第3話 奪われた未来 1
白久さんと出会って週数間が経った。
出会ってすぐは色々な事があったけれど、それ以降は普通の日々が続いた。
旧校舎で放課後に会う毎日が普通とは言い難いけれど。リアさんと過ごすという意味では、普通の毎日だ。
僕は白久さんに読み聞かせをしていた本を日々ゆっくりと進めて行き、無事に完結。
白久さんからは、「凄く楽しかったです!」と、詳細な感想と共に讃頌の声を贈ってくれる。いつしか僕は、楽しそうに聞いてくれる事に嬉しさを覚えていた。
日が経つにつれ僕の癖は、何となく、自然になってきていたような気がする。
見ている白久さんをどうやったら楽しませれるのか。そんなふうに、少しだけだが考えれるようになっていた。
しかし、やはり物語になりきっている僕は陶酔し、白久さんを置いていってしまう事も度々ある。
日々そんなことを思いながら、一冊の本を読み終わった次の日。旧校舎のいつもの扉をあけると、先に来ていた白久さんが少女漫画を手に持ち、扉の前に立つ僕の所へと小さく駆け寄り、開口一番白久さんからこんな言葉が飛んでくる。
「私と読み合わせをしましょう!」
その目はキラキラと輝いていた。
「…え、なんで?」
僕は提案の意味が分からず疑問一杯で聞き返した。
「今回は、意識的に声を出してみましょう。相手とリズムを合わせることで現実身が残り、より一層間やタイミングを取る練習になると思うんですよ!」
「……な、なんか目的変わってきましてません?」
僕は読み聞かせをしたいのではなく、一人で静かに本をよみたいだけだったはず。
「そんなことはありません! 亜樹くんは、何故自分が本を読んでしまうのか、よく分からないと仰ってましたよね」
「はい」
「その境目を探るのです。前回はいつも通り本に没頭し、今回は私と息を合わせることによって、物語に入り込み過ぎないという作戦です! 違うアプローチをして、亜樹くんがどのタイミングで無意識に声に出すかどうかを検証するんです」
「なるほど……」
割と理にかなってると僕は納得し、今回は素直に白々さんの提案にのることにした。
こうして始まった僕らの読み合わせ。
内容はがっつり少女漫画で、僕は主人公の杉野を演じ、白々さんはヒロインの夏美を演じる。
最初こそ導入のシーンなので、ほのぼのと杉野と夏美の出会いや好きになる過程のやり取り。
最初僕たちは少し照れながら棒読みで読んでいたのだけれど……
「ねぇ! 答えてよ杉野くん! 私とあなたは運命で繋がっているんじゃなかったの!? どうしてあの子と楽しそうにしてたのよ!」
「…………」
物語が盛り上がってくると白々さんの演技に熱が入り、即興劇でもしているかのように、身振り手振り、感情表現のオンパレード。杉野に迫る台詞なんて、本当に涙を流しながら、それでも色々な葛藤を抱きながら僕のことをみてくる。
僕は彼女のなりきった演技に感化され、強く物語に引き込まれると、いつも通り物語に陶酔し始めていた。
「……黙るってことは、そうなんだね」
分かった気になったように、伏し目がちに呟く夏美。
いつも勝手な事ばかり言ってくる夏美に、杉野はいい加減我慢の限界が来たのか、睨みつける様に言い放つ。
「……じゃあハッキリ言ってやるよ」
そういって肩から歩き出し、躊躇する様子を見せることなく夏美に近づく、
「な、なによ……こ、こないでよ!」
後ろにたじろぎながら、目をぎゅっと閉じる夏美、そんな夏美を壁際まで追いやると、ドンッ! と両手を夏美の顔を挟むようにして壁に叩きつけた。
「お前はいつも俺のこと振り回して、我儘ばっかり言って、しまいには勝手に俺の気持ち解釈して怒鳴り散らして、まじでうざいんだよ」
杉野は睨みつけながら、夏美の目を見て次々と不満をぶつける。
「そんな、そんなに………はっきり言わなくても……」
「ハッキリ言えって行ったのはお前だろ」
夏美に詰め寄る杉野。夏美は心の中で思う。
『そうだけど……違うの……本当は……ただ優しく抱きしめてほしいだけなのに…どうして素直になれないの!?』
杉野に酷いことを言われ、その場で素直になれない自分と、酷い台詞を吐く杉野に夏美は泣き始める。顔を伏せ、手で覆い、見られたくなくて顔を隠した。
