書き置き


 一面コンクリートで出来た病院は、夏はとても暑く、冬はとても寒い。どこか快適なところはないか、みんな探している。医院長の部屋ならどうかと思って、みんなとグルになって、医院長が不在のときにスタッフをおしのけて部屋を見たことがあるが、エアコンどころかセンプウキのひとつすらもなかった。あの人は全身から汗を垂らしながら仕事を行っているのだろうか。あの人は、きちんとネクタイを着け、シャツは第一ボタンまでとめていて、夏場は見かけるだけで暑苦しいのだ。冬場も上着のひとつも身につけないし、患者たちの服も一年中変えさせない。美学に反するのだろうか。おだやかな顔であるがどんな患者が申し出てもつっぱねるのだ。一度、スタッフをおどして医院長におねがいさせたことがあるが、それでもダメだった。これで、医院長だけが夏にエアコンをつけていたり、冬に高そうな毛皮のコートでも身につけていれば医院長をおどすタイギメイブンになるのだが、あのおだやかで、どうにも人間味のうすい顔をしたあの人は、一切のゆらぎも見せず、いつもの服で病院にやってくる。

「どうせ、かくしてるんだろ」と患者の一人が言う。たしかに可能性はある。ある日、みんなとグルになって、スタッフをどなりつけて、エアコンの場所を吐かせそうとする。「私たちだって、先生のことはよく分かりません」といっていた。スタッフがよく分からないのに、私たちが分かるわけもない。そもそもこの病院には三十と少しの患者がいるが、スタッフはどのくらいいるのかも分かっていない。スタッフは私たちとちがってみんな同じ丸坊主というわけではない。とはいえ、衣服はみんな同じだし、毛の長さはまちまちだが、フンイキは似たようなものだった。すべてのスタッフをおどしたら、一人は知っているのかもしれない。と、患者の一人が言う。たしかにそうかも。ある日、みんなとグルになって、スタッフの人数を吐かせた。当番制というのもあるが、予想よりもずっと多かった。この中に一人はいるのじゃないか。そうなると、今度は一人一人におどしをかける。しかし問題はあって、みんなが似たフンイキであるから、同じ人を二度おどしてしまったり、逆に一度もおどさなかったりすることがあった。スタッフはそのたびに「私たちだって、先生のことはよく分かりません」といっていた。彼らが分からないのに、どうして私たちが分かるのだろうか。どうにもぱっとせず「きっとウソだろう」ということで決まった。ウソをつくのは何か言えない理由があるからだろう。

 私たちはグルになって、ある一人の、気弱そうなスタッフをとりかこんだ。「どうしてウソをつくのですか」「ウソをついたらキレイになれませんよ」「ホントウのことをいってください」と私たちは意見をいう。ただ「私たちだって、先生のことはよく分かりません」と返すものだから、それは質問に対する答えになっていないと、なぐるける。他のスタッフがやってきて「私たちだって、先生のことはよく分かりません」という。「どうしてですか」。どうしてもこうもない、どうしてですか。気弱そうなスタッフは泣こうとしていた。そこに最年長の患者がやってきて「それでもお前はニホンダンジなのか?」といった。「私たちだって、私たちだって」、きりがない。

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