第1話 崩壊の始まり 2
彼女を背中で感じながら僕はゆっくりと歩き廊下を進んでいく。背中にぴったりとくっ付いてくるので少し歩きにくいが、この際仕方がない。
「つ、着きましたか!?」
まだ数歩しか歩いてないのに白々さんが必死な声で聞いてくる。
「まだ一教室分しか歩いてませんよ」
「そ、そうでしたか……」
相当怖がっているようだ。ここまで怖がっているのを見ると、少し楽しくなってくる。
「もうすぐ階段です。流石に階段は目を開けないと危ないですよ」
「で、ですが……もし向かいの窓になにか見えたら怖いじゃないですか……」
「見えませんって……。ほら、外しか見えませんよ」
窓の外にライトを照らしてみるが、何も見えない。
「じゃ、じゃあ……手を引いて下さい……。ゆっくり降りますから……」
仕方ないので、右手で白々さんの手を引きながら、左手で手すりを掴んでもらうことにした。
「は、離さないで下さいね……」
「分かってますよ。ゆっくりでいいですから降りて下さい」
僕は数段降りた所から白々さんを見守る。
ぎゅ~っと目を閉じながら、足を恐る恐る伸ばし、一段下の段の高さを探る。つま先が下の段に当たると、ようやく一歩を進む。それを何度か繰り返したところで、
(……遅いなぁ)
心の中でそう思っていた。一回一回段の高さを探るので、本当に時間が掛かる。
そこで僕は、ここまで怯える彼女をどう驚かそうかと考えていた。脅える姿が可愛いと言うか、脅かしたらきっと良い反応をするんだろうと思ったのだ。
ここは都合も良く使われなくなった旧校舎。脅かせそうな道具ならいくらでもあるだろうし、適当な理由も付けられる。
「……東條さん?」
「……ん? 何ですか?」
「どうして何も喋らないんですか?」
「え? いや……別に?」
他ごとを考えていたとは言いたくないし、まさか脅かそうと考えていると悟られたくなかったので適当にごまかす。
僕は少しワクワクしながら彼女を見守り、階段も半分を降りた折り返しの所までやってくる。
「ひとまず半分です」
「は、はい……な、何もいませんよね?」
「だから何も出ませんって……ん?」
僕はワザと何かに気が付いたような反応を見せる。
「ど、どうかしたんですか?」
不安そうに僕の演技に反応する。
「いや、今階段の下で何かが動いたような……」
本当は何もないけど、そんなことを言ってみた。
「ひっ!? 何かってなんですか!? 階段の下って……これじゃ降りられないじゃないですか!」
小声でそう訴えてくる。お化けに気付かれないようにしてるのかな。手の力もぎゅっと強くなる。
「大丈大丈夫。気のせいだって。それかネズミかなにかの生き物だよ」
そう言いながら僕は手を引っ張って先に進もうとする。
「待って! 待ってください!」
しかし、抵抗されてしまう。
「どうしたんですか?」
「お化けのいる方に進むなんて何考えてるんですか!」
目を閉じながら必死に訴えかけてくる。生き物だという説を聞いてはくれなかったようだ。
「いや、でももう通り過ぎてどこか行っちゃったよ?」
「で、でもさっきまで居たってことは、近くにまだいるってことじゃないですか!」
「まぁそうかもだけど、どちらにしてもここにいたらいずれこっちに来るかもしれないよ」
「! そ、それは大変です! 早く逃げないと!」
「早く外に抜けた方が怖がらなくて済むと思うよ。さ、維持張ってないで行きますよ」
そう言って再び手を引っ張ると、少し抵抗感はあったがゆっくりと従うように着いて来た。
「う~……」
白々さんの小さく唸る声が聞こえた。が、気にしないふりをして僕達は再び階段を降り始める。
今のはただの序章に過ぎない。次はどんな事をしてみようかな。そう考えながら階段をゆっくりと下りていく。
階段を無事下りると、白々さんは再び僕の背中にくっつくように、3階の廊下を歩き反対側の階段に行く。さっきの階段は物が多く、降りることが出来ないからだ。
少し慣れてきたのか、歩く速度も少し早くなってきたなぁと思っていると、
「と、東條さんは何故そうも平然としていられるんですか……?」
と、僕がまったく怖がらない様子に疑問を思ったのか、小声でそう聞いてきた。そして、立て続けに自分の話を始める。
「私本当に得体の知れない物が苦手で……なにが苦手なのかははっきりとは分かりませんが、ああいう不確かな存在って――」
白々さんがそう言いかけたところで、僕は言葉を止める。
「白々さん、静かにして下さい……」
さっきまでイタズラをするかを考えていたが、遠くから、僕らとは違う足音が聞こえた気がしたからだ。
耳を済ませると、遠くの方からコツ……コツ……と音が聴こえる。やはり足音のようだ。
「……あ、足音が聞こえませんか?」
