第16話 涙

久保田課長に呼ばれたさくらは直ぐに席を立ち上座へ向かった。


「NS商事のことですか。」

となかなか話を切り出さない久保田に向かってさくらは問いかけた。


久保田は何事も無かったかのように平静を装ってはいたが、誰の目から見ても悔しさが滲み出ている渋い表情で、


「NS商事の担当は引き続き東山がやれ、これは樋口部長から一任を受けた課長である私の決定だ。」


久保田は精一杯の去勢を張った。一方のさくらは素直に満面の笑みで


「ありがとうございます。」と一例し自席に戻った。


すると間髪いれずに新井が声をかけてきた。


昇進間近でありながら、マイナス点になりかねないことを覚悟してまで、自分の信念を曲げずにさくらを擁護し続けた新井は拳を小さく握るだけでは、感情を抑えることができなかった。


「東山、よかったな。本当によかった。」


続いて植草も

「おめでとう、本当によかった。」


いつの間にか、課員全員がさくらを取り囲み笑みを浮かべながら、

「よかった。おめでとう。」

を繰り返し、拍手した。


さくらはスクッと立ち上がり、先ずはさくらの直ぐ側にいた新井課長代理に視線を送り、課員みんなに向かって「ありがとうございます。」とお礼を言った。


頑張ってきた、でもどうにもならないことだと諦めていた。


自分の昇格を台無しにするかもしれないというのに必死に抗議してくれた先輩、

すれ違う度に励ましてくれた課員のみんなに感謝した。


なんか、チカラが抜けてきた、、、

そう思った瞬間、さくらの目から大粒の涙が落ちた。


NS商事との取引きが出来ると手放しで喜び、直後奈落の底に落とされ、それでも何とか気持ちを取り戻そうと仕事に向かっていたが、やはり担当させてもらえない自分の不甲斐なさを責めずにはいられなかった。


それが、お客様から直々に担当者指名をされ担当させてもらえる。


それを励ましてくれていた課員のみんなが自分のことのように喜んでくれている。


頑張るればいいことある、一番好きな言葉、母からもらった大切な大事な言葉。


「頑張ればいいことある。」


大粒の涙を隠しもせず、さくらは笑顔でみんなに頭を下げた。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る