しかし、杉野は顔を隠した夏美の腕を強引に掴み、引きはがす。
「話は最後まで聞けよ」
杉野は既に睨んでおらず、真っすぐ真剣な目でそう言った。
「そんなうざくて、迷惑で俺を振り回すお前の事が……俺は好きなんだよ!」
夏美の目をしっかりと見て、杉野は強くはっきりとそう口にした。
……というころで1巻は終わっていた。続きは2巻らしい。
実に少女漫画らしい……かどうかはわからないが、僕は女性に詰め寄って告白するシーンに、いつもはない強い高揚感を感じていた。
そのシーンで漫画が終わり、僕は終わりを迎えたことで、現実へと気持ちが帰ってくる。
「…………」
「…………」
僕達は演技が抜けたようで抜けてない状態で、どうしたらいいのかわからず、最後のシーンの壁ドンをしたまま見つめ合っていた。
白々さんは、頬を赤らめ、涙目で、それこそ恋をした表情で僕の目を見つめていて、僕も僕で、杉野のうざいと思いながら好きだと思っている気持ちになり切っていたためか、好きだと伝えたい一心で白々さんを見つめていた。
「……そ、そろそろ離してていただいてもいいですか?」
目線を外さず、照れたような優しい白々さんの声で言われ、僕は我に返ると、白々さんの腕をつかんでいることを思い出した。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて離して謝る。
「いえ、そういうシーンでしたからお気になさらず」
と、気にしていないい様子で言ってくれる。
僕は誤魔化す様に、漫画の話をする。
「そ、それにしても過激な漫画ですね……序盤からこんなに自分の気持ちぶつけ合うなんて……」
「そうですか? 好きだけどついつい嫌味な事を言ってしまう夏美と、嫌いだと思いながら、振り回され続ける夏美を好きになっていく杉野……このうまくいかない二人が段々と近づいていく所にドキドキしませんか!?」
莉愛さんはこの漫画を熱く語ってくれる。
「……まぁ、分からなくもないですね」
一通り杉野を演じた僕は、恋の駆け引き、上手くいかないじれったさの魅力をなんとなく理解していた。
「でしょでしょ! 杉野くんならわかってくれると思いました!」
「……え?」
僕は、一瞬誰のことを言ってるのかわからなくなるが、彼女が名前を言い間違えたのだとすぐわかる。
「あ……えっと、亜樹くんなら分かってくれると思いました……えへへ」
名前を間違えたことを笑ってごまかした。
僕は、彼女も役になり切っていたことに少しうれしさを感じていた。
白々さんは僕から漫画を受け取ると、鞄にしまう。
夕方になり、夕陽がさすころ、僕達は暗くなる前に帰るようにしていた。
暗くなると危ないし、白々さんが怖くて帰れなくなるからだ。
激しい恋のやり取りの後、落ち着いた空気になり、なんとなく、僕はやり切った思い出で夕陽を見ながらまったりしていると、
「……恋ってなんでしょうか」
と、伏し目がちに白々さんが呟いた。
「今散々恋する二人の激情を演じたわけですが……好きだから冷たくしたり、
嫉妬したり、素直に言えなかったり、好きだからこそ嫌いに思ったり、離れては近づいたり、どうして人はこんなにも、恋に振り回されるのでしょうか」
と、鞄を手に彼女も夕陽をみながら、遠い目をして寂しげに言う。
「もちろん、そんな人間の感情の変化は見ていて楽しいのですが、それを自分に当てはめた時ああ、こんな風に落ち込んだり、心配したり、嫉妬したりしたくないなぁと思うんです。だったら……そんなことしないで、楽しい事だけに目を向けていればいいなぁって思うんです」
遠くを見ながらひとりごとのようにいう彼女は、僕に何を伝えたかったのか。
語る彼女に僕は何を答えたら良いのかわからなくて、彼女の目に僕はどう写っているのか。そればかりを考える。
……はっきり言って、僕は白久さんが好きだ。
こんな僕の些細な癖のために毎日付き合ってくれて、毎日毎日楽しく過ごして、休みの日には友達と一緒に遊んだり。それでも僕を特別に扱ってくれたり。
彼女は僕を散々振り回しておいて、僕が恋に落ちないと思っているのだろうか。
「白久さんは僕のことどう思いますか?」
