状況説明
病院内での生活は厳密に時間が割り当てられている。三十余名の患者が規律に従って動き出す。この片田舎の病院、患者は多少の差はあれど、ある程度進行した者達ばかりである。年齢は三十代から七十代までばらつきがあるが、皆、男性である。呼吸したり食事をしたりする代わりに、叫んだり、体中を掻きむしったり、爪でコンクリの壁をひっかいたり、突拍子のない作り話をしたり、看護師に暴力を振るったり、看護師の振りをしたり、医院長の振りをしたり、患者の振りをしたりする。
食事の時間では、患者達は鉛のコップに入った塩素水を飲む。塩素は消毒にも使われる。浄化作用があるのだとされ、注がれた塩素水を飲む。残りの食べ物は、刑務所でも余程マシなものを食べていると思われるほど質素なものだ。日によってはインクが一面にへばりついた紙が出てきたこともある。空腹が最高の調味料とはよく言ったもので、それでも手をつけていた。強い胃腸を持たなかった者は、代わりに看護師に噛みついて飢えを凌いだ。趣味の世界に逃げる者もいた。そのうちの一人が書き置きを残した。
レクリエーションの時間もある。ストレスは精神を歪める主原因だからで、それを発散するための試みとして考えられていた。しかし、まあ、歪みきった彼らが一つの建物にぎゅうぎゅう詰めに入っている状態で、それを発散させようというのは、あまりに荒唐無稽であった。くじ引きで公正に選ばれた患者を、残りの患者達がこぞってリンチしたり、退屈しのぎに皆が裸になって押しくらまんじゅうしたり、誰かが持っていた親の形見を「自分のもの」と言い張ったり、競りに出したり、擦った揉んだの末、押し潰したりするような始末であった。
彼らには彼らなりの人生があったのだろうし、こうなってしまったのを、先天的な何かのせいであったのだとはなかなか信じたくはない。つまり彼らの人生で何かしらのドラマがあって、壊れてしまったのだと信じたがる。それが彼らが選んだものか、選ばされたものかは関係なく、つまり原因があるから、結果がこうなってしまったのだと、信じたがる。物語や根拠、時系列が常にあると、信じたがる。例えば幼少期に十分な愛を受けることが出来なかったからとか、大切な人と悲劇的な死別を遂げたからとか。そちらの方が、説明しやすく、把握しやすく、理解しやすく、納得しやすいからである。
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