第2話 絶望の日々 1

「今日はありがとうございます」

 街中を私服姿の白々さんと二人で横並びに歩いていると、白々さんは申し訳なさそうに謝ってくる。

 何故街でデートしているのか。それは昨日の夜、僕の頭が真っ白になった後の事だった。



 頭が真っ白になっている僕に、白々さんは言葉を付け足した。

『わ、私男子の友達がいなくて……男の人と一緒に遊んでみたいんです!』

 僕は告白かと思ていたので、勘違いだと慌てて彼女の言葉を受け入れる。

『そ、そうなんだ!』



 そういって、今日遊ぶことになった。

 彼女と別れ、家に変えてきて自室に戻ると落ち着いて考える。

 これってデートじゃない?

 僕はその事実に気が付くと、一人でバタバタとよくわからないテンションでどうしようと部屋の中をうろうろしていた。

 僕も女子と遊んだことなんか一度もない。そんな縁生まれてこの方一度もなかったからだ。

 デートの秘訣。そんなの僕にはわからない。

 僕の部屋にある本を漁る。しかし僕の部屋に恋愛物はない。そういうシーンこそあれど、現実に当て込むのは至難の業だ。

「いくつもの試練を乗り越えて……そんな展開じゃないし〜……」

 一人でぼやきながら現代世界を題材とした小説や漫画を当たる。

「昭和のデートじゃあなぁ……今時のデートってどうするんだ?」

 思わず困惑していると、不意にベットのサイドテーブルに置いてあるスマホが音を鳴らす。

 着信の名前を見てみると、そこには日向と書いてある。

 救世主! と思いながら僕は慌てて電話に出た。

「もしもし!」

『よーっす。なぁ、明日ボウリングいかね? 朝から投げると5ゲームで1000円だってよ!』

「そんなのどうでもいいから!」

 切羽詰まった僕は呑気な誘いを切り捨てた。

『おま……どうでもいいって……』

 遊びの誘いを一言で切り捨てた僕に日向は戸惑っていたが、今の僕に構ってる余裕はなく。

「デートする時ってどうしたらいい!?」

 と立て続けに聞いていた。

『……デート?』

「そう! デートする時ってどうしたらいいの!?」

『……待て、お前デートするのか?』

「……え」

 切羽詰まってた僕は気が付かなかったが、自分がデートをする、と公言する事が急に恥ずかしくなる。咄嗟に誤魔化し始める。

「えっと……違うって! 友達! 友達に明日デートするからアドバイスくれって言われたの!?」

『どの友達だよ。凩修斗こがらし しゅうとか?』

 中学校の頃の友達の名前を出す。あいつがデートとか絶対ない。

「ち、違うけど……とにかく聞かれたの!」

 そうだと言っとけばいいけど、思わず曖昧に誤魔化してしまった。

『ふ〜ん…。それで? デートの何を知りたいって?』

「えっと……デートのイロハ?」

 ざっくりとした疑問に、日向は真面目に考えてくれた。

『ふむ、だったらまずは行き先だな。デートは女性を楽しませるものだ。独りよがりにならないよう、女子が好きそうな所を選ぶんだ』

「どこそれ」

『それは相手によるだろ。まぁ、無難な場所ならショッピングセンターとかな。新しい物もあるし。買い物とか女子は好きだぞ』

「なるほど……」

『まぁ、詳しくはスマホで調べろよ。雰囲気のいい所にしろよ』

「わ、わかった」

「まぁあとは服装だが……お前デートする服持ってるの?」

