書き置き

 

 医院長に許しをもらって、病院のまわりを歩いてみることにした。といっても私は異常者なので逃走防止用のアラームを付けることが条件だった。300メートルよりも遠くに出るとものすごい大きい音が出るらしい。医院長は私の申し出について「意欲のあることは良いことだ。だが、周りの人にメイワクをかけてはいけないから」と、私に逃走防止用のアラームを付けることを条件に病院のまわりを歩くことを許してくれた。本当だったらもう少し遠くまで歩きたかった。300メートルではおそらく大して変わらないだろう。キレイなところを見つけるのもムズかしい気がする。でも、私は異常者だった。異常者は裁かれなければならない。異常者は辛い目にあって当たり前だ。

 逃走防止用のアラームを付けて病院のまわりを歩いてみることにした。見わたす限り、草と木と山ばかりで面白くはなかった。カが一匹、私のウデにひっついて血を吸いはじめた。異常者の血をのんだら、お前も異常者になってしまうよとニコニコしながら手で追い払った。手はすっかりかゆくなってしまった。でも問題はない。ツバをつけておけばいいし、異常者は辛い目にあって当たり前だ。

 歩いているうち、私は私のことを考えていた。これからどうしようということだった。どうしようもない、クスリをのんでキレイになって、こんな書き置きばかり残さなくてもいいようにしなくちゃいけない。セミや虫や小虫ががなりたてるので、私の耳鳴りも多少はまぎれているようだった。頭がいたい。汗がだらだらとながれて、ひっきりなしに胸が高鳴る。息が上がる。うまく吸えない。カが一匹、私のウデにひっついて血を吸いはじめた。異常者の血をのんだら、お前も異常者になってしまうよとニコニコしながら手で追い払った。手はすっかりかゆくなってしまった。

 天気予報では今年で一番あつい日になるらしい。きっと院内にいる他の人も大変だろうな、と同時に箱根に旅行にいったことを思い出した。あれは金切り声に悩まされてすぐのことだった。まだ希望があったころ、いや、希望はすでに失われていたが、取り戻す見込みがあったころといった方が正しいか、そのころ、私は箱根に旅行にいった。その日もこんなにあつい日だった。きっと疲れでもたまっているのだろう、温泉にでも入れば治るだろうと思っていた。ぬか喜びのぬかは浅漬け、私は温泉旅館を探した。延々とあつかった。どうも天気予報では今年で一番あつい日になるらしい。カが一匹、私のウデにひっついて血を吸いはじめた。異常者の血をのんだら、お前も異常者になってしまうよとニコニコしながら手で追い払った。手はすっかりかゆくなってしまった。私は三時間かけて箱根のまわりをうろうろとしていた。そして気づいた。私は箱根にたどり着いていないことに。あつさのせいで頭がおかしくなっていたのだろう、私は箱根を何かの物だと思ってしまったのだ。気が遠くなるような青空と、圧迫感のある入道雲が目の前にやって来て、私を追いかけてきた。逃げるように走り回った。頭がいたい。汗がだらだらとながれて、ひっきりなしに胸が高鳴る。息が上がる。うまく吸えない。私の金切り声も少しまぎれたように見えた。箱根に来てよかったと思ったころ、私は箱根にたどり着いていないことに気づいた。気づくと、そこはどこでもない山の中で、空はどす黒くなってそこらじゅうに光と音をまきちらす。私はきづいた、汗だと思ったそれは、雨だったのだ。うわああああと叫びながらあたり一面を走り回った。頭がいたい。うまく吸えない。天のそこらじゅうから金切り声がする。お前も異常者になってしまうよといっているようだった。

 車が一台やってきた。なんだろうと思った。私を助けに来てくれたのだろうかと思った。つよい雨の中、私は車に向かって走った。ライトに照された私に向けて、車は金切り声を上げた、私は車にぶつかった。抱き抱えられた。私は車の中に入って、クーラーがとても強くきいていた。どなり声が聞こえる。なんだろうと思った。

 バカ野郎、バカ野郎、という声がして、私は思い切り引っ張られることに気づいたころ、どうやら自分がものすごい金切り声を出していることに気づいた。どうやら300メートルよりも遠くに出るとものすごい大きい音が出るらしい。医院長は「意欲のあることは良いことだ。だが、周りの人にメイワクをかけてはいけないから」といっていた。

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