第1話 崩壊の始まり 1

 朝起きると寒さがより一層増していた。最高気温は18度だとか。冬の寒さにはまだあるけど、急激に冷えると余計に寒さを感じる。

 そんな事を気にしながら僕は学校に向かっていた。

「お、亜樹じゃん! おっは~!」

 登校途中で僕は田中と出くわした。

「おはよう。……朝から元気だね」

「なんか急に気温が変わるとテンション上がんね?」

「夏になった時も同じ感じだったね」

「おうさ! 俺の取り柄は元気だからな!」

 そんな風に田中とくだらない会話をしながら通学路を進んでいく。

 そして学校の校門に着く。そしてなんとなく僕は校門からも見える旧校舎を見上げ、昨日出会った彼女の事を思い出す。

 一日寝たら、昨日の事が夢だったんじゃないかという錯覚を感じてくる。

 あまりにも衝撃的ではあったが、あっという間の出来事でもあったため、なんとも不思議な感覚だった。

 昨日彼女が言っていた事は本当なのだろうか。

『明日から始めますよ!』

 そんな言葉を残して彼女は去っていった。本当に今日も彼女は現れるのだろうか。

「……亜樹? あ~き~」

 田中が僕の顔の前で手を振っていた。それにより、ハッと現実に戻ってくる。

「ぼーっと旧校舎なんか眺めてどした?」

「別に……なんでもないよ。それより、今日の数学の宿題やってきた?」

 僕はわざとらしく話を逸らし正面を向く。

「あ! やってない! そんなこと思い出させるなよ~! また宿題のこと忘れないといけないじゃんか~!」

「やる努力しようよ……」



 その後はほかの皆とも合流し、いつも通りの流れを繰り返す。

 日向、武、陽介と4人で談笑し、授業を受けてノートをとり、昼ごはんには4人でまたくだらないやりとりをしながらお昼を食べ、また授業を受けて放課後を向かえる。

 帰り支度をする僕のもとに日向がやってくる。

「亜樹は今日も図書室か?」

「うん、続きが気になるからね」

「お前ホント、本好きだな」

「他に取り柄もないからね。じゃ」

「おう」

 僕は颯爽と別れを告げて旧校舎へと向かう。

 嵐のように過ぎ去り、あの人は本当にあの場所にいたのかも曖昧だ。あれは僕の見ていた夢なのではないか。そんな錯覚すらも覚えるほど。

 いつも通り通気窓を抜け旧校舎に入る。

「……あれ?」

 そこで、僕はふと疑問に思う。

 白々さん、どうやって中に入ったんだ?

