第3話 青野 大地はあこがれた

 私には秘密がある。

 それは私が本当は男だということ。

 けれど小学生の頃に友達だったたっくんにいじめられて、走れなくなった時から私は女の子の恰好をするようになった。

 たっくんに言われた「男のくせに。」という言葉と、母さんが誉めてくれた髪を切られそうになった時、私の中で男である自分が壊れたのだと思う。

 お医者さんはPTSDに近い障害による性同一性障害と判断した。

 そのおかげと言えばおかしいが私は学校にも女子の制服で通っている。

 もともとスポーツ特待生だった私だが、傷害事件が原因である事から在学が許されている。

 そして私自身も走ることを諦めてはいない。

 また走れるようになりたいと思いトレーニングは欠かしていない。

 いや、トレーニングでは走ることができるのだが、試合など選手として走ることができないでいるのが現状だ。

 そんな自分に何か変化を期待して高校に進学したその日にあの人に出会った。


「痴漢だ!」

 お尻にいきなり違和感を覚えたところを突然後ろから勇ましい声が聞こえた。

 男の中では背の低い方の私と同じぐらいの身長の髪を短く切った同じ制服を着た女性が、1人の男性の手を捻り上げていたところだった。

 そこで初めて私はお尻に感じた違和感が痴漢によるものだということに気が付いた。

 恥ずかしかった。

 本当は男なのに、女の子の恰好をしていたから男の人にそのような対象に見られ、あまつさえ実際に触られてしまていたことが。

 あと、男のお尻で痴漢を働いた人に申し訳なく思いもする。

 でもダメなんです、理屈では男と分かっていてももう私は女になっているんです。


 その後、痴漢の方は警察に引き渡されて、私も被害者として事情聴取を受けました。

 そこでの警察の方のいろんな意味が込められたような同情の視線が痛かったです。

 事情聴取が終わると私を助けてくれた方が待っていてくださりました。

 彼女はピンっと伸びた背筋に長い手足をしていらっしゃる方でした。

 私と同じ星稜学園の制服を着てるところから何かしらスポーツをたしなんでいらっしゃるのでしょう。

「ありがとございました。」

 勇気を振り絞ってお礼を伝えに行きました。

「あの、同じ星稜学園の方ですよね。」

「ああ、そうだけど、実は今日からの外部生なんだ。」

「そうなのですか。外部入試はかなり大変とお聞きします。」

「確かに大変だったけど、俺は走るのが好きだから。」

「え――――っ。」

 彼女の答えは私の心に風をもたらしました。

 無垢な笑顔、ただ走るのが好きだと伝わって来るその言葉に、かつて自分の走っていた時の風を感じたのです。

「あの、お名前をお聞かせください。」

「俺かい、俺は翔、大空 翔って言うんだ。」

「翔さんですか。私は青野 大地と言います。」

 今日入学ということは私と同い年のはずです。

 そのヒトにワタシは憧れを抱くことになりました。


 ただ、私が男だと伝えるのが恐かった。

 心の傷口が開いてしまいそうな痛みを感じながらも、でもどうせすぐばれるんだからと私は真実を告げようと――――


「それじゃあ大地ちゃん、急いで学校に行こうか。」

「え?」

「今ならまだ入学式に間に合うはずだから。あぁさぁ走ろう。」

「ちょ、ちょっと待ってください。」

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