第167話 エリック・ヒューストン展
画家のエリック・ヒューストンさんから、美術館が大量に絵を購入してくれたことで、展示会をおこなってもらえることになったと連絡をもらったのは、先週の早朝だった。
プレオープンという形で、人が入らない状態で展示を見せることが可能なので、よかったらお子さんたちと一緒にどうですか、と言っていただいたのだ。
子どもが楽しめる展示方法もとっているとのことだった。うちの子たちは、一見魔物に見えるということもあって、あまり知らない人の目にさらすことが出来ない。
混乱させてしまうからな。それと同時に、精霊に何体も加護をもらっているということも、あまり知られるべきじゃない事柄だ。
今住んでいる地域の人たちは、事前に事情を話して慣れてもらっているし、保育所にも当たり前に通っているが、それを他の場所でも説明無しに同じように出来るかというと、ちょっと難しいだろうからな。
そんなわけで、週末、子どもたちを連れてこの世界で初めて、美術館に行くことになった。こっちにもあるんだな、美術館。
美術館というのは、絵画や彫刻などの展示をする場所であるのと同時に、それらを保管する為の場所であったりもする。
いい状態でエリックさんの絵を保管してくれようというのだろう。それも大量に購入したということは、後世に残すに値する、それにふさわしい画家であると認められたということだ。素晴らしいことだな。
子どもたちをマジックバッグに入れて、馬車に揺られること小一時間。エリックさんの絵が飾られている、ローデル・マクマホーン美術館へと到着した。外から見ると、窓だったものが潰されているのに気付く。美術館の入口で、エリックさんが出迎えてくれる。
「お久しぶりです、ジョージさん。」
「このたびはおめでとうございます。」
「美術界の権威たる貴族たちは、相変わらずやいのやいの言っているようですが、こうして認めて下さる方たちも、現れるようになってきました。こちらはマクマホーン商会が運営する美術館です。ローデル・マクマホーン氏が私財を投じて作ったものになります。
まだ新しいので、中もきれいですよ。
ぜひゆっくりと御覧ください。」
「それは楽しみだ。子どもたちとゆっくり見させてもらいます。」
俺は子どもたちをマジックバッグから出すと、エリックさんにご挨拶しなさい、と言った。子どもたちが次々にエリックさんに挨拶をする。初めて見る美術館の中に、みんな目をきらきらさせている。楽しみなんだな。
「美術館の中では、シーッだぞ。」
俺が唇に人差し指を立てて、シーッと言うと、子どもたちも真似してシーッとやった。
なんだそれ、かわいいな。
美術館の入口に、泥落としマットがきちんとあるところに驚いた。現代であれば、泥落としマットはどこの美術館の入口にもあるものだ。なんなら商店にも会社にも普通にあるのを見かけることも多いと思う。だが、この世界の商店で、泥落としマットなんて見たこともない。だがこの美術館にはあるのだ。
ここがまず驚きだった。
「ホワイト・キューブか。」
ローデル・マクマホーン美術館は、ホワイト・キューブという、凹凸のない白い立方体の内側のような空間に作られた展示だった。
真っ白な展示室が回廊型になっているタイプの美術館だな。ふうん、導線が時計回りなんだな、英語は左から右に読むから、海外の美術館はこういう展示方法が多いんだ。日本の絵巻物は右から左に読むものだから、日本だと時計回りの展示になることが多い。
「えっ、スクエアスポット光があるのか?」
絵の形に合わせて、四角く光が当たっている。普通に光を当てると、当然その光は丸く広がる形になる。最近はこういう風に抜き出すように光を当てる展示も増えたが、そもそも現代でも最近の技術じゃなかったかと思うが。こっちの世界に当然スポットライトなんてものはない。どうやってやってるんだろうな?これ?魔導具だとは思うが……。
さっきの外から見た潰された窓は、階段を照らす窓だけを残して、絵には直射日光が当たらないようにしていたんだな。階段が明るいのは気持ちの良いものだが、絵に直射日光が当たるのは良くないからな。
うん、いい美術館だな。
俺はタイトルや説明は2周目に見る主義だから、まずは一通り回ってみることにした。
美術品から感じる感覚を大切にしたいからだな。まずは自分自身で感じてみることが大切だと思っている。子どもたちにも、特に説明はしないから、自分で直接見て、色々と感じてみなさい、と説明をして、一緒に美術館の中をゆっくりと回っていく。
へえ、1階には床面展示もあるのか。
一面床にベタ置きされている巨大な絵は、まるで寄せ絵みたいだな。遠くから見ると鳥で、近くで見ると魚に見えるのか。
子どもたちも大喜びで、何度も離れたり近付いたりして絵を楽しんでいた。
立体もあるのか。他の人の作品らしき彫刻が、1段高くなったグレーの台の上に置かれている。グレーの台の上に置くことで、展示品を鑑賞者から守りつつ、臨場感あふれる展示をしたい時に、よく使われる手法だな。ずいぶんと現代的な展示方法なように感じる。
これはなんだろうな……。エリックさんは人物画以外もたくさん描くんだな。何本も引かれた赤い線のみで、抽象的な心臓のようなものが表現されている。心象風景かな?目に目えないものを描いているというのは、確かドイツ表現主義以降の筈だが、こちらの世界でもこうした絵があるんだな。昔は写真が出来るまでは、絵と言えば写実的な絵ばかりで、人の形を残したものが多かったんだ。
いわゆる肖像画でよく見るやつだな。
それが写真が出来たことで、絵の意味はあるのか?ってことになり、そこから写実的な絵ばかりでなく、絵にしか出来ない独自の表現をする画家が増えていったんだ。
点描のように色んな色を乗せていって、離れて見ると色や風景や人が再現されている絵なんてのも、その頃現れた表現方法だな。
そのほうが単純に色を混ぜてのせるより、明るい色が表現出来るようになるんだ。
ほう、黒マットを下に敷いて、薄い紙で描かれた絵が額装されている。水彩画か。
こういうのも描くんだな。
しかしこの美術館、額縁の一番上のラインも、その下のタイトルや説明の枠の一番上のラインも、ピタッと同じ高さに揃っている。
これは凄い技術だな。土地の測量には巻き尺なんか使わず、スキル持ちの人を使用しているようだが、これもそうなのかな?