 入口には鍵が閉まっているはず。先生は鍵をあけて入れるだろうが、白々さんが入る方法はないような気がする。

 他にも入る方法があるのかな? と思いながら、僕はさらに白々さんの存在が妄想ではないかと疑っていた。

 階段を上がる僕の心はいつもと違いドキドキしていた。

 いつもの部屋の前まで行く。物音は聞こえない。彼女はもうきているのだろうか。いなかったらやっぱり妄想だと思うかもしれない。

「ふぅ……」

 扉の前で立ち止まり、僕は一息入れなおし、意を決しゆっくりと扉を開ける。出来た隙間から中を覗き込むように入る。

 すると教室の中に、彼女の姿があった。

 彼女の姿を見た瞬間一瞬ドキッと心が高鳴る。ちゃんと存在してた。

 彼女はいつも僕が座っている窓際の椅子に座り、机に伏せていた。

 寝ているのか? と思った僕は、扉を開け中に入ると音を出来るだけ立てないように気をつけて扉を閉める。

 僕が入ってきても彼女は起きる様子はなく、僕は忍足で彼女の元に近づき机を挟んで向かいに立つと、スヤスヤと寝息が聞こえた。

冷えてきたとはいえ直射日光が当たっているお陰で暖かいのか、気持ちよさそうに眠っていた。

「……白久さ~ん」

小声で呼びかける。起こしていいとは思うが、なんだか起こすのがかわいそうで、僕は中途半端な声掛けをしていた。

「んん……すぅ……」

呼びかけに小さなく唸ると少しモゾモゾと動くが起きる気配がない。随分としっかりと寝ているようだ。

「……すごい速度だ」

 僕もホームルームが終わって急いで来たのに、既に熟睡しているなんて。白久さんも楽しみにしていたのだろうか。

 そう思いながら昨日の楽しそうな表情を思い出す。

 僕は、誰かが僕に興味を持ってくれたことに今更になって喜びを感じていた。

 僕は机の横の鞄を引っ掛ける所に鞄を掛け、声をかける。

「白久さん、起きてください」

 僕はやっぱり起こさないとなぁと思い、普通の声で呼びかける。

 しかし彼女は反応を示さず寝息をたてるのみ。

「……白久さ〜ん」

 少し大きな声で呼びかけてもやはり反応がない。

「…………」

 肩を揺すろうと手を伸ばし、触れる前に手が止まる。

 僕の身体に急に緊張が走る。その理由は簡単で、僕は女子に触った事がないからだ。耐性がない僕は、女子に触れていいのか触れちゃダメなのかを深く考えてしまう。女子に触っていいのはどこだ? 肩触るぐらいなら犯罪じゃないよね。怒られないよね?

