第15話 神の見えざる手
久保田は受話器を持つ自身の手の平から汗がジンワリ出ているのを感じながら、それでも声を震わせないように精一杯明るく声を発した。
「はい、何なりとお聞きください。」
相変わらず、山本社長は落ち着いた声でゆっくりと
「うちのフロントの鈴木が担当者が東山さんから誰かに代わるらしい、と騒いでいたので電話をしました。」
久保田はこの時点で、担当者変更についてNS商事が不満を持っているのを感じた。
しかし、ここで引くわけには行かない。
このNS商事に関するゴタゴタは課員や本店営業部、更に樋口部長も注目していることであり自分が言い出したことが覆っては面子が立たない。
更に、自身の出世の一助にするつもりでいた為、簡単に諦めるわけにもいかなかった。
丁寧に説明するんだ、、、落ち着いて、、、
少し声のトーンを落ち着きモードに変えて
「あっ、はい。実は、、、」
久保田は、自分が責任を持って担当させていただくこと、そして担当者変更については、改めて直接説明にお伺いさせて頂く旨を伝えようとした。
しかし、久保田の思いを重み十分な声が遮った。
「東山さんの毎日のレポート、訪問時の多岐に亘る業務内外の事象についての分かりやすい説明、何よりその一生懸命に頑張る姿に取引することを決めさせて頂いた。東山さんが担当から外れる、なんてうちの鈴木の勘違いですよね。」
久保田は全身から嫌な汗が吹き出すのを感じながら、それでも最後の抵抗を試みた。
「はい、東山をお褒め頂きありがとうございます。彼女は毎日一生懸命頑張っています。ただ、、、」
再び重み十分な声が久保田の最後の抵抗を遮った。
「そうですか、やはりうちの鈴木の勘違いですね。今後、御社と取引が出来るかと思うと非常に嬉しくなりますね。今後ともよろしくお願いします。久保田課長さん。」
「は、はい。東山はもちろん全社を挙げてより良いご提案をさせて頂きます。今後ともよろしくお願い致します。」
受話器を置いた久保田は、面子丸潰れな状態であることすら意識出来ないほど疲弊しきっていた。そして
「はあー」と言いながら自席にお尻から勢いよく倒れ込んだ。
額の汗を目の前にあったティッシュで拭きながら、本店営業部の天井を意識の無い中見上げた。
さくらはキョトンとしてまだ事態をしっかり把握出来ないでいた。
新井と植草は、久保田の様子や漏れ聞こえる僅かな会話からことの顛末を理解し、小さく拳を握っていた。
皆が落ち着きを取り戻した頃、久保田がさくらを呼んだ。
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