僕は思い切ってそう聞いた。広くあえていろんな言い方ができる様に漠然と。
「優しくて面白くて、からかい甲斐があって、とっても可愛い人です」
と夕陽を見ていた白々さんは、僕に視線を戻し、いつもの表情で笑ってそう言った。
「…………」
これは良くない。彼女は僕を、可愛い後輩ぐらいにしか思っていない。
「……旧校舎で二人きり。誰にも知られてない二人だけで秘密の事をしているこの状況をどう思いますか?」
僕はこの恋という話題の流れで、さりげなく白々さんの気持ちを聞けないか諦めずに問いかける。
「……アキ君が言いたいことは何となくわかります」
寂しげに笑って莉愛さんはそういった。
そのセリフに、僕の気持ちにはどうやら気が付いてるようで。白々さんは、窓辺に行き、再び夕陽を見ながら言葉を続ける。
「私は毎日楽しく生きたいんです。アキ君といるとすっごい楽しくて。日向さん達も面白くて、皆さんと一緒にいると本当に飽きないんです」
「……僕は友達?」
「そう呼ぶには特殊な関係かも知れません。友達なら、二人だけで会いたいとも思わないような気もします。こうして夕暮れの旧校舎で、亜樹くんと一緒に過ごすこの時間が、とっても幸せに感じるんです……。ねぇ亜樹くん、これは恋なのかな?」
白々さんは振り返り、僕の目を見て悲しそうに、あるいは寂しそうに問いかけてきた。
……好きには色んな形がある。恋愛、家族愛、親愛、友愛。形を定義しなければきっとその形は無限にあって、彼女は現状がどれなのかをわからないと言う。
白々さんは常に自分本位で、楽しいことのために動く。僕は巻き込まれているだけに過ぎない。そんな僕が、嵐の中で恋をした。僕のこの気持ちは間違いなく恋であると自信がある。何故かなんて説明は出来ない。愛なんて気がついたら持っているもので、語って気付くものじゃない。
……なら、僕がすることはシンプルだ。
「白久さん」
「……はい」
「明後日の日曜、僕とデートしましょう」
僕は意を決意し、真剣な眼差しで彼女に伝えた。
僕がすること。……それが恋だと、彼女に気づかせること。それが出来なきゃ、僕達の関係は進まない。
「いいですよ。約束しましたもんね。行きましょう」
白々さんは、いつものように笑いながら、快く了承してくれた。
その顔の裏には、何か期待があるように、僕は勝手に感じとっていた。
「はぁ……」
とは言ったものの、僕は不安で一杯だった。
彼女は僕といると幸せと言った。しかし、好きという言葉を受けたわけじゃない。僕の言葉を何となく理解してくれたと言うことは、多分、僕の気持ちにうっすらでも気付いてくていると思う。
だから、お互いに好意があるのは間違いない。そんな確証から僕は彼女に大々な発言をできた。
しかし家に帰ってくると、本当に彼女は僕に好意があるのか? と疑問が湧き出てくる。
曖昧な表現とはこれほど不安にさせるのか……そんな事を思いながら、明後日のデートプランえ考えていた。
この際、今彼女がどうかは関係ない。これから、僕の方を振り向いてくれる努力をするだけなんだ。
僕は明日のデートにおける目的をスマホのメモのタイトルにこう書いた。
『頼れる男らしさ』
……まったくもってイメージはわかないけれど。けど、僕に足りないのはそれで、僕はこんな時頼りになる日向に電話を掛ける。
「ほいほい、なんだ?」
「あしたちょっと服買いに行きたいんだけど……つきあってくれない?」
日向には素直に事情を説明し、デート服を選んでもらい、勝負服を身にまとい、デート当日がやってきた。
「おはよう、亜樹くん」
待ち合わせ場所で、僕の姿を見た白久さんは、いつもと様子が違うことに気が付いたのか、
「……今日は決まっていますね」
と、服装とは言わないが、そう言ってきた。
「僕だって少しは変わっていきますよ」
「それは頼もしいですね。何かプランがあるんですか?」
「今日は……ここに行きましょう」
僕らがやってきたのは、電車で3駅隣に最近出来た超大型ショッピングセンターだった。
定番の店から、海外から入ってきた最新のお店や、小さな様々な形態のテーマパークなどがある。