 白久さんの肩に恐る恐る手を近づける。悪い事をするわけでもない。けれど、いけない事をするようなドキドキ感があった。

 指先で制服の表面をチョンチョンと触ると、僕はバッと腕を戻し何事もなかった風を装う。

 ドキドキして白久さんの反応を伺うが、全く動く気配はない。やっぱり制服の表面を触るだけじゃダメか。

 僕は再び手を伸ばす。もう少しだけ、強く、チョンチョンと触る。指先に帰ってくる感触に肌の弾力があったから、確実に触った事は伝わったはずだ。

「……ん?」

 触った遅れて数秒。白久さんが吐息のような声が聞こえる。

「……白久さん? 起きてくださ〜い」

 返ってきた反応に呼びかけると、白久さんのリアクションが帰ってくる。

「んっ…んん……」

 モゾモゾと動き、ゆっくりと顔を上げる。

 起きた瞬間でぼーっとしていたのか、机の向かいに立つ僕に気が付いていないのか、しばらくぼーっとしていた。

「……おはようございます」

 淡々と挨拶すると、ようやく誰かがいる事に気が付いたのか、目が少しちゃんと開くき、立っている僕の目線まで顔を上げ、ようやく僕と目があった。

「…………! と、東條しゃん!?」

 数秒目を合わせているとそこでようやく、僕が誰なのかを理解したようだ。あと噛んだみたい。

「す、すみません! 私とした事が! 東條さんの目の前で居眠りなんて!」

 慌てて立ち上がり、恥ずかしそうに頬を染めながら、口元を拭いたり、髪を直したりとバタバタと謝る白久さん。

「い、いえいえそんな……天気もいいし、眠くもなりますよ」

 僕はそう言いながら快晴の空を見上げる。なんとなく視線を外してあげていた方がいいのかなと思ったからだ。

 ひとしきり、白久さんが身だしなみを治すのが終わるまで、外を見ていた。

「すみません、お見苦しい所をお見せしました……」

 ようやく白久さんの動きが落ち着くと、僕は視線を白久さんに戻す。

「それにしても、寝付きいいんですね」

「? どうしてです?」

「だって、ホームルーム終わってすぐなのにそんなしっかり寝るなんて。寝掛けてた〜とかなら友達とかも良くあるけど」

「あ、ははは……昨日少々寝不足で」

「へぇ、何してたんですか?」

「東條さんの特訓の事を考えてました」

「あ〜……そういえばそうだったね」

 和んだ雰囲気の中、普通にお喋りをするだけの気分になっていた所、本来の目的を思い出させられる。

「そんなにしたいんですね」

僕はやっぱり彼女ほど乗り気ではなかったため、やる気のない発言をしてみた。

「それはもう! 色々と思考が止まりませんでしたよ!」

 でも、彼女のやる気は変わっていないようだった。

「……そもそも何をするつもりですか?」

 やる気はないが、この際彼女の話に乗っかる覚悟はしたんだ。僕は何をするのか尋ねた。

「色々考えましたが、まず、私は東條さんのことを知らないといけません。本を読む癖が、どういう経緯で、どういう条件の元出てしまうのかを突き止めるのです」

「原因かぁ……」

「思い当たる事はありますか?」

「う〜ん……気が付いたら夢中になってて喋ってたからなぁ」

「そうですか。では、本を読んでるときどんな感じですか?」

「どんな感じって言われても……無意識になんですよね」

「いえ、喋ってる事象ではなく、読んでいる東條さんの気持ちです」

「気持ち?」

「好きだから読んでるんですよね」

「はい」

「なぜ自分の癖を嫌いながらも、出ることが分かってまで本を読むんですか?」

「…………」

 言われても、僕は本が好きだからと結論が出ている。けど、何故好きなのかを考えたことはなく。彼女はそれを聞いているのだと理解した僕は考えながら話始める。

「物語が好きなんです。人が想像した話。現実を物語に綴った本。理想が詰め込まれた世界。苦難や苦痛が書かれた物語。本には様々な物語があります。本を読んでいるとその色々を経験出来るんです。当然書かれたことしかできませんけどね。自分には波瀾万丈なんてなくて、人生に起承転結がない。だから、物語を読んで、それを頭で経験するんです。そうするこで、自分のことのようにその色々を体験できるから。人に伝えたいと思って綴られた物語は……とても美しいと思ってます」

 言いながらも、恥ずかしくなることを自分で言っているなぁなんて思っていた。

「本当に好きなんですね」

 しかし白々さんは、馬鹿にするでもなく、僕の思いを笑顔で真っすぐに受け止めた。

「言葉にすると恥ずかしいですけど……」

「そんなことはありません。心から好きなのは良いことです」

 さらにそうフォローしてくれるのはとてもうれしくて、少し照れくさかった。

「大体わかりました。では、東條さんは普段通り本を読んでください」

「え?」

「私のことは気にせず、ただ本を読んでください」

「いや、けど、そんないきなり白久さんの前で読むなんて……」

「それこそが最大の特訓です! 私が、一人目のお客様になるんです!」

 至極真面目に、真剣な表情で彼女は言った。

「お、お客さんって…朗読劇じゃないんですから」

 遠回しに読みたくない僕はそう言っていた。するとそれを察したのか、彼女は僕の癖の仕組みを解説してくれる。

「きっとその癖は、人前で読む事に抵抗があるからいけないのです。抑え込むから出てしまう。だから、受け入れて下さい。人前で読む事を。そうすれば、きっとコントロール出来る……と私は思っています」

