状況説明


 病院内の患者は全員が丸坊主である。患者の性質上、大抵はボサボサに伸びた状態で入院してくるが、その姿は医院長の美学に反するため、強制的にバリカンをかけられる。そして不浄を清めるために塩素を全身に浴びることになる。患者達は同じ衣服を着て、毎日を過ごす。心というのは身体と違って、治ったかどうかを目で見ることが出来ない。何とかガンマ値が基準値以下になったとか、はっきり表現されれば良いのだが。実際のところは「もう治ったから外に出せ!」とわめく患者、とうに平常にもどったとしても仮病を使い続ける患者でいっぱいである。まあ、前者、後者のどちらにせよ、医院長が彼らを外に出すつもりは毛頭ないのだが。

 病院内での生活は厳密に時間が割り当てられている。この状況説明のなかで、どのような営みが行われているかは順に述べていくものとして、基本的に改善していくためのアプローチとしては「健全な精神は健全な肉体に宿る」ということで、厳格なルールと、時間の取り決めの中、身体を動かしていくものとなる。レクリエーションもそうだが、院内の掃除や草むしりなど、単純な肉体労働もさせるし、ランニングやスクワットといったトレーニングも行っていく。しかし、まあ、歪みきった彼らが一つの建物にぎゅうぎゅう詰めに入っている状態で、それを発散させようというのは、あまりに荒唐無稽であった。隙あらば脱走しようとしたり、わめいたり、衣服を脱いだり、暴行を振るったり、書き置きを残したりする。

 ある一人の男が書き置きを残した。三年間の入居期間、毎日のようにそれを残し続けた。他の患者達と同じ丸坊主になり、同じ衣服を着ることになった日にも、塩素の臭いがどうだの、金切り声がどうだのと書き殴っていた。男は従順に院内のルールを守っていたため、ごく一部の患者が受けた洗礼はなかった。とは言え、その場の「何となく」で暴力が振るわれる世界なので、怪我をすることは避けようがない。その時の書き置きは他よりも相当長くて、壊れたレコーダーみたいに同じことを反復して書いている。ノミのような小さい字でA4用紙をびっしり埋めてから、取り消し線を暴力的に書き殴ってノミ文字を潰すようなこともする。

 姿勢が極端に悪いと、筋肉が硬直し、骨盤が歪んでしまうように、理性についても同じことが言える。この者達は既に正常な姿勢を取ることすら出来ないし、それを覚えてもいない。院内は暴力や罵倒が当たり前のように出るし、それが半ば黙認されている。常識の枠組みに収まるものでもないからだ。矯正させねばならない、強制しなければならない。痛みを与えなければ、動物は反省しない。痛みを与えすぎた動物は病的に怯えを見せ、暴力的になるという結果もある。しかし既に病的に怯えを見せ、暴力的である彼らは既に良識の枠組みに収まるものでもない。共棲のためには強請もやむなし。

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