学生である僕が来れる綺麗でしゃれた場所って言ったらここぐらいなものだ。
「テレビでCMはみてましたが、来てみるとかなり大きいですねぇ……」
白々さんは規模の大きさに圧倒されていた。
僕も来るのは初めてだけど、リサーチは完璧だ。
「まずは……こちらです!」
僕はパッと見不思議な形をした乗り物のような形がある場所に白々さんを連れてきた。
「こ、これって怖いやつですか?」
「いえ揺れて風が吹くだけの映像型VR体験施設です。ホラーでもないですし、実際に落ちたりしないので安心して楽しめますよ」
「なるほど…それなら面白そうです!」
楽しいことが好きな彼女なら、乗ってくれると思った。
僕は白々さんが喜んでくれると嬉しくなる。
しかし……順番が回り、僕はそのVRを体験すると、迫力、臨場感、怒涛の展開に、着いていけず、気分悪く乗り物酔いをしてしまった……。
乗り終えると、白々さんは僕と対称的に、興奮した様子で、
「今時はあんなものあるんですね! 迫力満点で、まるで本当に映像の中にいるようでした!」
意気揚々と感想を伝えてくれた。
「よ、喜んでいただけたようで良かったです……」
自分で作った世界に酔いしれるのは得意だが、作られた世界に入り込むというのはどうやら苦手なようだ……。
「さ、さて……じゃあ次は……あちらにいきましょう……」
僕は顔面蒼白になりながら、誤魔化す様に言うが、
「……だ、大丈夫ですか? 顔真っ青ですけど……」
と、心配されてしまう。
「は、はは……こ、こんなのお茶の子さいさいですよ……」
僕は顔面蒼白で、手を震わせながら親指をたて、普段絶対つかわない言葉を言いながら笑って見せた。
しかし足元はフラつき真面に歩けず、僕のデートプランは早急に崩れ、早々に休憩スペースに項垂れて座っていた。
「はい、お水どうぞ」
白々さんが自販機でペットボトルの水を買ってきてくれるという情けなさを晒す始末。
「あ、ありがとうございます……」
初っ端からの体たらくに、僕は精神的落ち込みが相まって、体調は最悪だった。
「苦手なら無理しないで下さいよ?」
「い、いえ……僕もジェットコースターとか苦手なので……これならいけると思ったんですが……うぅ……」
情けなく、受け取った水を飲む。
「酔った後で効くかわかりませんが、酔い止めも買ってきましょうか?」
「い、いえ……それは大丈夫です」
そこまでしてもらうのはさすがに申し訳ない。
「そうですか……。何かあったら言ってくださいね」
そういうと、白々さんが僕の隣に座る。
「ふふ……デート、いきなり失敗してしまいましたね」
僕が気にしているであろう所をズバッと指摘される。
「おっしゃる通りですよ……せっかく色々考えてきたのに……なんでこう、自分のことって上手くできないんだろ……」
「上手くできなくていいんですよ。上手くできなくても……私のために頑張ってくれたってわかるだけで、嬉しいものですから」
白々さんはまるで怒った素振りを見せずそう言ってくれた。
「……怒ってないんですか?」
「どうしてですか?」
「僕は楽しみで来たんですけど……」
「……ああ、別に怒ってませんよ? 私は、亜樹くんといるだけで楽しいですから」
僕が言いたいことを察してくれたのか、そう説明してくれた。
「……こんな状況でも?」
「まぁ、楽しんでいた方がもっと楽しいですが、私は、どんな些細な事でも楽しいと思う術を知っていますので」
と、僕には到底理解できない術を持っているようで、この状況を楽しんでいるらしい。
「と、とりあえず少し休んだら落ち着いてきました。少しなら動けますよ……」
少しまだ気持ち悪さが残るが、僕はそれを振り切ってそう言った。
僕だって、ずっと座っていたいわけじゃない。この時間を楽しみたいのは同じだ。
「そうですか? ……では、私あそこに行きたいです」
と白々さんが指さす方を見てみる。
そこはこんな田舎町ではあまり見ることがない、小鳥カフェだった。
まったりできる所で、可愛いものを愛でる。
可愛いものと、可愛い人のふれあい。
僕は、白々さんがしたいがままにそれに付き合う。
白々さんは時折僕の体調を伺いながら、僕が行けそうな所を選択して、この施設を楽しむ。
