第17話 母への感謝

帰り際に植草からドトールを誘われたが丁重に断り、さくらは会社から40分ほどのワンルームの自宅に戻ってきた。


今日は一人で、いや、家族と過ごしたかった。


「お母さん、ありがとう。」

母への感謝の気持ちが込み上げ、天井を見上げながら掠れた声で言った。


まだ、何かをやり遂げたわけじゃない。けれど、さくらの心の中は母への感謝の気持ちで溢れていた。


さくらの父親は小学生の時に病気が原因で他界し、以来、さくらは高校を卒業するまで、母親と弟の3人で暮らしてきた。


さくらの母は父が他界した後も、母の実家に帰ることなく、父と家族4人で暮らした静岡で、仕事を3つも掛け持ちしながら、ずっとさくらと弟を育ててくれたのだった。


母親はいつも忙しく、ゆっくり話すことはあまりなかったが、時々話すのはいつもお父さんの自慢話だった。


「お父さん、仕事が出来たのよ。スーツをカッコよく着てね、銀行で出世頭だったのよ。経済のこと何でも知ってたの。」


恥ずかしがらずに、子供達に向かって

「お母さんは、ずっとお父さんのこと大好きなの。だから、あなたたちはお母さんの宝物なのよ。お母さんはずっとお父さんと一緒にあなたたちが大人になるまで見届けるの。」


辛くないわけがない、さくらは幼心にそう思っていたが、母親はいつも笑顔で、頑張ればいいことある、と呟きながら多忙な毎日を過ごしていた。


今も昔も母親が好きなこの言葉は実はお父さんの口癖だったのだ。



お父さん、、、

お母さん、、、のこと守ってね。


朝となく、夕となく、さくらはお父さんに向かってお願いする。


さくらが今の仕事に就いたのは幼い頃の父の姿があったからかもしれない。


「よし、ボーナスもらったら、お家に帰るぞー」


さくらは、普段は滅多に電話をかけたりしない。それより、帰った時にお母さんとたくさん一緒にいることを楽しみにしていた。


お父さん、ありがとう。

お母さん、ありがとう。


私、一人じゃない。


さくらは自分の心がポカポカと温まるのを感じながら、頑張ればいいことある、と呟いた。









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