「あ……ああああ〜!」

 そうだ。デートの時気を付けること。肝心な服装があった。

 僕は慌ててスマホを片手に収納を開く。

 僕はおしゃれに疎く、興味もない。無難な服を無難なようにしか着ていない。

 収納を探してもやはり大した服は置いていない。

 店も既に閉まっている時間。買いに行くことも出来ない。

「どうしよう日向……服がないよ!」

「そうか…まぁ有りものでやるしかないな。コーディネートしてやろうか?」

「いいの!?」

「ああいいとも。服の写真送ってくれ」

「うん!」

 僕は意気揚々と写真を日向に送る。

 ……その後、日向に言われるがままに服を選んでゆく。

 この時、僕はデートじゃないとごまかす事などとうに忘れていて、日向と電話を切る時、ようやくそれを思いだして恥ずかしさを誤魔化すようにして眠りについた。



 そんなこんながありながら、こうして白久さんとのデートが始まったのだった。

 何処か僕の知らない目的地に進みながら僕達は会話をする。

「すみません、私の我儘に付き合っていただいて」

「僕は別に暇なので。……所で、何処に向かっているんですか?」

 僕達は白々さんが行きたい所へと向かっていた。僕が昨日寝不足になりながら考えたデートプランは必要なさそうだ。

「何処だと思います?」

 悪戯に笑いながらそんなことをいう。

「そんなのわかんないですよ」

 なんのヒントもないその問いに、僕は素直にそう答える。

「こういう時は何でもいいから答えをいうんですよ。さぁ、どこでしょう!」

 嬉しそうにいう彼女に、僕は考えてみる。

 男子と出掛けたいという名目のお出かけ。

「ショッピングセンターですか?」

 昨日の日向の話を真に受けて真っ先にそう答えた。

「……東條さん、考えて行ってます?」

「え、い、一応」

「この先にそんな場所があると思いますか?」

 今学校近くの住宅地を歩いている。こんな住宅地の真ん中を抜けた先に、そんな場所はない。

「思いませんね」

 デートの行き先ばかり考えすぎて今いる場所からの推測を怠りすぎた。

「ちゃんと考えて答えてくださいよ~。この先にあるのはなんですか?」

「何かあったかな……図書館はもう少し先にあるけど……」

「正解です!」

「え?」

「図書館です。私が向かっているのは」

「……なんで?」

「東條さん、本がお好きなそうなので、そういうところがお好きかなって」

「……まぁ、たまに本借りるけど」

 僕の好きな所へ行く。その彼女の行動に、僕は昨日日向に言われたことを思い出す。

『相手の興味ありそうな所に行け。そうすると、相手は自分のこと分かってくれてる! って思うから』

 体験して分かる。たった1日しか一緒にいなかったのに、白々さんは僕の事を分かってくれていた。そんな彼女の提案に、僕は男ながらにときめいていた。

 ……って、これはまずい。僕がときめいてどうすんだ。

 男の僕がリードされている。男らしい所を見せなければ。



 胸に誓いながら図書館につくと、白々さんは突如提案を始める。

「私に本を選んでいただけませんか?」

「へ?」

「私も本は読むのですが、恋愛ものが多く、あまり他のジャンルの本を読みません。でも、東條さんの朗読を聞いて、少し興味が湧いてきました。初心者でも分かりやすく、面白い本を教えてほしいんです」