気を使われてることに気づきながら、それを自然にやってのける彼女に、僕はこのまま身を任せていた方がいいんじゃないかと思い始めていた。
リードしたいけど、苦手で全くできなくて、結局白々さんのペースで動いている。悔しいけど、それで落ち込むことはなくて、彼女の思うがままに動いてる方が、僕達の関係は向いているんじゃないか……なんて考え始めていた。
昼食も、できるだけさっぱりしたものを食べ、僕は段々と体調が良くなっていき、お昼には完全復活を遂げていた。
けれど、僕は完全に復活したことは言わず、いつも通り接しながら、僕達はショッピングをしていた。
様々な洋服店が立ち並んでおり、いろんな店を見て回る。
あれがかわいい、これもいいと、白々さんは色々試着したり。
僕が、進めた服も試着してくれたり。こういうのが好きなんですかと僕の趣味がバレたり、でもそれにのってくれたり。
予定とは違うけど、無理をしない、楽しいデートができていた。
服を見ていた次は、変なものがたくさん置いてある雑貨屋に入る。
変なものをみて、いじったり、面白がったりしていると、奥の方に小さくコスプレグッズが置いてあった。
そこに置いてあったウィッグをみた白々さんが、何を思ったのか、徐にサンプルの長い黒髪ロングのウィッグを手に取り僕にかぶせてきた。
「ちょ、ちょっと……なんですか?」
僕は突然の行動にあっけにとられていると
「……長髪だと女の子みたいですね」
なんて真面目な顔して行ってくる。
「なっ……何言ってんですか……やめてくださいよ」
僕は思わず照れしまう。
「! あ、亜樹くん……着替える気はありますか?」
ハッとした顔で、白々さんはいたって真面目な雰囲気でそんなことを言い始めた。
「え、なんで?」
「……私、亜樹くんをコーディネートしたいです!」
何を言い始めたのかと思ったが、白々さんはいつもと違う感じで興奮しているようで、サンプルで僕にかぶせたウィッグを購入すると、今度は再びレディース服を物色する。
「……露出が高すぎても雰囲気が違うし……けどおっとりし過ぎても違うかぁ……」
など、ぶつぶつと呟きながら、今までにないぐらい真剣な表情で服を選んでいた。
僕は内心嫌な予感しかしていなかった。
そして……僕は言われるがまま、言いなりになっていると……何故か女性物の服に全身着替えていた。買ってきたウィッグもしっかりとつけて。
「かっわいい~!」
と、女性物の服に着替えた……基、女装した僕を見て、白々さんは目をハートにして可愛い声で言った。
「亜樹くんすっごく可愛いですよ! もうこれは女の子にしか見えません!」
「そ、そんな……止めてくださいよ……そんな風に褒められてもうれしくありません……」
慣れない服装にもじもじと恥ずかしそうにしてしまう。てか恥ずかしい。
「あ、亜樹くん、声も少し裏声気味に喋ってもらっていいですか?」
「え? ……こ、こう?」
裏声を出してみると、
「完璧です! もう完全に女の子です! 亜樹ちゃん!」
今までに見た事ない過去最高潮のテンションでそう言った。とりあえず、喜んでもらえたようで僕は無心になって着替えてよかったと思ってもない事を考えた。
「……じゃあ、もう着替えてもいいですかね?」
いち早く着替えたかった僕はそういうと、
「え、せ、せっかくだからその恰好でデートしてください!」
「……は? うそだろ? これ、お前か!?」
「……はぁ!? そ、そんなの嫌ですよ、恥ずかしい過ぎます!」
今でもかなり恥ずかしいのに、こんな格好で歩き回るなんて拷問でしかない。
「わ、私が買ってあげますから! お願いです! こんな貴重な体験中々できないんです~!」
これまでにないぐらい必死に頼んでくる白々さん。これまで我儘はあったが、懇願する頼み方は初めてで、僕は断ることができなかった。
……正直な事をいうと、僕は女装したことを、段々と良かった事と思い始める。
「亜樹ちゃん、次あそこいこう!」
僕の手を引いて白々さんはそういう。
「ん~おいし~! ね、それ私にもちょうだい!」
恥ずかしがる様子もなく、僕の食べていたアイスをぱくりとかじりつく。