お、タイポロジー作品か。
同じ対象、または同じ種類、同じ背景、同じ構図の作品を集めて、イメージ同士の差異や、複数のイメージの集積から見えてくるものを表現するタイプの作品だな。写真でやることが多いが、絵でやるのも面白いな。
ふふふ、エリックさん、なかなか色んな種類の絵を描く人なんだな。これは美術館で展示してもらわないと、良さが伝わらないな。
並べないと意味がわからないからな。
プレオープンとはいえスタッフはいるようだ。この世界の学芸員だろうか。スーツを着た男性が、最後の確認の為か石板を片手に展示物を確認して回っている。この世界、紙が高いからな、あれがメモ代わりなんだろう。
「──アエラキ、なにしてるんだ?
ああ、虫を捕まえたのか。それは学芸員さんに渡さないと駄目だな、貸してくれ。」
虫がいたので、アエラキがそれを捕獲したらしい。渡してもらって袋に入れ、さっきの学芸員さんを捜す。どこから侵入したのか、調査が必要だろうからな。美術館の中で食べ物を食べるのが駄目なのは、床が汚れるのはもちろんだが、虫が集まってくるから駄目なんだ。美術館で虫を見つけると、文化財を破壊する害虫じゃないかとか、侵入経路を調べる為に、基本生け捕りにして確認するんだ。
「あの、さっきあそこの床で子どもたちが、この虫を見つけて捕まえたので、袋に入れて持って来ました。どうぞ。」
「ああ!ありがとうございます!」
さっきの学芸員さんに虫を手渡すと、驚いた顔をしてお礼を言ってくれた。
害をなす虫じゃないといいんだけどな。
絵についていたら大変だ。学芸員さんは石板を使って作品調書を書いているようだ。修繕箇所がないか確認しているんだろう。
2階には休憩スペースや喫茶店があるんだな、いいな。鑑賞疲労というか、博物館疲労とも言うが、足が疲れてしまうから、休憩スペースや喫茶店が設けられていることも多いんだ。歩き疲れないようにする為に、床がカーペットや絨毯になっていることも多いな。
中に喫茶店が直接あるのは珍しいが。普通は展示物とは離れたところにあるからな。
建物の構造上他に適切な場所がなかったんだろう。いちから建てたんじゃなければ。
「お、トロンプ・ルイユか。」
絵から手や、馬の足が飛び出たような絵たちが並んでいる。トロンプ・ルイユ、いわゆるトリックアートとして人々が思い浮かべるのは、こういう絵の方じゃないだろうか。さっきの寄せ絵もトリックアートの一種だ。
トロンプ・ルイユを描く人は、そればかりを描くことが多いが、エリックさんは色んな絵の1つとして描いているんだな。
子どもたちが楽しげに、絵に触れないように、手を重ねてみたりして楽しんでいる。
同じスペースの中央に、カーテンのかけられたボードがいくつも並べられていた。
カーテンをめくって見るタイプの展示か。
カーテンによっては、中は絵でなく鏡のものもあった。鏡を覗き込んだりして、子どもたちも楽しそうに笑っている。
カーテンをめくって、どんな絵が出て来るのか、ワクワクしているようだ。
こういう展示の仕方はいいな。子どもたちが楽しそうだ。絵を見るだけは、飽きてしまう子どもも多いからな。
一通り見て回ったので、今度はタイトルと解説を見る為にもう1周することにする。
すると無題の絵が並んでいるコーナーに気がついた。抽象画ばかりがズラッと並んでいるスペースだ。タイトルをつけてしまうと、それになってしまうから、あえてタイトルをつけないようにしているんだな。
例えば黄色一色の絵があったとしよう。
タンポポとタイトルをつければ、それはタンポポの絵になってしまう。抽象画は自由にとらえ表現するジャンルの絵だからな。
「──いかがでしたか?」
美術館の入口に戻ると、エリックさんが笑顔で出迎えてくれた。
「とても楽しめました。ずいぶんと幅広い作風をお持ちなんですね。驚きましたよ。」
「売れない時期が長かったので……。
色々と挑戦してみたんです。
その時のものが多いですね。その結果があっての今なので、僕の歴史をすべて展示してもらえるのは、とてもありがたいですね。」
「確かに。まるでエリック・ヒューストン美術館のようでしたよ。
これはいつまで展示されるんですか?」
「いちおう、2ヶ月間の予定です。妻もだいぶ体調がよくなってきたので、連れて来るつもりでいます。彼女には、人がたくさん入っているところを見せてあげたいので、展示会が始まってから連れて来るつもりです。」