白々さんも気が付いたようだ。何故足音が聞こえるのだろう。ここは使われなくなった旧校舎だ。誰かがいるとは思えない。
もし、この場所に人がいるとしたら、僕達みたいな不法侵入か、そんな人がいないかどうか見回ってる先生ぐらいなものだろう。
そう確定付けた僕は、白々さんを脅かして遊ぼうなんて考えは途端に消えて、どうにかして見つからないようにしなければと考える。
立ち止まっていれば、足音は近づいてくる。逃げなければ見つかってしまう。
「……絶対に大きな声を出さないで下さいね」
携帯のライトを消しながら、僕は白々さんに釘を打つ。幽霊か何かだと思っているのか、完全に脅えている白々さんは、僕の言う事に激しく首を縦に振る。
足音が階段を上がる音に変わった。このまま階段を上がられたら確実に鉢合わせになる。
僕は足音を忍ばせながら近くの教室の扉に手を伸ばし、扉を開けようとする。
ガチャガチャッ!
しかし、鍵が閉まってるのか扉は開かなかった。
「しまっ……!」
思わぬ出来事に僕は慌てる。扉が開かないんじゃ隠れようが無い。
「ん? 誰かいるのか!?」
下からは扉の音が聞こえたのか、足音が早くなる。
僕は慌てて背中に捕まる莉愛さんの手をつかむと隣の教室の扉に行く。手を引く白々さんは僕の行動に迅速に対応してついてきてくれる。目を閉じてるとは思えなかった。
隣の教室の扉をに手を掛けると扉は音を立てて開いた。
音は出てしまったが、正直彼女を引き連れながら逃げ回るのはしんどい。この教室でばれないようにやり過ごすしかない。
中に入ると、そこはどうやら美術室のようだ。中にはデッサン用の石膏象や絵の具、キャンバスなど、美術用品がいくつも置いてある。
なんてラッキーなんだ。僕は隠れ過ごすということより、もっと確実にばれない方法を思いついた。
それには白々さんがいてはやりにくい。どうにかして彼女には隠れていてもらいたい。
しかし、結構な力で手をぎゅっと握られている。かなり脅えてるこの手を振りほどくのは、流石に気が引けた。
まずは彼女の気を落ち着かせて、待機していてもらわなければならない。
他に何かないかと辺りを見回すと、片隅に取り残された教卓があった。僕はそこしかないと、慌てて教卓の裏に白々さんを連れていく。
「ここに入って!」
半ば無理やり彼女を教卓の下に隠す。
「え? え!?」
涙目で彼女は状況を理解出来ないまま教卓の下に入ると、怯えた目で僕を見た。
僕は言い聞かせる様に彼女の目をしっかり見て言い聞かせるように伝える。
「白々さん、このままじゃ、僕達は見つかって大変な事になる。もう二度とここにはこれないかもしれない。だから……僕は幽霊退治にいってくる」
「ま、待って……一人にしないで……」
涙目で、声はすがるように震えていた。本当に幽霊だと思っているようだ。
落ち着かせるために白々さんの肩を押さえ、優しく語りかける。
「大丈夫。ここにいれば幽霊には出会わないよ。僕が白々さんにお守りを上げるから」
「お守り……?」
「そう。これだよ」
そういって、僕は先日ゲーセンで取ったキーホルダーを彼女に渡す。別に魔除けなどの効果は何もない。ただの気休めだ。
「幽霊が近づかないようにおまじないをかけたお守りだよ。それを持ってれば幽霊はやってこないから大丈夫」
彼女を安心させるように彼女の頭をポンポンと叩く。
「わ、わかりました……」
そういうと、彼女はキーホルダーをぎゅっと握り締め、力強く目を閉じた。
「じゃあ、行ってくるね」
そういって、僕は全力で幽霊退治……基、先生退治を開始する。
「ったく……やっぱ誰か入り込んでるな」
東條の思惑通り、学校の体育教師が旧校舎の見回りに来ていた。
先日旧校舎の机を使うために入り口の施錠を外していたが、その時に絞めたはずの扉が開いていたのに気が付き、
誰かが中に入り忍び込めるようにしたのではないかと疑っていたからだ。
「見つけたら自宅謹慎だな」
などと独り言を言いながら階段を上がる。3階に上がるとまず廊下に石造の頭が転がっていた。
ひび割れたその石像は、薄暗い旧校舎では不気味に見える。
「…………」
しかし、教師は気にせずに廊下を進んでいくと、ボロボロな頭だけの石膏像がいくつも転がっている。足元の石膏像には、少しだけ赤い血のようなものが付いていた。一個一個道を作るように転がっている石膏像を辿っていくと、石膏像についている赤い血の量が増えているような気がした。
廊下の半分ほどまでくると、思わず生唾を飲み込み、教師は足元を照らしていたライトをバッっと進行方向に向けた。
そこには、真っ赤に血塗られたたくさんの石膏像が一か所に集められていた。
「ひっ……!」
悪戯なのかわからないが、不気味な事に変わりはなく、思わず口元を抑えて声が出ないようにする。
しかし、次の瞬間、教師がライトを当てているところに、パッと影が現れる!
