第2話 大空 翔は走りたい。
六畳半の畳敷きの部屋。
家具も木製のおばあちゃんからの遺品だ。
俺、
の割には部屋はおばあちゃん臭いと友達に言われる始末なのだが、これが良いんじゃん。
和の心。
古き昭和の家具たち。
これ等が醸し出す空気感が良いんだよね。
大きなこれまたおばあちゃんの遺品の姿見で自分の姿を見てみる。
「うん、やっぱり似合わない。このヒラヒラのスカートが特に似合わないよな。やっぱり男子の制服が良いぜ。」
姿見に映っているのはブレザータイプの女子制服を着ている俺のお姿だった。
制服は紺色のブレザーと紺のスカート、白いシャツに赤いネクタイ。
ネクタイだけはリボンと選べたから良しとするが、やっぱり足元がスースーして困りものだ。
中学は私服だったからよかったけど高校は何処も制服があって困る。
「これ、タイツでも買っておけば良かったかも。」
愚痴るには時すでに遅し。
そろそろ朝ごはんを食べて登校する時間だ。
「タイツは学校の帰りにでも買ってくるか。」
俺はもう一度姿見を見る。
「背が高くて、髪は太めのを黒髪を短く切っている。肌も小麦色に日焼けしている上に、……胸も……胸も真っ平。――――これじゃあ女子高生というより女装男子みたいだ。」
それでも俺はれっきとした女だ。
ただ、女っぽくないから男の恰好をするのが好きなんだ。
ただそれだけなんだと自分に言い聞かせる。
「翔~~~。朝ごはんできてるわよ~~。早くしないと入学式から遅刻しちゃうわよ~~~。」
「は~~い、母さん。今行く~~~。」
ここで粘っていても俺の容姿が変わるわけないのであきらめて朝食を食べに行った。
俺が通うのは電車の急行で2駅先の「
小学生から大学生までの一貫校で、スポーツに重きを置いている学園だ。
かく言う俺は中学校から陸上を始めて、それにのめり込んでからの「星稜学園」入学を決めたのだ。
俺は走るのが好きだ。
颯爽と風を切って走れれば余計な悩みなんかを置き去りにして行ける。
「星稜学園」の途中入学は厳しい物だったが何とかやりおおせた。これから始まる学園生活、外部入学の俺なんかに皆は仲良くしてくれるだろうか。
期待と不安に胸いっぱい(物理的にペッタンコ)にして電車に揺られていた。
――――そしたら朝から胸糞悪い物を見てしまった。
痴漢だ。
俺と同じ「星稜学園」の制服を着た女の子のおしりを触ろうとしている手を見つけてしまった。
今からなら彼女に被害が及ぶこともないだろう。
だが、それだと犯人はたまたま手が近かっただけだと言い逃れしそうだ。
彼女には悪いが現行犯で捕まえなければ。
すまない。嫌な思いさせちまうだろうが速攻で片を付けるから許してくれ。
そしてその時奴は動いた。
被害者の女の子は何が起きたのか分かってないような表情だったが、犯人の手は確かに彼女のお尻を掴んでいた。
ここだ!
「おい、おっさん!何してんだ。」
俺は叫ぶと同時にその手を捻り上げた。
「いたたたたたた。」
「おっさん。痴漢は犯罪だぞ。」
俺の声で電車内では「おい、痴漢だってよ。」「いやね~。」といったざわめきが沸き起こった。
被害者の彼女も何をされたのか分かったらしく顔を赤らめて身を縮こまらせていた。
「ぶひぃぃいいいい、冤罪だ。僕は痴漢なんてしてないブヒ。」
「おうおう、こっちはちゃんと見てたんだよ。アンタだって触られただろ。」
「はい。」
「つうわけで次の駅で降りろよおっさん。」
「ぶひぃぃぃぃいいいいい。お助けえええええええ。」
次の駅で降りて駅員に痴漢を引き渡す。
「ぶひいいいいいいい、出来心だったんです。御見逃しをおおおおおおおおお。」
「まったく、往生際の悪いやつだぜ。」
俺がそう呟いていると。
「ありがとうございました。」
警察の事情聴取が終わった被害者の女の子にお礼を言われた。
彼女は清楚な黒髪のロングヘア―で、伏し目がちの視線。整った小顔に素材の良さを引き出すナチュラルメイクの女の子だった。
その容姿には女である俺もドキリとするくらいだった。
あのオッサンもこの容姿にやられたのだろう。
「あの、同じ星稜学園の方ですよね。」
「ああ、そうだけど、実は今日からの外部生なんだ。」
「そうなのですか。外部入試はかなり大変とお聞きします。」
「確かに大変だったけど、俺は走るのが好きだから。」
「え――――っ。」
「どうした。」
彼女は突然俯いてしまった。
と思いきや、顔をあげて俺の目をじっと見つめて来た。
「あの、お名前をお聞かせください。」
「俺かい、俺は翔、大空 翔って言うんだ。」
「翔さんですか。私は青野 大地と言います。」
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