第168話 思い出のリンゴ(レレン)のクラフティのウエディングケーキ

「ピョル?」

「ピューイ?」

「ナニ、ツクルノ?」

「チチィ?」

「何を作るのかって?今日お父さんの職場の従業員の1人が結婚するから、そのウエディングケーキを作っているのさ。」


「ピューイ!」

「チチィ!」

「イイナ、タベタイ。」

「ピョル……。」

「お前たちの分もちゃんと作るから、あとでアーリーちゃんたちと食べなさい。今日はアーリーちゃんの家で預かってもらうから、今日のおやつです、って持って行くんだ。」


「タベレル、ウレシイ……。」

「ピョルッ!ピョルッ!」

「チチィ!」

「ピューイ!」

「作るのを手伝ってくれるか?

 お父さんがリンゴの皮を剥くから、それを耐熱容器に並べてほしいんだ。」


「ピョルッ!」

 カイアがピーラーを持ってやって来る。

「え?カイア、リンゴを剥きたいのか?

 じゃあ、ひとつだけ剥いてくれ。

 もう1つはお父さんがやるから。

 ……うん、キラプシアは粉砂糖を振りたいんだな、わかった。よろしく頼むよ。」


 今日はハンバーグ工房の工房長を任せているうちの1人である従業員の結婚式だ。俺は彼に彼女との思い出のスイーツを、ウエディングケーキとして頼まれて、朝からそれを作っている。この世界の、リンゴによく似た果実である、レレンを使ったスイーツだ。


 レレンが大好きだという恋人の為に、俺が作り方を教えて一緒に作り、彼が彼女にプレゼントした思い出の味だ。

 俺はリンゴ(レレン)、上白糖(グラニュー糖でも可)、粉砂糖、薄力粉(小麦粉でも可)、卵、牛乳、無塩バター(有塩バターでも可だし、なくてもいい)、バニラエッセンス、カルバドス(ブランデーかラム酒でも可)を出した。


 オーブンを180度に温めておく。

 りんご1個の皮を剥き、半分に切りったら芯やヘタを取り、5ミリ〜1センチ(3ミリ以上2センチ以下なら厚みはお好みで)の厚さのくしがたにスライスする。


 耐熱容器の内側にバターを塗り、薄力粉をふるっておく。ボウルに卵1個を割り入れ、上白糖65グラムを加えてジャリジャリ感がなくなるまでよく混ぜておく。室温で溶かしておいた無塩バター(有塩バターでも可だしなくてもいい)50グラムを加えて混ぜる。


 薄力粉(または小麦粉)50グラムをふるって入れさらに混ぜたら、牛乳120ミリリットル、バニラエッセンス少々(なくてもいい)を順に加えて混ぜ、なめらかになったらカルバドス(またはブランデーかラム酒)大さじ1を加えてさらに混ぜる。


 耐熱容器に半分の生地を流し入れたら、リンゴ(レレン)を容器に縦か斜めに敷き詰め、残りの生地を上から流し淹れる。(先にリンゴ(レレン)を敷き詰めてからドチャッと生地を流し入れても別に作れるが)

  180度に予熱しておいたオーブンで約50分焼く。竹串を刺して何もつかなければリンゴ(レレン)のクラフティの完成だ。


 冷やして食べる時は、上に粉砂糖を少々振ってやると見た目も綺麗だ。粉砂糖に追加して、シナモンを振っても美味しい。今日はウエディングケーキと、アーリーちゃんの家に子どもたちを預けるお礼として、おやつに1つ作ったので、材料はさっきの2倍だ。


 リンゴ(レレン)を並べるのは、アエラキとアレシスも手伝ってくれた。

 出来上がったリンゴ(レレン)のクラフティを冷ましてから冷蔵庫に入れ、キラプシアがドヤ顔で手持ちのふるいに入れた粉砂糖を振った物を、ケーキ用の箱を出して入る。


 キラプシアを巣箱に入れ、カイア、アエラキ、アレシスを連れて、アーリーちゃんの家に行き、子どもたちをお願いすると、俺は結婚式の会場へと向かった。教会での式はつつがなく進み、披露宴会場へと移動すると、ウェルカムボードが待ち構えていた。