「なるほど、いいですよ。小説と漫画どっちがいいですか?」

「どちらでも構いません。ただ、できれば短編であると助かります」

「分かりました。う~ん、どうしようかなぁ……」

 何が彼女にオススメだろうと考え始めると

「逆に……東條さんには、私のおすすめの本を読んで欲しいです」

 と、少しもじもじしながら白々さんが言ってきた。

「え? なんで?」

 僕は何も思わず、それが何故なのかまったく理解できず、はっきりとそう言っていた。

「……私が好きな物を知って欲しいからです……駄目なんですか?」

 頬をふくらまし、拗ねる様に上目づかいで睨まれる。

「あ、いえ! いいと思います! ぜひ読ませてください!」

 そんなことを言われたことも無く、思ったことも無い僕は、慌てて彼女の意図を飲み込む。

 自分の好きなものを誰かに知ってほしい。好きな事を隠してきた僕には、考えられもしない発想だった。

 僕達は一度その場で解散し、お互いの本を探しに行くことに。



「う~ん……白々さんが好きそうな本……」

 僕はファンタジーコーナーで頭を悩ませていた。

 思い返してみれば、僕はまだ白々さんの事を何も知らない。何処に住んでいて、何が好きで、どんなものに興味があるのか。

「……今日がそのチャンスかぁ」

 僕は基本的に人に興味を持とうとしない。それは、過去から今までの経験で、他人と関わって嫌な思いをすることが多かったから。

 でも、考えてみると不思議で、僕は白々さんの事をもっと知りたい、そう思った。

「知ってもらう……か」

 そこに、彼女が先ほどいった言葉を思い、本棚を眺める。すると、僕の目に留まる本があった。僕はその本を少し眺めながら考えると、意を決してその本を手に取った。



 待ち合わせとしてた受付近くで僕は白々さんを待った。

「お待たせしました」

 白々さんも一冊の本を持って戻ってくる。

「私が読んで欲しい本はこれです」

 両手で本を僕に差し出してくる。

 僕は本を受け取りタイトルを見る。

『幸せの形』

「どう言ったお話なんですか?」

「読んでからのお楽しみです」

「……は、はい」

 どうやら教えてはくれないらしい。

「東條さんは何を選んでくれたんですか?」

「僕はこれを」

 片手で差し出す。

「これは…ファンタジー小説ですか」

 白々さんは表紙をまじまじと見てそう言った。

「僕も同じです」

「?」

「読んで欲しい本を選びました。僕が本を好きになったきっかけの本です」

 大層有名になった本でもない。小学校のころ、何気に読んだ本というだけのこと。そんな本を教えるなんて、少し恥ずかしさもあった。

「それは楽しみですね!」

 けれど、嬉しそうに笑ってくれる。僕はその表情を見てホッと一安心する。

「では、次はどこに行きましょうか」

「え、図書館はもういいの?」

「はい。読むのは帰ってから出来ますから。それより、東條さんと遊びたいです!」

 真っ直ぐ迷い無く彼女はそんな事を言う。わかりやすく僕も嬉しくなり、

「じゃあ……どこ行きましょうか」

 と僕は思わずそう問いかけていた。ここは提案するべきだったんじゃないか? と、言った後に気がつく。

「そうですね……映画館とかどうでしょう?」


 その後受付で貸し出しの手続きを行う。僕が良く利用するので、僕の名義で2冊の本を借りる。

 理想的なデートの流れに、僕は断る理由もなく映画館にやってきた。

「普段映画とか見ますか?」

 白久さんは公開中の映画の一覧を見ながら問いかけてくる。

「友達が見たいって言った時には来たりします」

「私はあんまり来ないのでワクワクしてます! どんなのがいいんでしょうか」

「SF、恋愛、アクション、ホラー……か」

 やっている一覧を見ながらジャンルを口ずさむ。

「SFか恋愛かアクションですね」

 しれっとホラーを選択肢から除外する白久さん。

「ホラーにしましょ」

 僕は、昨日の夜の校舎での事を思い出し、また悪戯心が蘇る。

「えぇ!? 私がホラーが苦手なのはもうお分かりでしょう!?」

 涙目で訴えてくる。しかし、僕は攻めるのをやめない。

「白久さん、僕の癖を治してくれるって言ってましたよね?」

「え? そうですけど……」

「じゃあ、僕は白久さんのホラー恐怖症を治すお手伝いをしてあげますよ」

「そ、そんなの必要ないです! ホラーが怖くたって困らないですもん!」

「まぁまぁそう遠慮せずに」

 僕は彼女の話を聞き流しながらカウンターに向かう。

「えぇ〜!? うぅ……」

 観念したのか、涙目のまま僕の後ろを着いてくる。

 ここで止められれば流石にやめようと思ったが、彼女もなんだか迷っている様子だったので、ホラー映画のチケットを受け取り白久さんに渡す。

「どうぞ。僕の奢りです」

 嫌がるものを見せてお金を取るのは気が引けたので、そう言う事にした。

「う〜……あ、ありがとうございます……」

 渋々受け取りちゃんとお礼を言う。僕は手際良くポップコーンとドリンクを買い、シアターの座席に座る。

 始まるまでの間、何故か白久さんはホラー映画のパンフを買い真剣に読んでいた。

「……なんでパンフ買ってるんですか?」

「じ、事前に情報を入れといた方が怖くないと思いまして……」

「な、なるほど……」

 僕はそんな事無いと思いながらも、思うようにしてもらったらいいかなと思い聞き流すことに。

 いよいよ映画が始まる。ホラーが大丈夫な僕は、映画の中身よりビックリポイントでビクッと驚く白久さんを見ることの方に楽しみを抱いていた。それを見て、僕は以外とSなのかもしれないなんて考えていた。

 そんな時、映画のクライマックス。次から次へと恐怖が襲いかかるシーンに差し掛かる。白久さんは恐怖に耐えられなくなったのか、僕の腕を両手で抱えるようにしがみついてきた。

