そこには旧校舎では見かけたことのない人物がいた。
「日向……」
何故彼がこんな所に? どうやって入ったのだろう。
……思い返してみれば、旧校舎に潜入する所を見ていたんだっけか。だとしてもなぜこんな所に?
「なにか用?」
僕は何でもない雰囲気を装い問いかける。
「まだここに来てたんだな」
「なんとなく来てみただけだよ」
「ってことは、やっぱり、まだ白々さんに会いたいか」
日向は見透かしたように聞いてくる。
「……別に」
僕は思わず不機嫌な返しをしてしまう。
「素直になれよ。言っただろ? チャンスはそうそう巡ってこないって」
「また同じ話? チャンスなんて無いよ。裏切られて、罵倒されて、僕はただ笑いものにされただけなの」
「ホントはそんなこと思ってないだろ?」
「……思ってるよ」
「嘘だな。お前がそんな奴じゃないことはよく分かる」
「……うざ。なにわかった気になってんの? エスパーじゃないんだから」
「そうだな。本当は、お前の気持ちなんてこれっぽちも分かんねぇよ」
「……え?」
「人の気持ちなんて分かんねぇよ。そうやって、心閉ざしてたら、分かるわけないだろ。気持ちは伝えないと伝わらないんだよ」
「…………」
「長い付き合いでお前がそんな考えじゃない事を知ってるから、憶測で言ってるだけだ。お前がそんな奴だったら、俺はお前と友達やってねぇから」
「……なんなんだよ」
僕の感じてきたことは僕にしか分からないはずなのに、全てを見透かしてくる日向に、酷い怒りを覚える。
「なんでそんなに僕に構うのさ! 僕はもういいって言ってるんだよ!? なのに、励ましたり、応援したり……僕はもう充分頑張ったんだ! これ以上、嫌な気持ちを抱えたくないんだよ! ごはんも喉を通らなくて……なにもする気が起きなくて……楽しくなくて……こんなの、死んでるのと変わんないよ!」
怒りに乗せた感情は支離滅裂で、僕の思考は今機能していない。
「……お前は今幸せか?」
「幸せなもんか! 人生で一番ってぐらい不幸だよ!」
「だったら、お前が今一番何が欲しいんだ? 何を望む?」
「一番望むもの……」
「不幸なお前は、今何をしたら幸せになれる? そうやって投げやって、忘れたら幸せか? 逃げるだけで心は満たされるか?」
「…………」
僕は言葉を失う。日向の言う事は的を射ている。逃げても、考えない様にしても、どうしたって、常に莉愛さんの事が頭から離れることはない。
「亜樹には、事の真実を知る権利がある。何故白々さんは恋人になった途端亜樹の前から姿を消したのか。何故立花美穂に人殺しと言われたのか。その真実を知らなければ、お前はこの先一生後悔して生きることになる。どんな結果だとしても、曖昧に終わらせるな。はっきりとさせて、それを受け入れろ」
「…………どうやって」
「今一度問う。お前はもう一度白々さんに会いたいか?」
訳の分からない日向の問いかけ。僕は感情をのせる様に、やけくそ気味に心の内を話した。
「……会いたいよ! 全部知りたいよ! でもそんなの望んだってしょうがないんじゃない! 会う方法がないんだもの!」
「……だからお前は努力が足りないって言ってんだよ」
そういって、日向はポケットから小さな紙を取り出し、人差し指と中指で挟み、僕の方へと差し出す様に向ける。
「…………なにそれ」
「白々さんの居場所だ」
「…………はぁ!?」
まさかの代物に、僕の頭は真っ白になる。
「な、なんで日向がそんなもの持ってるのさ!」
「……実は、俺ずっと白々さんの連絡先知ってたんだ」
「……え? えええぇぇ!?」
まさかの事実に僕はいろんな思いが吹っ飛び、純粋に驚いた。
「最初に会った時、どうやら俺にだけ教えてくれてたようだ」
「な、なんで日向にだけ……」
「それは俺も知らないが、流石に俺も気になってな。少し前に連絡したんだ。でも、なぜいなくなったのかの理由は教えてくれなかった。亜樹が会いたがってると伝えたら、会う覚悟があれば、いつでもどうぞって言って、住所を教えてくれた。だから俺も、お前が心の底から会いたいと思ってるなら教えようと思ったんだ」
「…………わけわかんないよ」
分からない。あんなに冷たくしたのに、何故日向は僕に構うんだ?
「あんなに酷い事いったのに……僕はもう嫌われてやろうとすら思った。日向優しいから……突き放さなきゃと思ったのに……。嫌いになったんじゃないの!? だからずっと無視してたんじゃないの!?」
「人の気持ち勝手に決めつけんな。それとも、お前は聞かなくても人の気持ちを読み取れるのか?」
馬鹿にするでもなく、日向は真っすぐ僕を見て冷静に言う。
「……人を傷つけることを恐れるな」
何も言い返せない僕に、呟くように優しく日向は言葉を続ける。
「お前は優しすぎる。言い方を変えれば臆病だ。傷つける事を恐れて自分が傷つくな。お前の人生はお前のものだ。自分で守らないと、誰も守ってくれないぞ」
「……もし自分の行動が間違ってたら? もっと傷つくかもしれないよ」
「そんなのわかるかよ。間違えてから間違ってたと気が付くしかないんだよ。そうやって人は成長するんだろうが」
「…………」
日向の正しい言葉に、僕は黙るしかなかった。
「……好きなんだろ? だったら、お前の言葉で真っすぐぶつかってこいよ」
ぐうの音も出ない正論。日向の言う言葉は、本で読んで理解はしていた事だった。人は傷つき傷つけられ、間違えて反省し、成長する。自分が不幸にならないために、幸せになるために。しかし経験せず知識ばかり詰め込んだ僕は、自分の為にその知識を使えていなかった。
……なんて馬鹿だったんだ。
僕が見てきた数多の主人公は皆努力していた。絶望のふちに立っても諦めず、負けそうになっても折れない心。強く大切な人を信じる意志。そうやって彼らはハッピーエンドを掴んできたんだ。
他でもない僕の人生。僕は、彼らを見習わないと。
「失敗したら……愚痴聞いてくれる?」
僕は拳を強く握り、日向に聞いた。
「友達ってそういうもんだろ」
迷うことなく日向は答える。
「……うん!」
僕は力強く、日向の想いを受け止めた。
足を踏み出す。階段を駆け下り、日向とすれ違い様に差し出された住所メモを受け取り、
「……ありがとう」
囁くように言うと、僕はそのまま階段を駆け下りていく。
メモに書かれた住所に、無我夢中で走った。
深くは考えない。僕はもう一度白久さんに会えることが嬉しかった。
嫌われてるかもしれないとか、そんな迷いはもう無かった。
告白してくれて、告白したあの日、彼女が見せたあの表情が嘘だなんて、僕には到底思えないから!
「はぁ……はぁ……」
僕は汗だくで、息を切らしながら、書かれた住所の場所までやってきた。
「……ここ?」
僕はもう一度メモをみて、スマホの地図アプリで場所を確認する。
ここで間違いない。でも此処って……
「総合病院……だよね?」
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