 新郎は元々画家のエリック・ヒューストンさんの友人で、彼の紹介で俺の工房に就職した関係で、ウェルカムボードをエリックさんが描いている。エリックさんが描いてくれた絵には花の部分にだけ色がない。


 そこに結婚式の参加者が1人ずつ、花びらに色を塗っていく。そうして絵を完成させるんだ。俺も花びらを1枚塗らせてもらった。

 寄せ書きの代わりみたいなもんだな。

 皆が思い思いの色を塗るから、カラフルで不思議な色合いの絵になっている。


 巨大なパーゴラのように間のあいた木の並べられた屋根に、ツタ状の花が絡まっているオープンテラスのような会場に、その絵はとても華やかでマッチしていた。明るい会場の雰囲気が、幸せそうな夫婦やそれを見守る友人や親戚たちを、更に楽しげに見せている。


 壁も何もないので、それぞれが酒の入ったグラスを手にしながら、みな思い思いに歓談している様子が直接外から見える。この結婚を心から祝福しているのだろう、義理で来た雰囲気の人は1人もいないように見えた。


 こちらの世界では新婦は色のついたドレスを着ることが多く、白いウエディングドレスを着ることが少ないらしい。そして新婦と色がかぶっても問題ないらしい。だからか白いドレスに何かを羽織ったり、白いドレスやスーツに差し色を入れている人が、男女ともに多く見受けられた。俺だけがそれに一瞬違和感を感じたが、すぐにどうでもよくなった。


 俺は第一礼装の燕尾服に黒の革靴、ホワイトタイ、糊付けされ別布で切り換えたイカ胸シャツを着ていたが、俺のように色のあるスーツを着ている男性もそれなりにいたので、そこまで目立ちはしなかった。どうしても日本の感覚で、結婚式って言われると、こいつを着ないと落ち着かない。今の体なら白いスーツも似合うのかも知れないが。


 奥さんのネリさんも、披露宴が始まるまでの時間友人たちと歓談しているようだった。

 ネリさんは笑顔のかわいい人だ。

 物凄く美人というわけではないが、彼女の笑顔をいつも見ていたい、と、新婚家庭で必須な家具として購入した物の中で、1番高い買い物が三面鏡だったというのも頷ける。


 あれは人を幸せにする笑顔だと思う。

 普段は貴族も来るような商店で、店番として働いているらしい。彼女の笑顔を見る為にお客さんがたくさん集まるらしく、新郎の彼もその笑顔に一目惚れしたのだそうだ。


「やあ、ジョージさん。」

「エリックさん。ジュリアさんもお久しぶりです。お元気そうですね。」

「ええ、おかげさまで。」

 エリックさんの妻のジュリアさんも招待されていたらしく、俺に微笑んでくれる。

 まだ髪は伸び切っていないのか、俺のプレゼントしたウィッグを身につけていた。


「ウェルカムボード、素晴らしい絵ですね。

 結婚式も素晴らしかったです。」

「ええ、2人ともとても幸せそうでしたね。

 自分の絵が彼の幸せに花を添えられて、とても嬉しいですよ。画家冥利につきます。」

 エリックさんも幸せそうだった。


 エリックさんは貧乏画家時代であっても、妻の稼ぎでなんとか暮らしていけたが、彼の友人はそうじゃなかった。家どころか宿屋にも泊まれない彼をよく自宅に招待して料理を振る舞っていたらしい。お金がなかった時代からの数少ない友人同士だ。俺は会場のスタッフにケーキの箱を手渡し、新郎から頼まれたものです、と言付けた。聞いていたらしいスタッフが指定の場所にケーキを設置する。


