書き置き
それはトウダという患者が食事の内容が気に食わないとかで大暴れした時のこと。キレイになるためと説得する看護師達を押し退けて、立入厳禁としていた医院長の部屋に入り込んだ。その中に人はおらず、かわりにぎちぎちにモノが詰め込まれていた。古ぼけた長机があって、そこで仕事をしているのだとは思われるが、倉庫と代わり映えしない。
トウダは全部壊してやるだの、嫌なら旨い飯を食わせろだのと喚いていた。それは私を含めた大半の患者達が思っていることで、実際彼の演説に賛同する者もいた。実際のところ、暴動が起きれば、この周りに何もない病院でそれを止める方法はない。看護師の一人が、医院長の帰りを待ってください、もしかしたらお願いに応じてくれるかもと言った。トウダはそれを聞いて俺は本気だぞ、スリッパは立派な武器になるんだぞとゲラゲラ笑った。
夕方頃に医院長がやってきて、彼の要求をひとしきり聞いたあと「替わりならいくらでもいる」と言ってた。あとはよくわからなかった。トウダは子供みたいにわんわん泣いてた、もう髪の毛がほとんどないのに。これを書いているときは気が落ち着く。しかし、「替わりならいくらでもいる」という言葉を、病院の先生から患者に贈るとは思わなかった。いつもは全然うるさくて聞こえないのに、その声だけはわりかしはっきりと聞こえた。
お遊戯の時間で、トウダはいつも守っていたルールを破った。くじを引いて当たりになった人には何をしても良いし、当たりの人は何もしてはいけないというルールだったのに、それを破った。腹を蹴られた後、蹴った人を蹴り返したのだ。そして彼は周りに怒鳴り散らかした。他の患者が協力してくれたら医院長にも勝っていたらしいが、その頃、患者達は私も含め自分のことに専念していた。彼はひとりぼっちで大人の医院長に立ち向かった。そして手酷く、「替わりならいくらでもいる」と突っぱねられた。彼は子供のようにわんわん泣いてた。そういうわけで、周りに怒鳴り散らかした。
すると、別の若い患者がまあまあ落ち着きましょうよとトウダを宥めつつ、みぞおちに拳を叩きつけた。ひざまずいて、胸を押さえてううう、と呻くトウダの背中を踏みつけながら、楽しくやりましょうよ、ルール守りましょうよと宥める。鬼ごっこは鬼が追いかけるから面白いんであって、鬼が逃げたら鬼ごっこにならないですよ、とトウダの脇腹を蹴り飛ばし、仰向けにさせると、下腹部を強か踏みつけながら、宥める。
私はそんなときでも書き置きを残して、気を落ち着けていた。書いている内は、あの金切り声が聞こえない。その間だけは、周りの様子を知ることが出来た。病院としては、どうにも殺傷沙汰だけにはしたくないらしく、確か、トウダに二度とルールを破らないと宣言させて、その場はお開きになった気がする。そのときちょうど鉛筆の芯が折れたので確かな記憶のはずだ。
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