教師の背筋に悪寒が走る。
その影はヒト型のようだが、羽のようなものが生えていて、手には人の首のようなものを、髪の毛をつかむようして手に持ち、呆然と立ち尽くしていた。
そしてゆっくりと首を持ち上げ、鋭い歯の生えた大きな口を開けると、首を口の中に入れ、むごたらしく口を動かし首をぺろりと食べる。
教師は恐怖で動けなかったのか、その一部始終をじっと見ていた。
そして、首を食べ終えた影は教師に気が付いたのか、影は段々と大きくなり、教師へと近づいてくるような動きをみせた。
「わああああああああああああ!!」
その動きに、教師は何を思ったのか、叫びながら来た道を全速力で戻っていった。
その場から猛烈な速度で走り去っていく。階段を転げ落ちる音が聞こえ、再び叫び声と共に声がフェードアウトしていく。
「ふぅ……」
なんとかなった。流石に見つかるかと思ったが、なんとかなるもんだ。
僕は階段の途中で、自分のライトの前に立ち、背中に羽根ペンをつけ、手には赤と黒を混ぜて血に見せた絵の具が付いた筆を持ちながら僕は安堵していた。
こんな子供だましな方法でも、場所が場所ならちゃんと怖がってくれるもんだな。
落ち着くのも程々に、放っておいた白々さんが心配になり、急いで迎えに行くことにする。
……ある程度片づけておこう。白久さんが卒倒しそうだ。
「白々さん」
美術室に戻り、大声を出すわけにはいかないので、小声で呼ぶ。
呼んでも返事は無く、教卓の下までいくと丸くなって震えている白々さんがいた。
「白々さん。もう大丈夫ですよ」
側で声をかけると、彼女は目を開き、脅えた目で僕を見た。
「……東條さん!」
僕の顔を見るやいなや、白々さんが僕を押し倒さんばかりの勢いで抱きついてきた。
「うわぁ!」
僕はバランスを崩し後ろに倒れる。
そんな事はお構いなしに、彼女はぎゅっと力強く僕を抱きしめる。
「は、白々さん!?」
そうすることによって、女の子の特徴である柔らかい部分が強く僕の身体に触れ、僕は顔を真っ赤にして慌てていた。
「東條さぁ~ん! よ……よかっ……よかったっ~! 無事でした! 大きな物音がしたとき、東條さんが死んじゃったのかと思いましたぁ~!」
しかし、僕の気にしていることなんて彼女にはどうでも良さそうで、声は上擦り、涙でちゃんと喋れていなかった。
心配してくれたことをしると、僕は嬉しくなり、思わず笑みがこぼれる。
「もう大丈夫ですよ。幽霊は僕は追い払いました。もうここには戻ってきませんよ」
抱きつく白々さんの頭を撫でながら、彼女を安心させるように優しく声を掛けた。
彼女が泣き止むのを待ってから、僕達は最初と同じ要領で、校舎の出口につく。僕は通期窓のある部屋まで行くと、
「ど、どこ行くんですか!? 出口はあっちですよね?」
と、うっすら目を開けていたのか、後ろの白々さんが本来の校舎の出入り口を指さしていた。
「でも、あそこ開いてないですよ」
「そ、そんなはず……だって、わたし、昨日も今日もあそこから入りましたよ?」
そういう白々さんに僕は扉を確認すると、扉はガチャガチャと音を立てて開かない。
「あ、あれ? おかしいですね……」
疑問に思う白々さんだったが、僕は、さっきの教師が来たことで、その理由は納得できた。
「……先生がなにかの用事でこの校舎のカギ開けて、締め忘れたんじゃないかな」
夜遅くならともかく、暗くなってすぐに巡回の見回りなんて来たことがない。
「なるほど……そのタイミングで私が中に入ったんですね」
白々さんも納得していた。
僕は再び通気窓の教室まで案内し、無事に旧校舎から脱出できた。
深夜の学校を出て僕達は帰路を歩いていた。
「…………」
「…………」
お互いに少し距離をとって、どこか気まずい空気を感じながら喋ることなく歩いていた。