 皆胸に花を1輪さしていて、俺も会場で受け取った花を胸にさして中に進んだ。

「新郎から新婦へ、感謝のウエディングケーキと、手紙の朗読です。」

 司会者がそう呼びかけ、新郎のローネスさんは、集音の魔道具の前に立ち、石板を手に持ってそれを見つつ、朗読を始めた。


「僕が宿屋にも泊まれないことがわかった時に、みんな僕から離れていったよ。だけど君だけは、僕の隣に座ってくれたね。

 僕は幼い時に家族をなくした。

 周囲の人にたくさんのものを奪われて、僕は誰も信じないと決めたんだ。

 ……だけど、君と出会った。」

 皆真剣にローネスさんの声に耳を傾ける。


「僕は怖かった。君を失うことが。君のいない人生が想像出来なくて。だけど僕のすべてを知られることが怖かった。僕は君といる資格がないと思ったから。もっとマシな人間になりたいと思った。就職してお金を稼いで堂々と君の横にいられる人間になりたかった。

 それを手に入れて、ようやく僕は君にプロポーズすることが出来たんだ。

 今君の隣にいられることは当たり前じゃない。これからもずっと、君を、これから産まれる家族を、大切にしていくと誓うよ。」


 奥さんは、ボロボロと泣きながら、彼の言葉を真剣に聞いていた。ローネスさんはうちに来る前、ホームレスのような生活をしていたらしい。冒険者になるスキルのない人にとって、子どもの時に親がいないというのは死活問題だ。孤児も15歳を過ぎると、孤児院を出されてしまうのだと言う。


 商人への就職には伝手と家がいる。そのどちらもなかったローネスさんは、採取クエストで食いつなぎつつ、でもそれだけでは宿屋を借りるお金にもならなくて、森の中で寝泊まりする生活をしていたらしい。

 日雇いの仕事が少ない地域の為、それくらいしか仕事がなかったのだそうだ。


 泉で体と服を洗って、拾ったナイフでヒゲを剃った痛々しい姿で面接に現れた彼は、とても優秀な人だった。なにより熱心だった。

 なかなか決まらなかったその地区の工房長を、ローネスさんに任せる気になるには、あまり時間はかからなかった。


 リンゴ(レレン)のクラフティは、そんなお金のない彼が、彼女にどうにか身の丈にあったプレゼントを贈りたいと相談してきた結果、俺がローネスさんに教えたものだ。俺の工房に勤めるようになっても、貯金がまったくなかったから、結婚資金を貯める為今の自分があまりお金をかけたプレゼントをあげるのはよろしくない、と考えたからだそうだ。


 今でこそ平民の中ではトップの稼ぎ頭になった彼に、たくさんの女性からの求婚が寄せられたけれど、彼の気持ちはひとつだった。

 俺の知る限りかなりの美人から声をかけられていたが、それでもなびかなかった。

 そして今日、彼は、そんな彼とずっと一緒にいてくれた女性と、結婚するんだ。


 こんなに素敵なカップルは久しぶりに見るな。いつまでも幸せでいて欲しいと思う。

 それにしても、今日は御夫婦やカップルで参列している人たちが多いな。

 泣いているネリさんを見守りながら、男性がパートナーらしき、隣の席の女性の肩を抱いている光景をたくさん見かける。


 エリックさんもジュリアさんの肩を抱いている。ローネスさんがネリさんに近寄って、結婚式に引き続き、両肩を抱き寄せてキスをしていた。たくさんの拍手が2人を包む。

 まさかひょっとして、この中で独身かつ恋人もいないのは、俺1人だったりするのだろうか?……そろそろ考えるべきだろうか。


────────────────────


少しでも面白いと思ったら、エピソードごとのイイネ、または応援するを押していただけたら幸いです。

ランキングには反映しませんが、作者のモチベーションが上がります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る