状況説明


 病院内において、医院長の美学に反しない限りは、厳格なルールは存在していない。数十グラムの塩素を摂取するとか、就寝時間を設けるとか、そういった線引きは医院長の定めた私的なしきたりであり、他のあらゆる行為は患者達にある程度委ねられている。隙あらば他人や自分を傷つけたくて仕方のない患者達にとって、それは絶好の状況のように見える。

 とはいえ、人に暴力を振るうのにも大義名分が必要である。大義名分を介さない暴力は、絶好の報復の大義名分となり、そして報復というのは「制限のない暴力」を言い換えたものである。なので暴力はもっぱら、教育とか是正とか改善とかそういう、明るい話題を盾にして振るわれるものだ。眩しさで意識が散漫となっているそいつの下顎に思い切り握り拳を食らわせるという寸法だ。

 さて、ここで病院にいる三十余名の患者達はどのような経過をたどったか。まあ、想像すれば何となく分かることだが、猿山のようになった。腕っぷしの強い、あるいは小狡い、あるいは若い……と、何かに秀でた者が上になり、それに当てはまらない者は下となった。原始的な階級制度が誕生し、それぞれの階級に応じて変化していった。

 彼らのうちの一部は、自分の欲求を満たすために、大義名分を上手く、多く作ることに専心しているし、ある一部は、一回の暴力の機会でより大きな快感を……すなわち、より損害を与えるすべを常に考えている。他の一部は、下顎に鉄板を仕込むようにしたし、ある他の一部は、ボクシングリングに猟銃を持ち込めるように手配した。いずれ、すべての打撃に快楽を覚えるような人物や、そんな人物の泣きっ面を拝みたくて、皮膚や筋肉をはぎ取り、痛覚神経を最大限刺激する方法を自分や他人を使って試す人物も登場するだろう。

 そう、彼らは云わば異常発達を遂げた者達。異常な空間を生きるために、異常な進化を遂げた者達であるのだ……

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