書き置き
昨日、デパートで親子連れに会った。可愛らしい男の子を連れて母親と思われる女性は微笑んでいた。そんな姿を見て、私は微笑んだ。この微笑みはどこから来たのだろうか。平和で穏やかな空気が私を快くさせたのか。それとも、その平和で穏やかな場にいる資格を失ってしまったがゆえに、諦めを伴ったはにかみだったのか。それはわからない。寂しげにあの人は言った。
もちろんこんな話しはウソだ。そもそもこの病院の患者がデパートになんて行けるわけもない。あの人はいつも作話をしている。信じられない。でも仕方がないことだろう。あの人だって色々あったのだ、ここにいる連中なんて訳ありばかりじゃないか、作り話くらい許してやろうではないか。
いつかは知りませんが、ここから出る機会があったらどうしますかと、患者の誰かに聞いてみたことがある。誰だったろうか、自分だったかもしれない。みんな丸坊主だし、似たような格好だからよくわからない。鏡に写った自分に問いかけていたのかもしれないが、ともかくその人は、家に帰って、ちゃぶ台の上でご飯とみそ汁を食べたいようだった。私はきっと美味しいんだろうなあと思った。ここで出される食事はキレイになるために、非常に人工的な味がするのだ。ともかく、受け付けない味。拒絶する味。しかし、それを食べないとキレイになれないし、暴力がやってくる。
そういえば、私はね、ここにしか居られない気がするのだと誰かが言っていたっけ。自宅にもデパートにも寄れず、ずっとここに居続ける他ないのだと。さて誰だったかな、自分だったかもしれない。よくわからない、みんな丸坊主だし、似たような格好だから、よくわからない。もしかすると、自分だったかもしれない。ともかくその人は、そんな悲しいことを述べていた。私はその人の背中か肩を力一杯叩いて、元気付けてやりたかった。けれどもこの病院でそんなことをすると、たちまちケンカになってしまう。
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