 彼女は自信満々だった。仮説でしかないその仕組みに、なぜそこまで自信が持てるのか不思議だ。

「わ、わかりましたよ……」

 それでも、僕にはほかに仕組みの仮説はないため、不本意ながらも彼女の提案を受け入れ、鞄から本を取り出す。

「どんな本なんですか?」

「……まぁ、せっかくなら楽しいのがいいと思って、異世界冒険物を持ってきました」

「良いですね! 私ファンタジーも好きです!」

 わくわくした様子で僕を見てくる白々さん。

「えっと……これは僕が読み聞かせをすればいいの?」

「いえ、普段通りで大丈夫です。私の事は気にせず、いつも自分がしているように、穏やかな気持ちで本を読んで頂ければ」

「……はぁ、わかりました」

 微妙に何をしたいのかを理解出来ないまま文章に目をやる。本を読もうとするのだが、目の前に座る白々さんがチラチラと視界に入り、あまり集中出来ない。

 やさしげに微笑みながら僕の方をじっと見てくる。そんなにじっと見なくてもいいのに。

 気にしながらも本を読み進める。しかし、あまり内容が入ってこない。

 普段本を読み始める時、僕を見る人はいない。

 始まりはいつも静かだ。読み始めはいつも椅子に座り、本を読む僕がそこにいる。

 しかし、読み進めると世界は段々変貌を始める。気が付けばそこに本は無く、僕の世界は物語に彩られていく。

 今読んでいるのは中世をモチーフにしたファンタジー世界。広大な世界、見た事のない生き物。多種多様な魔法で彩られた世界へと、僕の意識は溶け込んでいく。

 僕は主人公ではない。当然ヒロインでもない。この物語全てが僕自身だ。

 静かに読み始めた僕は、物語と一体になる事で、次第に白々さんが目の前にいることなど忘れていく。

 現実の僕は立ち上がり、いつしか物語を読み上げている。ナレーションをし、主人公の台詞を読み上げ、悪役の言葉も紡ぎ、ヒロインの台詞すらも言葉にする。感情を込め、抑揚をつけ、さも自分が世界の全てだと主張するかのように。





 既に僕の朗読は止まらない。いつまでも、気が付くことなく続いていく。

「ようやく俺は嘗ての記憶を取り戻した。失われていた幼き頃の思い出。『俺は……この場所を知っている!』記憶を取り戻したレオンは嬉しそうに言った。ここは彼が彼女と出会った場所。それと同時に、全てを失った場所でもあった。失われていたすべての記憶を取り戻し、彼は様々な想いが込められた涙を流した。『……これでようやく戦える。俺は絶対にお前を許さない……。待っていろ……フィルド!』彼の心にはもう迷いは無かった。かつては親友だったフィルドを倒しに、彼は城へと向かっていったのだった」

 身振り手振り、全てを自分で表現する。

「……東條さん」

 そんな中、外から物語にはない言葉が聞こえてくる。しかし、まだ僕の頭にその声は届かない。僕は言葉を続ける。

「『レオン、一人で行く気か?』城の目前までやって来たレオンの元に、長い間共に旅をしてきたノイシュが突如現れる。『ノイシュ! 何故君がここに!』『お前がすることなんて丸分かりなんだよ。最後の砦に一人で乗り込もうだなんて、ホント、お前らしいよ』」

「東條さん」

「『……ここから先は危険だ。お前を一人で行かせて失いたくはない』『おいおい、お前は俺が死ぬとでも思ってるのか? 馬鹿を言うんなよレオン! 俺はお前よりもはるかに強いんだぜ? 他人の心配してないで、自分の心配をして――』」