……僕がよかったと思ったこと。それは、白々さんが、仲のいい友達のように接してくれるからだ。昔よりは和らいだけど、白々さんは普段敬語で僕と話すが、女装した僕、白々さんがいう所の亜樹ちゃんになった僕に対して彼女は全然壁がなくて、いつも以上に遠慮がなく、近い距離で一緒に行動できた。
僕は彼女と近しい距離になれた喜びで、女装を受け入れ、意外と周りから変な目で見られることも無く、白々さんとのデートを楽しんでいた。
「あ~楽し~!」
カフェに入り休憩していると、白々さんは噛み締める様に言った。
「そんなにいいですか?」
僕は言われた通り裏声で会話をしていた。ずっとやってると段々と慣れくるもので、わりと普通に喋れていた。
「すっごくかわいいよ~! ねぇ、よかったらまた亜樹ちゃんで会ってくれない?」
「ま、また?」
「うん! わたし、こんな風に女の子の友達となんにも気にしないで遊ぶの夢だったんです」
完全に女子扱いなことに僕はすでに慣れていて、違和感を感じず、
「……まぁ、たまにならいいですよ」
と、まんざら女装することが、悪くないなんて思っていた。
「やった~ありがとう亜樹ちゃん! 次どこいいこっか?」
「あ、ちょっと待ってね」
と、僕は施設のサイトを見るためにスマホを取り出す。
僕はネットにつながるアプリを起動しようとするが、操作をミスし、メモ帳アプリを開いてしまった。
「……あ」
僕は開いたメモをみて、素のそんな声が出た。
一番新しいメモのタイトルには……頼れる男らしさと書いてあった。
僕はそこでようやく、このデートの本来の目的を思い出した。
頼りになる男らしさを調べ、日向にもいろいろ手伝ってもらって、かっこいい服選んでもらって。いろんな準備をしてきた。
けれど、今のこの状況はなんだ? 僕はレディース服に身を包み、長髪のウィッグをつけて、好きな人に女の子として見られている。
僕は、自分がいま男としてどれだけ情けない恰好をしているんだと気が付き、全身から寒気がした。
「ぼ、ぼくそろそろ着替える……」
震えた声で僕は徐に立ち上がる。
「え〜! もう終わりですか!?」
自分の情けなさに気が付いた今、彼女の言葉が、僕を男として見ていない、女にしか見えないと煽ってるように聞こえる。
そんなわけないと頭で分かっていても、感情が昂ると思考は役に立たず、勝手に口は感情を吐き出してしまう。
「もう終わりですよ! 僕は男なんです! 女子と出掛けたいなら他でやってくださいよ!」
初めて見せる僕の怒り。僕は言葉にした瞬間、静寂に気が付き、ハッと冷静になる。白久さんの顔を見ると、今まで見た事ない、怯えたような、驚いたような驚愕した顔で僕の顔をじっと見ていた。
僕は心臓が握りつぶれそうな感覚を覚えると、
「と、トイレ……」
と言って、逃げるようにその場を後にした。
僕は、元来ていた服が入ってる袋をコインロッカーから回収すると、
男子トイレの個室に駆け込み着替えながら後悔する。
馬鹿、なんであんな事言ったんだ。彼女は悪くないのに。うまく出来ない自分が悪いのに。しかも逃げるようにトイレに来て。
謝らないと。早く戻って謝らないと!
謝罪をすることで頭が一杯になった僕は急いで着替え、さっきのカフェに帰ってくる。
「……あ、あれ?」
しかし、そこに白久さんの姿はなかった。周囲を見渡しても、白々さんの姿はない。
さらに心臓がキュッと締まる。動悸が早くなる。ヤバい。やってしまった。これはまずい。
焦りながら白々さんを探す。店の近場、当てもなく歩く人達、あらゆる所を探しては元の場所に戻り、それを繰り返す。
しばらく探し、元の場所で項垂れたように座った。
後悔で頭はパニック状態。嫌われた、嫌われてしまった。嫌だ……嫌われたくない! 全身から冷たい汗が流れる。目眩と吐き気が全身を襲う。
感情がブレブレで定まらず、僕はふらふらになりながら施設内を探し回った。
無情にも時間は過ぎていき、もしかしたら戻ってくるかもと元居たカフェが見える休憩所でまっていたが、閉店時間になっても、彼女はもどってはこなかったのだった……。
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