「そうですね、それがいいでしょう。」
きっと奥さんも喜ぶことだろうな。
「あれから、かなり髪の毛もはえてきたんですよ。カイアちゃんには妻からも、改めて感謝を伝えて欲しいと言われています。」
「お役に立てて何よりですよ。若い女性に髪がないのは、ショックでしょうからね。」
「ええ。本当に良かったです。」
病気で髪が抜けてしまっていたエリックさんの妻、ジュリアさんは、カイアの若芽を食べて髪の毛がはえてきたんだ。あれから順調に髪の毛が伸びているようだな。
「それではそろそろ失礼しますね。」
「また我が家にいらしてください。
ゆっくり食事でもしましょう。」
「ええ、ぜひ。」
俺はエリックさんと別れると、カイアたちをマジックバッグに入れて家に向かった。
今日唯一美術館で残念なことがあったとすれば、中の喫茶店に立ち寄れなかったことだな。休憩スペースは使えたが、プレオープンということで、喫茶店はやっていなかったんだよな。家に帰ったらゆっくりとコーヒーでも飲みつつ、久しぶりにケーキが食べたくなってきたな。俺はどんなケーキを食べようかと考えつつ、馬車に揺られていたのだった。
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先日の件、編集長から直接お話したいとご連絡をいただき、オンライン通話をしました。
編集者のやってることがおかしいのではないか、絵師さんもこの状況に毎回困っていたのではないか、また編集者の発言が失礼過ぎやしないか、と指摘した点について、履歴を確認したが、すべてごもっともとしか言えない、という回答をいただきました。
(詳細は書きませんが、こちらが、こういうことではないのか、編集部はこういう状況ではないのか、と予測していたことが、すべてその通りの状態だった、とだけ。)
担当者は編集者としての仕事をしていたとは言えない。
編集者としての能力が足りない。
今後は担当から外れ、別の人間を担当者としてつけることとし、また、今後なにか不満があった場合は直接編集長に言うことで(もともとチャットグループには、いらっしゃったので)、コミカライズを継続することを検討して欲しいと言われました。
もちろんフラットな感情になることは難しいですし、前任者が成長するさまを見せて欲しい気持ちもあり、その旨もお伝えしましたが、編集担当者を変えることでコミカライズは継続する運びとなりました。
前回書いた後書きの削除のお願いもされましたが、そちらはお断りさせていただき、追記という形でこの文章を書かせていただくとお話させていただきました。
──ある程度冷静にお話させていただきましたが、損害賠償請求したいくらいの状況に、こちらはなっておりましたもので。
もうやりたくない、まったく信用出来ない、ガチで胸糞悪い、って思いながら続けていたからなんでしょうね。
全身が痒くなって、真っ赤にパンパンに膨れ上がってしまって。
顔も、手も、足も、肩も、お腹も、背中も、太ももも、スネも、全部真っ赤っか。
手なんかグローブみたいで。
皮膚科で毎週痒み止めの点滴を受けて。
検査もしていただいたんですが、なんの原因も出なくて。
2週間以上薬飲んでも痒みがおさまらなくて。
夕飯を食べた直後だったので、最初は食べ物が原因かと思っていたんですよ。でもね。
ここまで薬飲んで変化なく痒みが続くのは、食べたもの等ではなく、完全にストレス。
心当たりがあるでしょう?
このままおさまらなかったら、心療内科に行ってください、とお医者さんに言われ。
不満をぶつけるに至りました。
後書きで、やめたい、それか担当を変えて欲しいと伝えたと書きました。
……そしたらね。
嘘みたいに治ったんです。
かきまくったせいで腫れてたから、それがひくには時間がかかったけど。
その文章を消すとなったら、また不満とストレスから、ぶり返す気しかしませんもん。
(詳細は隠しているし)
新しい担当編集者の方はまだ紹介いただいていませんが、もう既に編集長の中で決まっているそうです。
このまま問題なく進行出来ることを祈っていてください。
皆さまに心から、発行日をお知らせ出来る日がくることを願っております。
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