「……東條さん!!」

「はいぃ!?」

 急な大きな声に僕は体をびくつかせ、唐突に広がっていた物語の世界が粒となって消え、現実に帰って来る。

 現実に帰ってきた僕は、頭が真っ白になり、一瞬何が起きたのかを理解出来ない。しばらく、目を丸くして白々さんの目を見て固まっていた。

「良かった。戻ってきましたね」

 安心したように白々さんは笑い、そう言った。

「え……えっと……ただいま?」

 僕は混乱したまま返事をする。

「ふふっ、おかえりなさい」

 わけがわかっていない僕の言葉に、笑って彼女はそう返した。

「びっくりしましたよ。日が落ちてもずっと本を読み続けるんですから」

 白々さんが言うと、ようやく僕は日が傾き薄暗くなっていることに気が付いた。目に力が入りすぎていたのか、目が酷く疲れているのを感じる。

「そうだったんだ……」

 物語の中にいた余韻が残っているのか、僕は他人事のように答えていた。

 僕は一度目を閉じて、今自分が現実にいることを再確認しようとする。

「……目」

 すると、小さく白々さんが何かを言ったような気がして、僕は目を開ける。

「え?」

「こんな暗い所でそんな小さな文字を読んでいたら目を悪くしますよ」

「そ、そうだね。ついつい夢中になってて……すみません」

 そうして、僕はようやく現実に帰って来た。それと同時に、どっと疲れを感じる。

「それにしても……面白かったです! 本当に東條さんは楽しそうに本を読むんですね!」

 彼女は遊園地に行った帰りのように、とても嬉しそうな笑顔でそう言った。その顔に、僕は照れると同時にドキッとする。

「ず、ずっと聞いてたんですね……」

 褒められる嬉しさと、そういえば聞いていたという恥ずかしさが同時に込み上げてくる。

 そんな僕を気に留める様子もなく、白々さんは楽しそうに言葉を続ける。

「はい! 物語その物を表現している東條さん、とっても素敵でした!」

「そ、そんなことないよ……」

 褒められると照れてしまう。こんな僕の癖を褒めてくれる人なんて誰もいなかったからどうにも慣れない。

「この先レオンさん達の行方が気になりますね」

 白々さんはちゃんと物語の登場人物の名前も覚えていた。

「多分、ほかの物語と同じ様な展開だと思うよ。悪戦苦闘して、最終的にきっと最後の力を振り絞ってレオンがフィルドを倒すんだ。過去の事を思い出して、涙を流しながらね」

 恥ずかしさに僕はそんなメタ発言のような言い訳をしていた。

 すると、白々さんは、机に手をつき、勢いよく立ち上がり僕の言葉を否定する。

「わかんないじゃないですか! そんなの決めつけです! 東條さんがどれほどの本を読んだのかは知りませんが、予想もしない斜め上の展開が待っているかもしれないじゃないですか!」

 そういう彼女の顔は希望に満ちていた。しかし、僕は何故か冷静でつまらない言葉が頭に出てくる。

「そりゃそうかもしれないけど……そういう変わった本って少ないからなぁ。大体、似たような展開で」

 本心で思っている訳ではない。しかし、何故か誤魔化したいときは、変な言葉が出てきてしまう。

 そういう僕に、白々さんは強い熱量で返してくる。

「だったら期待して読みましょうよ! どうせ同じ流れなんだとか考えず、どんなことが起こるんだろうと、ワクワクして先を見ましょうよ! その物語がほかの話と同じとは限らないんですから!」

 強いその言葉に、僕はただの言い訳をしている自分がなんともみっともなくて、ようやく折れることが出来た。

「……そうですね。期待してみるって言うのも一つの楽しみ方ですかね」

 適当な言葉を見つけて、彼女の楽しむ、という真っすぐな気持ちは凄いなぁと感心しながら僕は当たり障りのない答えをしていた。

「そうですよ! 大好きな本なんですから、楽しく読まなきゃ損じゃないですか! ですから、また続き聞かせてくださいね」

「ま、またやるの?」

「はい。東條さん、普通に私の前で本読めてましたね」

「……今考えると相当恥ずかしいんですけど」

「大丈夫です! とても楽しかったですよ!」

 大丈夫かどうかは僕が決めたいんだけど……そう思いながらも、確かに読めていた自分に驚く。

「やっぱり、受け入れてくれる環境なら大丈夫なんですよきっと」

「受け入れてくれる環境?」

「人前で読めないのは、きっと否定されたから。人に聞かれたら怒られる。声を出しちゃいけないんだという、強いプレッシャーから着てるんですよ。それを脱ぎ捨てればきっと大丈夫なんですよ」