「!?」

 上映中で声を出せない僕は、内心驚きながら白久さんの方を見る。

 抱きつかれた腕には白久さんの細い腕、手のひら、抱き着くことによる胸元の柔らかい感触。色々な所があたり、僕は映画どころでは無く、違う意味で顔を真っ赤にして心臓がドキドキしていた。

 一方で白久さんは、恐怖から目を逸らせないのか、スクリーンを見つめ続け、照れなど一切なく必死な様子だった。

 それを見て、僕は平然を装いながらも集中出来ないまま、ずっとドキドキしながら映画を見え終える。


「はぁ〜怖かった……」

 昼飯時になり、僕たちはファミレスにやってくると、白久さんはクタクタになった様子だった。

「大丈夫ですか?」

 僕はまだ内心ドキドキしながら平静を装っていた。

「はい……すっごく怖かったんですけど、でもまさか、幽霊が彼女を守ろうとしてる優しい幽霊で、その幽霊が亡くなってしまった母親だと言う展開には思わず感動しました」

「あれは意外だったね。ホラーにもハマりそう?」

「いえ……今回は感動もあって結果楽しかったのですが…道中が辛すぎるので…私はもう見たくは無いです」

 困り顔で言っていたので、心の底から言ってるんだろうなぁと受け取った。

「また挑戦したければいつでもお付き合いしますよ」

 と、冗談交じりにいうと、

「あはは……」

 と苦笑いをされてしまう。

 怖がり疲れたのか、お腹がペコペコだと言う事で僕達は早々に注文を済ませ、運ばれて来た昼食をとりながら談笑する。

「肉好きなんですね」

 僕は白久さんの元に運ばれた大きなステーキランチをみて思わず聞いていた。ファミレスで女子はステーキを頼むイメージがあまりなかったので正直に驚いていた。

「はい! お肉美味しいですよね! ハンバーグも美味しそう……」

 僕のハンバーグランチを見ながら小さく呟く。食欲旺盛だなぁ。

「少し食べますか?」

「いえそんな! 大丈夫です。流石にそれはまだ早いと言うか……」

「……なにがです?」

 早いってなんのことだろう。

「え? だって普通しないですよ……ね?」

「何を?」

「その…あ〜んとか……そういうのは、もっと親密になってからで……」

 あ~んという効果音に、僕が白々さんの口に直接食べさせる、あれだと気が付く。

「……普通に切り分けたらいいんじゃないですか?」

 と、僕は冷静に言い捨てた。

「え? ……あ、そうですよね! 普通そうですよね! すみません、私勘違いを……」

 顔を赤くして手をパタパタして顔を隠す。

 そう言う彼女を見て可愛いと思いつつ、僕は彼女が最初にい言った言葉を思い出す。

『男の人と遊んでみたいんです!』

 この言葉が恋愛関係としてのものであれば、白久さんは僕を付き合い立ての彼氏として見ているかもしれない。恋愛物好きって言ってたし。

「して欲しいんですか?」

 と、また僕は悪戯っぽく問いかけた。

「え? そ、そんな! いいです!」

「遠慮しないで下さいよ」

 僕はまだ口をつけてないナイフとフォークでハンバーグを切る。

「僕は今とっても楽しいです。白久さんの我儘なら何でも言ってください。とことんお付き合いしますから」

 一口サイズに切ったハンバーグを、僕は白久さんに差し出す。内心、こんな彼氏面している事に高揚感でドキドキしていて、その気持ちを抑えながら、出来るだけカッコよく振る舞っていた。

「…………」

 少し躊躇しながら、白久さんはあ~んと口を開き、ハンバーグをパクりと食べた。

 咀嚼し飲み込むと

「……お、美味しいです」

 視線を流しながら、照れたように白久さんはそう言った。

「それは良かったです。さ、冷めないうちに食べましょ」

 僕はなんて大胆な事をしているのだろうと思いながら、色々な昂りを誤魔化すため、いそいそとそのまま手に持ったままのナイフとフォークでハンバーグを切り食べ始める。

「あ……」

 すると、小さく白久さんが声を漏らす。

「? どうかしました?」

「い、いえ……なんでもないです」

 何故か目を逸らし、少し照れた様に白々さんはそういうと、食を進める。

僕は正直、緊張と高揚感であまりご飯の味は分からなかった。

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