なにか喋らなければと思いながら、あんなことがあった手前どう声を掛けたらいいかわからない。
「えっと……今日はすみませんでした」
僕の方を見ることなく、白々さんが沈黙を破った。
「私のせいで東條さんに多大な迷惑をかけてしまって、本当に申し訳ないです……」
深刻そうに言う彼女に、僕はフォローを入れる。僕としてはそれほど迷惑だなんて思っていなかった。
「いやいや! 僕は全然大丈夫ですよ。寧ろ僕こそなんかすいません」
脅かそうとしたり、裏で楽しんでいたことを伝えることなく謝っておく。
「結果先生には見つからなかったし、先生を脅かそうとしてるときなんか凄くドキドキして、終わってみれば楽しかったですよ」
大変な事態だったけど、先生に一泡吹かせれたのは最高に面白かった。
「……東條さんは優しいですね」
すると、彼女は僕の方を見ることなくそう言った。
「優しくて、楽しくて、頼りになります。……やっぱり、東條さんには彼女さんがいらっしゃるんですか?」
少し困ったような顔をして彼女は唐突にそんな事を聞いてきた。
「そ、そんな人いませんよ! 女子となんてほとんど喋ったことないし、女子にあんなに頼りにされたのだってさっきが初めてでしたよ」
「……そうなんですか」
彼女は少し不思議そうに納得した。
「僕、昔から性格も暗くて、あんまり友達とかもいなくて、頼りがいもなくて……自分で言ってて虚しいんですけどね。だから、あんな風に頼ってくれたのが凄く嬉しくて……って、白々さんは怖がってたのに、嬉しかったなんて失礼ですよね……すいません」
「いえ、私は。私も……今になってみれば、少し楽しかったかもしれません」
そう言って彼女は僕に笑顔を向けた。
「はは……そう思えってもらえて良かったです」
嫌悪感を抱かれていないなら良かった。
「……東條さんといると、なんだか不思議な感じがします」
「え?」
ふいに、彼女が僕にはよく分からないことを口走った。
「時に東條さん、明日は土曜日でお休みですね」
そして直ぐに話題を変えると、彼女はようやく僕の方を向いた。その顔はいつもの彼女と同じ表情だった。
「そうですね。白々さんは休みの日は何してるんですか?」
その表情に僕は安心し、普通に話が出来そうだと感じた。
「色々しますよ! 公園に散歩しに行ったり、お芝居を見に行ったり、家族でご飯行ったり、いろんなことしてますよ!」
白々さんは楽しげに言った。
「家族と仲いいんですね」
「はい! 東條さんはなにしているのですか?」
「本当は本を読んでいたいんだけど、大体友達と遊んでるか勉強かな。ゲームセンターとかには行くけど、あまり一人で出掛けたりはしないですね」
日向達と暇つぶしする程度で、出掛けたり何かしたりは特別な時にしかしない。
「ゲームセンターですか……。行った事ないですね」
「そうなの? まぁ、女の子はあんまりいかないかな」
暇な時に友達と立ち寄ったりしそうだけど。行かない子はいかないのかな。
「他にはどのような場所に行かれるんですか?」
「別に普通だよ。映画見に行ったり、カラオケ行ったり、特別なことは何もしてないよ」
「へぇ~……そういうものなのですか」
意外そうな反応を示す。皆そんなもんじゃないのかな。
「……あの、東條さん」
「なに?」
なんだか改まった感じで僕の名前を呼ぶ。
「もしよければで良いんですけど……その……」
なんだか言い辛そうに言葉を詰まらせる。何だろう。
「僕に出来ることなら何でも言っていいよ」
と、次に出てくる言葉がまったく想像出来ていなかった僕は、軽い気持ちでそう言った。
「……つ、付き合ってくれませんか!?」
ふり絞るように言う彼女の言葉に、僕の頭は一瞬で真っ白に飛んだのだった。
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