「……そうなのかな」

「はい! だから、慣れればきっと、人前で本を読む事に抵抗がなくなるはずです!」

「だといいですけど……」

「ひとまず、私の前で本を読む事に徐々に慣れていきましょう。抵抗が無くなれば、次の段階にステップアップです!」

「次の段階ってなにするの?」

「え、そ、それは……その時まで秘密です!」

「そうですか……」

 何も考えてないのが見え透いていたので、僕は呆れながら小さくそう答えた。



「さて……そろそろ帰りましょうか」

 なんとなく話の区切りがついた僕たちは帰ることに。この時期、日が暮れる速度は早く、ちょっと話をしていただけであっという間に明かりのない旧校舎は暗闇に飲み込まれる。

「そうですね。もう真っ暗ですし」

 電気は通ってないので旧校舎の廊下は真っ暗だ。月明かりや街の灯りなど、外からの光はあるけど、机や椅子などが乱雑に置かれた廊下を薄暗い中歩くのは少し危ない。

 そして古い校舎であることから正直不気味だ。僕は長い事出入りしてかなり慣れたから大丈夫なんだけど、白々さんが一人で帰るのは危ない気もする。

「一緒に帰りますか?」

 今まで一緒にいて、教室から2人で出るのにバラバラというのも変な話。僕は一緒に帰ってもいいのだろうかと半ば思いながら尋ねた。

 すると、白久さんは少しだけ驚いたようにに目を開くと、

「えっと……は、はい……」

 先ほどまでの様子から一変し、少し戸惑って答えた。

「? じゃあ行きましょうか」

 本を鞄に仕舞い、鞄を手に持ち教室の入り口へと向かう。

「あ、は、はい……」

 僕の言葉に少し動揺したように返事をする白々さん。

「暗くて物が多いから、気を付けて下さいね」

 そう言って扉に手をかけた瞬間、

「ま、まって……」

 小さな声で白々さんがつぶやき、彼女が弱々しく僕の制服の脇を掴んでくる。

「ど、どうしたの?」

 そんな可愛い仕草に僕は思わずドキッとしたが、平静を装って彼女の方に振り向き問いかける。

「ど、どうもしてはいないのですが……ただ、暗くて危ないからはぐれるとマズイと思いまして……」

 目を泳がせながら、白久さんは頬を赤くして恥ずかしそうに言った。

 ……もしかしたら怖いのかな。

 そう思いながら、廊下の先を見てみる。やはり薄暗く、怪談をするには絶好の暗闇かもしれない。しかし僕は、怖がっていそうな彼女を見てあえてなんでもない様子で答える。

「はぐれるって、廊下歩いて、階段降りるだけだよ?」

「でも、この校舎、机とか椅子以外にも色々な物が置かれてるじゃないですか。躓いたりしたら危ないですよ?」

 必死な様子で言う彼女に、僕は怖いんだなと確信した。そんなに怖がらせるのも可哀想だと思った僕は、一つの提案をする。

「じゃあ、危なくないように携帯のライトでも付けるよ」

 そう思った僕はポケットから携帯を取り出そうとする。

「! や、やめてください!」

 しかし、彼女は僕の腕を掴みそれを止める。

「な、なんでですか?」

「だ、だって……もしいきなり目の前にお化けとか出てきたら怖いじゃないですか!」

 と、彼女は耐え切れなくなったのか、素直に怖いということを認めた。

「あ……」

 彼女は自分が何を言ったのか気が付き、顔を赤くした。

「……やっぱり怖いんですね」

 少し呆れた様に笑いながら僕が言うと、彼女は涙目になり訴えを始める。

「こ、怖いに決まってるじゃないですか! 静かだし……暗いし……物が乱雑に置かれてるし……怖くないはずないじゃないですか!」

 怒りながらも、目に涙を溜めて、縋るように彼女は言った。

 僕は冷静に彼女を安心させるように言う。

「大丈夫だよ。少し先にある階段を3つ下りて、反対側に歩いて家庭科室の窓から出て外に行くだけです。ほんの数分ですよ」

 僕の冷静な言葉に、彼女は涙目に訴えかけて来る。

「う~……。東條さんは怖くないんですか……? 真っ暗な学校」

「不気味ではあるけど怖くはないよ。おばけなんて見たこともないから」

「見えたら怖いじゃないですか……」

「そう? でも、ライト付けないと危なくて進めないよ? 机につまづいたりするかもしれないからね」

 薄く見えるとは言え、見えにくいのは事実。ライトを着けなければ危ないのは明らかだ。

「で、でしたら……東條さんはライトを着けて前を歩いて下さい。私は後ろから着いて行きますので……」

 そう言うと、僕の背中に回り、背中の制服を両手で掴み、身を寄せてくる。

「そ、そんなにくっつかなくても……」

「逸れたら嫌じゃないですか……」

 脅えた声に僕の鼓動が早くなる。さっきまでの強気だった彼女が急に弱気になり、僕はそのギャップに平静を装うのが大変だった。

 白々さんは照れてる様子も伺えたけれど、怖さの方が優っているような表情だったので、無理やり引き離すのも気が引ける。

「わ、分かりましたよ……。じゃあこのまま行きましょうか」

 いつまでもこうしてるわけにはいかないので、携帯のライトを付ける。

「は、はい!」

 彼女は決意したかのように、手に力が入るのを背中で感じた。

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