2-4 深い霧の中

眠れないまま朝を迎えた大澤は6時過ぎにタクシーに乗り込み本社へ向かった。

現実が目の前に現れた。野沢証券本社ビルだ。


大澤が感じる現実とは会社とか経済とか金融、為替ではなく、さとみという現実だ。


彼女に会う為に日本に一時帰国したのだ。

が、今は彼女に一回は連絡する。その為に一時帰国したのだ。に変化してしまった。


早朝の為か品川プリンスからほんの10分ほどで現実に到着してしまった。


散々悩んだはずだ。

散々嗚咽したはずだ。

散々覚悟したはずだ。


「運転手さん、申し訳ないのだが、このまま中野まで行ってください」


回避してしまった。


大澤は困難を好んで克服していくタイプであり、困難から逃げたことなどなかった。

しかし、失うかもしれない、、、いや、正確には失ったことを確認することになるかもしれない、この現実に向かう覚悟が未だ出来ていなかった。


ヘタレだな、俺は。


一方、さとみは混み混みのJRに乗り、今日も逞しく出社する途中だった。

「もう、なんなのよ」


いつも朝はエネルギー満タン状態のさとみだが、何か今日はおかしい。

「噛み合わない」

「何が?」

「はぁ?」

「分からない」


中央線の中、ぶつぶつ独り言をいう少し変は女性になっていた。


「おはようございます」

さとみがチーフを務めるプロダクト統括部はディーリングルームの一つ上のフロアに陣取っていた。


「大原、今日も早いねー」

出社するさとみをこの3年半の間、ずっと同じセリフで迎える部長の青柳を、何故か?今日に限って不思議な気持ちで見つめてしまった。


「どうしたんだ?大原。何か問題か?」

「あ、、、いいえ、纏めた上で後ほどご相談に伺います」


私どうかしてる。何をまとめるの?相談なんてないよ。



「重役、本日出社予定でしたが、明日からの出社にしてください」

「何を言ってるんだ、最初から明日でいいと言ったはずだ。昨日だろ日本に着いたのは」


現実から逃避した大澤は、タクシーの中で未だに深い霧の中から抜け出せずにいたのだった。


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